A Golden Bearの足跡


UC Berkeley Haas School (MBA) における、2年間の学生生活の記録です。
by golden_bear
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
ブログパーツ

<   2010年 08月 ( 3 )   > この月の画像一覧

IBD体験記(10) プロジェクト(2) Snarewearのマーケティング

続いては、有機綿花の話に並行して行われた、もう1つのプロジェクトについて記録に残しておきます。もう1つ並行してやらざるを得ない羽目になったのは、大人の事情によります。ザンビアの現場側は有機綿花のプロジェクトをやりたくなかったのですが、我々学生は本社側との契約上3週間滞在することは決定していたため、現場から「じゃあ綿花のかわりにこっちをやってくれないか」と提案されたのが、このSnarewearのプロジェクトなのです。ちなみに、Snarewearについては、下記リンクが公式ページになります。

Snarewear公式ページ
Snarewear写真の例

前のプロジェクトとの関連も含めてプロジェクトの背景を記載すると、「野生動物を捕獲して食料にせざるを得ない貧困者たちは、サファリに鉄条網の罠を張り巡らせていました。人間も引っかかって危険なほどの状態でした。そこで、この企業が貧困者を農民にしていく過程で、同時に鉄条網の撤去を行った結果、鉄条網の山が在庫として積みあがりました。ここで、地元の芸術家Misojiさんが、この鉄条網を原料にザンビア人が日常に身につけるアクセサリーを作りはじめました。その際、このアクセサリーには、『Snare(ワナ)』から『Wear(身に着ける)』へ、という願いを込めて、Snarewearという名前をつけることになりました」。つまり、原材料はほぼ無料で大量に手に入り、デザイナーも確保し、アクセサリー製造工場の労働力には今まで狩りをしていた人自身をあてがい、「狩りをやめさせてワナを減らして元ハンターが作ったアクセサリー」、という商品コンセプトもできた状態。

こうして我々に提案されたミッションは、「今後どのようにマーケティングして売っていくか、マーケティングプラン兼事業計画書の形でまとめてくれ」、というものになりました。ザンビアに向けた出発の2週間前に突然、初めてこの話を聞いたときの反応は、下記のものでした。
 - インド人: これはこれで面白そうだけど、綿花の方がインパクトがでかいから、綿花でいいんじゃない?
 - 中国人: 全然動きのない綿花よりも、こっちの方が全然面白そうだ。綿花を辞めてこっちをやろう。
 - パキスタン人: こんな意味不明なプロジェクトの決められ方は無い。やれと言われても、絶対にやらない。
 - 私: 面白そう。どっちみち空き時間の片手間に、丸1日程度で事業計画を書くくらいしかできそうに無いでしょう。であれば、やるやらないで揉めるくらいなら、問答無用で両方やってしまったほうが楽では?
 - 教授: これだけでも大きな1プロジェクトなので、今からこれに時間を割いていたら本来の有機綿花プロジェクトができなくなる。また、今からこの情報収集を開始しても、アウトプットの質は落ちてしまうだろう。一方で、綿花プロジェクトはクライアントの協力を得ないと全く手も足も出ない可能性もある。従って、綿花第一優先はそのままだが、もし綿花でできることが少なければ、代わりにこちらをやっても良い

この教授の意見を踏まえ、やるのかどうか決まらないまま出発。
------------------------

最初にザンビアのクライアントオフィスを訪問した時に、「もしどうしても綿花のプロジェクトやりたいなら、Snarewearをやってくれたら、農家にインタビューをセットしよう。」と当然交換条件を出されてしまう。さらに、「Snarewearの生みの親、芸術家のMisojiの家が、農家の近くでロッジ(民宿)を経営しているので、そこの宿も格安で提供できる」。このMisojiのロッジは朝食つきで1泊$30ですが、もしここを断ると、1泊$10だがトイレ電気水道全く無い廃墟のような建物か、1泊$100~300もする高級サファリリゾート(しかも高級といっても最低限の設備)かしかない。

ここでパキスタン人は相変わらず「これは俺は絶対にやらない」という態度でしたが、それ以外の3名で話し合った結果、予算の無い我々には、$30/日でこの設備はとても助かる上、芸術家の家に泊まれるのは面白そう。多少嵌められた感がありますが、「そのプランで行きましょう」、と決定。

すると、「そうか、良かった」と言われた直後に、その場でクライアント側の仮説として、「早速だが、ベストな解としては、例えばニューヨークやパリの美術館で1個$200位で売る販路を確立すること。あるいはeBayあたりで米国や欧州で売れるようにできないか、を知りたい」と言われる。、、、おいおい、そういうことならザンビアに来る前にアメリカで調べた方が良かったじゃん。ただ運良く綿花の調査の仮定で、そういう市場(パーティーでこれらのアクセサリーを身につけて、自然保護に貢献していることを誇示するお金持ちの婦人、とか)はある、と、米国で実際にこの業界でビジネスをやっている人に聞いていました。したがって、グローバル顧客側の調査に関してはその社長に軽くコメントを頂いた後クライアントのNY本社に自力で調べてもらうことにして、私達はザンビア側でできるマーケティング(Web含む)と体制構築に絞ることにしました。

こうして2週目の水曜日に初めてMisojiと会い、彼女が作ったディナーとともに、彼女自身にSnarewearの話をインタビューすることが、本プロジェクトの第一歩となりました。実は、前回の記事で39枚目と40枚目の写真に写っているロッジと食堂、そして43枚目で真っ暗な道端で電話会議をしているところの宿舎が、Misojiの宿なのでした。
------------------------

さて、Snarewearの実物の写真を紹介します。まず、Mfuwe空港のクライアントがハチミツとかを売っていた土産物屋さんの一角に、Snarewearのコーナーがありました。
c0174160_10135322.jpg
次に、Misojiのロッジで、その日に並べられていたものを掲載します(写真がMisojiです)。
c0174160_10141334.jpg
c0174160_10141984.jpg
ちなみに、ここでの値段は、イアリング/ピアスが$2-$5程度、ブレスレットが$5-$10程度、ネックレスが$15-30程度で、旅行者向けの価格になっています。また、「Snarewear」と書かれた箱は、乾燥したゾウのフンから作られているそうです。草食動物のゾウのフンは、消化し切れなかった強い繊維でできているため、良い紙の原料として使われているのだそうです。
c0174160_10143021.jpg
c0174160_10143842.jpg
c0174160_10144765.jpg
c0174160_10145467.jpg
実は、アフリカ人の芸術家と聞いて、ロッジに行くまでは「どういう気難しい人なのだろうか、ちゃんと会話とかできるのだろうか」という懸念が。が、実際にMisojiに話してみて、それは杞憂で、とても素晴らしい女性でした。元々ジンバブエに生まれ育っていたのですが、大学生の時に欧州に留学し、そこでドイツ人の研究者の方と結婚。こうしてアフリカ人女性として白人社会に入った時に、白人社会とアフリカ側の双方に様々な問題があることを、身をもって体験。その苦労と苦悩が積もって、芸術家になり、アフリカに戻ってきたのだそうです。ちなみに、この夫の方は欧州にいるそうで、年に何回かは一緒にすごすのだそうです。

このように、何名かの孤児を引き取って賄いの従業員として、1泊$30という絶妙な値段で風光明媚なロッジを経営する。そして、世界中からサファリの動物見学にやってくるロッジの宿泊客と様々な会話を楽しみ、情報収集とともに自分のインスピレーションを高めて、芸術活動に没頭する。こういう生き方もあることそのものにまず驚くのですが、実際にこういう生き方ができるアフリカ人女性の、頭の良さと会話の面白さ、我々とは全然違う思想や知識に基づく会話の発展のさせ方に、とても驚嘆しました。彼女の方も、さすがに我々インド人、パキスタン人、中国人、日本人の学生が一度にまとめてやってくる、という状況は大変面白かったらしく、毎晩ディナーでは2-3時間、様々な話で盛り上がりました。

というわけで、すっかりMisojiのファンになった我々は、Snarewearを何個か買うことに。このように、ロッジの宿泊客にMisojiが対面販売をする、というのは、とても有力な営業手法。従って、マーケティング・プランの第1候補として、まずロッジの宿泊客を増やすにはどうするか、次にロッジの宿泊客が口コミでSnarewearを広げるための仕掛け作りをどう考えるか、という線が出てきました。

しかし、ロッジの客には限りがありますし、全てMisojiに頼っていたら商売の規模も大きくなりません。当然、売り上げが増えればその分貧困者を製造工場の工員にすることができる、という考え方なので、もっと急激に売り上げを増やす方法を考えなければいけません。そこで、他社の成功事例は無いか、と思っていると、実はすぐ隣にTribal Textilesという巨大な店がある。綿花インタビューの合間にこちらの店を見学することにしました。
c0174160_1015397.jpg
最初に、事務所に「インタビューさせてほしい」と挨拶に行くと、イギリス人の女性経営者が「今から1時間半くらいなら時間空いてるからOKよ。ついでに、中の工場も見ていって」と言う話に。
c0174160_10151358.jpg
このサファリ周辺ではあり得ないような綺麗な建物の中で、まずは有機綿花プロジェクトの話をインタビュー。前の記事でも書いたように、大量の中古服が流れてくるため、国内の綿製品市場は壊滅しているのですが、こちらのように高級品を観光客に売るビジネスをしているところは話は別。今どのように仕入れているか、この条件がそろえばザンビア国内綿花を買っても良い、といった話は、当然プロジェクトに大変参考になりました。

次に、どのような質の綿布を仕入れているか見るために、原材料の倉庫を見学。
c0174160_10152452.jpg
そして、製品が出来上がっていくステップ毎に進んでいきます。まずは広々としてた染色作業場へ。
c0174160_10153167.jpg
最初にデザインの型どおりに下塗りをして
c0174160_10153749.jpg
次の工程から次々に色が加えられていきます。
c0174160_1015436.jpg
c0174160_10155071.jpg
c0174160_10155716.jpg
作業場の脇には黒板で連絡事項が英語で記されています。ザンビアは公用語が英語で、少なくとも管理監督者レベルは英語に困らないので、このような指示伝達が比較的容易なようです。
c0174160_1016468.jpg
c0174160_10161158.jpg
続いて裁縫作業をしているところを見に行きます。
c0174160_10161873.jpg
c0174160_10162435.jpg
ここでも掲示板で、オーダー管理と出来高管理をしていました。
c0174160_10163270.jpg
c0174160_10163839.jpg
最後に商店に案内されます。商品の展示場は何部屋にも渡り、まるでIKEAに来たかのように、部屋ごとに別々のインテリアコンセプトが展示されています。
c0174160_10164566.jpg
c0174160_10165325.jpg
c0174160_1017040.jpg
c0174160_1017108.jpg
こうして一通り見学が終了となるのですが、この工場見学兼買い物ツアーのプログラム、大変よく練られているな、と感心しました。まず、社長との会話の中に、「うちでは元貧困者だった貧しいアフリカ人を50人雇って、この品質の布製品を作る教育を施しているのです」というコメントが出てきます。Snarewearも同じなのですが、当然このセールストーク自体の効果が高いと感じました。そして、この工場で働くザンビア人の従業員達の目は、他のどの農家や土産物店の労働者よりも、目が輝いているように見えます。自分が作ったものを実際に買ってくれそうな人が目の前を通る、と言うことで、俄然やる気が出ていることもあるように思いました。こうして、やる気のある従業員と、英国から取り入れた標準作業、品質管理が効いているのか、実際にこのお店の生地の品質はとても高いのです。

他にも、どのように宣伝をしているかについても話を聞きましたが、かなり徹底しています。まず、ルサカの空港でも、Mfuweの空港でも、出発ロビーの一番目立つところに、大きな店舗を構えていて、買い忘れた旅行者に再度売る機会を与えています。そして、飛行機の中に、A41枚でラミネートされたお店と商品の紹介が各座席に置かれています。これを見ると、サファリに行く旅行者向けに、まさに我々が経験した工場見学ツアーを無料で提供しているのです。実際、我々が当日見学を終えた後、数十名の旅行者が次の団体として来ていました。

商品を買うと共に御礼を言い、最後にTribal Textilesの商店内でMisojiのSnarewearを売る可能性があるかどうかを議論。実は、この社長とMisojiとは友達だそうで、ずいぶん前からその計画は立てているのですが、幾つか関門がありその実現には至っていないそうなのです。

-------------------
次に週末にサファリへ観光に行った時、泊まったホテルの土産物屋でも、どのようにビジネスをしているか聞きました。サファリ観光に関しては別記事で書きますが、地域で一番有名な大きなホテルで、シーズン中は数百名の単位で泊まるホテルなので、Misojiのロッジよりは来店客が相当多いのです。ただし、その分土産物屋の商品も多種多様で、競争が激しい。ここでは、どのようなコンセプトで商品を選定しるか、陳列場所の優先順位と売れ方、また季節物、セールなどを特設コーナーでやる可能性、などを聞きました。ここからの学びは、世界中どこでも土産物屋の経営手法はあまり変わらなさそう、ということと、とはいえオーナーの考え方次第で、気に入った商品を全面的にサポートする余地はある、ということです。

-------------------
このサファリ観光日の日曜日の午後、インド人、中国人と私の3人で、マーケティングプランを練りました。具体的な内容には触れられませんが、メッセージは主に下記の3つで、それを示すための分析を、Tribal Textileやホテルの土産物屋をベンチマークとして行いました。
- 販路は主に(1)サファリ周辺、(2)サファリ以外のザンビア全域、(3)グローバル(ebayのworldofgoods.comやetsyなどe-commerce含む)、の3種類。それぞれの市場規模や客層、競合はこのようになっている。現在の製造原価と固定費を考えると、損益分岐点はこの程度と推測され、各マーケティング手法の肝はそれぞれかくかくしかじかである。ただし、買う気のある観光客が集まる(1)で売れないような状態で、いきなり(2)や(3)に持っていっても、売れる見込みは高くないので、(1)が最重要。
- (1)で売るために足りないものは、XX,YY,ZZであり、このうちXXはすぐできるので直ちに行うべき。YYやZZは、外部の業者を使うことになるため、良い業者の選定に実験が必要なこと、組織体制やルールの変更を伴うこと、それぞれにこれだけのお金と時間の見積もりが必要
- (1)、(2)、(3)の全てにおいて、Misoji側とクライアント側の緊密な連携体制が必要。各々が具体的に行うべきアクションのリストはこれであり、これを相互に監視すること。
 結果、日曜日の深夜に、Word15ページと、パワーポイント3ページの提案書が完成。全く議論に参加しなかったパキスタン人は置いておいて、バックグラウンドも感じ方、考え方も異なるインド人、中国人、日本人による、容易に発散しがちになりそうな議論を、丸半日で報告書作成まで含めてまとめ切れたのは、全員がマーケティング必修授業のRassi教授が使っていたフレームワークに基づいて物事を考えることができたため。チーム内に共通言語があるありがたみと、MBAの知識って役に立つじゃん、と言うことを改めて認識しました。

-------------------
提案書を持って、月曜日の朝一にMisojiに会いに行きます。先に工場を案内してもらい、その後、3ページのパワーポイントに基づいて、我々のを議論します。我々の言うこと、内容はとてもよく理解して頂いたのですが、アクション・プランの所になると、次第に顔が曇ってくる。事前に、売り上げとコストの分配の仕切りをどうするか(クライアント/Misoji/他の店においた場合はその店の分/サプライチェーン/広告・宣伝)、ブランドマネジメントをどうするか、といった問題がわかってたので、そちらの問題をどうするかについては提案に含めていました。しかし、やはり、我々のクライアントが非営利/非政府組織として求める目標と、Misojiが芸術家として求める目標の違いが、さほど違ってはいないものの完全に一致することはない、という部分が根本的にあり、我々が提案したアクションについて「やってみる」とは言われたものの、どこまで実現できるかは難しいだろうなあ、という印象を受けました。

この感覚は、最終日に話をしたクライアント側でも同じで、「確かにアクション・プランとして必要なことはその通りだが、恐らくお互いそうならないだろう」とのこと。ただ、「今年の下期にやる別プロジェクトに、このSnarewearのビジネスを一緒に乗せることを計画している。そのたたき台として、このアクション・プランを含めてあなた達の報告書は大変参考になる。」というフィードバックを受けて、ビジネスが先に進んだ意味では意味があったのだと思います。

-------------------
実働丸3日間くらいの大変短いプロジェクトでしたが、非常に勉強になりました。まず、今米国で大流行しているフェア・トレードの世界で、アフリカ側で実際に何が起こっているのか、生の現場を見れたことは、大変参考になりました。そして、人生をかけてザンビアやアフリカをより良くしようとしている人々達と、根本的に何が重要なのか、というレベルで真剣に事業計画を議論したことで、結局ビジネスは人次第であること、どんなに良いプランでも、「これをするのがベストだ」、と心から信じきったもので無い限り、その通りには動かないことを学びました。「マーケティングは人生そのものだ」というRassi教授の言葉、今後どんなビジネスに関わるときにも肝に銘じておきたいと思います。
[PR]
by golden_bear | 2010-08-28 10:26 | IBD(ザンビアプロジェクト)

IBD体験記(9) プロジェクト(1)の写真(全73枚:容量注意)

前回の記事が文字だらけになってしまったため、今回は関連する写真を掲載、、、していたら今度は写真だらけになってしまいました。まずは最初に訪れた農業訓練場の写真から。
c0174160_1343170.jpg
校舎(寮)の周りに、実習用の畑が広がるスタイルのこの研修場では、元牧師の校長が手厚く出迎えてくれました。
c0174160_134472.jpg
普通のミーティングルーム
c0174160_135352.jpg
で1時間半ほど話を聞くと、となりに座っていた若手の関連業者の人がどう思っているかは別として、とにかく「オーガニックコットンは非常に素晴らしい活動だし、うちの研修所に習いに来た生徒もとてもうまくやっている。絶対広めるべきだ!」と、非常にポジティブな話に。ここでは何冊かの教科書を買えた上に、いくつかの連絡先を教えてくれました。

その後まだ残っていた、実際の有機栽培綿花を見せてもらえました。
c0174160_1353948.jpg
余談ですが、実はここに来るまでには首都から北へ1時間、後半30分くらいは下記のような砂利道を通っていました。
c0174160_135556.jpg
すると、ついた頃にはパンク。運転手が必死にスペアタイアに取り替えています。
c0174160_1361162.jpg
ようやく回復して少し行くと、診療所に老人と子供が列を成しています。これは以後毎日よく見かける光景になりました。
c0174160_1363457.jpg

----------------
午後に首都にあるクライアントの事務所へ。この事務所で働く別のチームと久しぶりの再会に、抱き合って喜びます。
c0174160_1365987.jpg
実はこのチームは30個も課題を言い渡され、寝る間もないそうです。「なんでザンビアまで来てデスクワークなのだ、残念」と言われてしまいました。確かに綺麗な事務所ですが、ザンビアとは思えない意味で一長一短です。
c0174160_1374091.jpg

----------------
翌日はチームを2手にわけ、私はインド人と2人で車で2時間行ったところにある別の農業訓練場へ。ここでは、ザンビア人の巨漢の校長に、世銀から派遣されたパキスタン人、さらにザンビア人の大学院生が出迎えてくれました。
c0174160_13808.jpg
しかし、雰囲気は昨日から一転して。「あんたら、誰に頼まれて何しに来たのさ。悪いことは言わないから、こんなの辞めて国に帰ったほうが身のためだぜ」、としょっぱなから脅しにも取れるような感じで1時間、延々と質問攻めに会いました。ようやく我々がただの学生だとわかると、今度は1時間半ほどかけて、有機綿花栽培が如何に大変か、各作業プロセスごとに延々と講義が始まりました。耳慣れない英単語の嵐でちんぷんかんぷんのまま、昼になってしまうと、話して満足したのか、パキスタン人の方がなんと自宅へランチに招いてくれました。
c0174160_1384896.jpg
徒歩三分のところにあるにしては立派なお屋敷で、サンドイッチとサラダと目玉焼きをいただく。
c0174160_139382.jpg
と、サラダから蟻が2匹出てきた。私以外はインド人とパキスタン人なので、平然と食べてます。なので、「大丈夫か」ととても不安になりながらも、9割方完食することに。こんなトラブルがあったものの、世銀から技術エキスパートで何カ国も点々とする生き方の魅力と苦労を、じかに聞くことができた貴重な機会でした。

午後には戻って、まず畑を見に。写真の大学院生が、有機綿花栽培の手法を詳細かつ丁寧に教えてくれます。
c0174160_1381450.jpg
この周りの単なる藪みたいなものも、ある種の虫除けに効果があるらしく、他にも綿花の木を植える間隔や、綿花と綿花の木の間に入れておく作物、事前準備と事後処理に、栽培中の毎日の手入れの方法など、本当に手間隙かかって大変な労力なのだなあ、と実感します。そうしてできた綿花がこれ。
c0174160_1383531.jpg
さすがに、昨日のものよりは大きく、収量を聞くとそれだけ取れれば採算が合うくらい一杯取れるようです。しかし、それは学校で大学院生が付きっ切りで育てた結果であり、数千人規模でやってもらうと考えると、また全く別問題になってくる話なのです。

本日のもう一つの収穫は、綿花から種を取って真綿にする機械を見れたこと。
c0174160_1391869.jpg
この写真のように、人の3倍ほどの高さがある機械の上から、数百キロの綿を入れてドラムを回すと、のこぎりの歯が並んだようになっている柵の隙間から種だけが出てくる仕組み。この大きさでも、一番小さいサイズだそうです。中国語がはがされた形跡があり、中国で減価償却しきった廃品を持ってきたのだろうと想像がつきます。

こうして、学びの多かった一日を追え、帰り道には大河が見えました。
c0174160_131023.jpg
ザンビアはアフリカで一番水が豊富であることもうなづけます。続いて、水のあるところに集落あり。
c0174160_1394944.jpg
と思っていると、運転手が突然車を止め、魚を買ってきました。
c0174160_1393167.jpg
翌日聴くと、実際にとても美味しかったそうです。ちなみに、この袋で8匹入って$2程度でした。

------------------
翌日は我々メンバー出身国の大使館から情報収集をしたのですが、さすがに大使館の周りは銃を持った護衛が一杯いて、写真を撮りにくい。従って、真向かいにある最高級ホテルの写真です。
c0174160_13102958.jpg
ちなみに、ザンビア首都にいるもう一つのチームは、女性が2人いることからも、我々と違ってクライアントがマイクロマネージしていることからも、このホテルに泊まれているそうです。

------------------
翌週月曜朝には工場地帯へ。少し上で話した、綿花を真綿にする機械をシェアNo.1で持っている企業にインタビューしに行きました。
c0174160_13105035.jpg
場合によっては顧客にも競合にもなりうるこの業者へのインタビューは、さすがに物々しい雰囲気でしたが、いざ始まると、「とにかく不況で大赤字でオーガニックなんかやってる場合ではない。つい最近、オーガニックのプロジェクトも一旦停止にしたばかりだし、下手をすると普通の綿花も駄目かも」という本当に困った感じでした。どこまで演技かわかりませんが、確かに、巨大な設備があるので、赤字幅は大きいと思われます。ともあれ、アフリカで政府の保護もある寡占企業がここまで大変になってしまう、リーマンショックの提供の大きさに驚きました。
c0174160_1311468.jpg


ちなみに、工場周辺の様子は、ほとんどスラム街のようで危ない感じでした。
c0174160_13111891.jpg
以前の記事で紹介した、「元々どこかの誰かが寄付した結果」、国内市場をぶっ壊してしまったTシャツの古着がダンピング価格で売られている光景も、ここで見れたわけです。
c0174160_13122038.jpg

-----------------
ようやく都市部に戻ると、今度は政府系の建物へ。1箇所ある団体に行った後、
c0174160_13124726.jpg
日本の霞ヶ関に当たる官庁街の農業関連のビルに入っていきました。
c0174160_13131225.jpg
建物はぼろいですが、入り口は結構綺麗になっていて、日本の地方中堅都市の市役所のイメージ。
c0174160_13133929.jpg
と思っていると、結構日本人が活躍しているポスターが中に貼られています。
c0174160_1314578.jpg
c0174160_13142273.jpg
この話は、別記事で書こうと思います。

-----------------
3週間の前半、首都での情報収集を終えて、いざ東部の農村地帯へ飛行機で向かう。18人乗りの小型機に、乗客は我々だけ。
c0174160_13145752.jpg
c0174160_13151366.jpg
窓を見渡すと、円形に水をまく形で灌漑がされています。アフリカではよくあるのだそうです。
c0174160_13152888.jpg
高級ジェットらしく、機内食(?)もきちんと出てくる。ちなみに、この日のこのチケットは片道$180なので、往復で普通の人の年収が吹き飛びます。
c0174160_13154880.jpg
到着。いくらタンザニアがすぐ目と鼻の先とはいえ、さすがにこんなに小さい国際空港に来るのは初めてです。
c0174160_1316255.jpg
空港内。
c0174160_13162171.jpg
目立つところに、我々のクライアントの売店があります。ここでは、元野生動物貧困ハンターから更正した人が店員をやっていますが、全く売る気が無いのか、無愛想極まりありません。
c0174160_13164631.jpg
c0174160_1317630.jpg
そもそもみやげ物やは到着ロビーでなく出発ロビーに置くべきだろう、と思っていたのですが、そうできない理由が次記事で明らかになります。

ともあれ、これがクライアントの農場で働き始めた人が作った、ハチミツやピーナッツバターになります。
c0174160_13173438.jpg
c0174160_1317574.jpg

-----------------
ピックアップトラックの荷台に乗って、まずは5日間お世話になる宿へ。さすがにこちらは道も未舗装だし、水道も電気もガスもありません。しかし、大通り沿いで携帯電話は繋がるうえ、コインで削るプリペイドカードで料金のチャージも可能です。
c0174160_13183333.jpg

食堂はこんな感じ。
c0174160_13185250.jpg
夜も日が落ちて2-3時間は、太陽電池でためといた電力を使うことができます。水には困らないので、最低限の生活と携帯電話が保障された生活。なかなか素敵なものです。

その後、クライアントの現地事務所に向かって挨拶。ピーナッツバター作りの建物など、施設を少し見させてもらう。
c0174160_131991.jpg
c0174160_13192621.jpg
夜は戻って、私だけ電話会議。なんと大通りに出ないと携帯電話が使えないことから、ランタンとPCの明かりを頼りに、ライオンやカバに襲われないかびくびくしながら、こんな感じで1時間の電話会議をこなしました。
c0174160_13194644.jpg
ちなみに、電話の相手は国境を2つまたいだ1,000kmほど北の国、ウガンダになります。

-----------------
翌朝は農家のインタビューの前に、前日未見学だった施設を見せてもらいます。まず精米所。
c0174160_1320692.jpg
脱穀機を通して、
c0174160_13202129.jpg
最後は女性の手で選別、袋詰めされます。
c0174160_13204069.jpg
次に、ハチミツ工場。
c0174160_13205828.jpg
当然ハチが一杯で、おっかなびっくりの見学です。
c0174160_13212053.jpg
最後に主食のトウモロコシ。このような種の状態から、
c0174160_13214291.jpg
機械を通すと、
c0174160_13215866.jpg
粉になります。
c0174160_13221641.jpg
これを蒸して固めたのが、「ンシマ」と呼ばれるザンビアの伝統料理です。美味ですが、エネルギーの塊なので、これを食べるととても太ります。
c0174160_13223197.jpg
給油をして、
c0174160_13225170.jpg
いよいよ農家へのインタビューです。
-----------------
1件目。いかにも農家。
c0174160_13231472.jpg
いすを並べてインタビュー。
c0174160_13233375.jpg
ちなみに、農家の方は英語がしゃべれない(国としての公用語は英語なので都市部では英語で問題ないが、農村では大多数の農民は主に3種類ある現地語のどれかを話す)ため、クライアントで同伴して頂いた方に通訳をお願いしてインタビューすることになります。

住居はこのような感じ。
c0174160_13234868.jpg
c0174160_132451.jpg
色々な作物がおよそ10数メートル間隔で並んでいます。
c0174160_13242492.jpg
取れた綿花が出荷待ちの状況
c0174160_13244124.jpg
ふと、遠くで煙が上がっていると思ったら、焼畑をしているようです。
c0174160_1325172.jpg
遠くだと思ったら、実はあっという間に我々の近くまで燃え広がって来ました。
c0174160_13251785.jpg
「やばい、焼き殺される」、と思ったのですが、ギリギリのところで火の向きが変わってセーフでした。焼畑も命がけのようです。それにしても、貴重な緑がもったいない、、、

綿花を取るのはこのような小さな子供達。最初は警戒されましたが、最後にはとてもよくなつきました。
c0174160_13253461.jpg


次の写真は3件目に訪れた農家。この家にはテレビがない程度に、上の農家より少しだけ貧乏です。
c0174160_13255114.jpg
中国人が赤ちゃんにFacebookのキーホルダーをあげると、しゃぶっています。おなかがすいているのかもしれません。
c0174160_13264731.jpg


------------------
続いて、4件目の農家。今までの1-3件に比べると、ずいぶん豪華な家が経っています。
c0174160_1327791.jpg
綿花も白くて大きいものがこれだけたくさん収穫できています。
c0174160_13272588.jpg
実はこの農家をインタビューしたのは、去年からオーガニックコットンを辞めて、農薬と化学肥料を使い始めたから。そうすると、綿花のつき方も今まで見ないくらい大きく綺麗になるのです。
c0174160_13274491.jpg
どうりでレンガ造りの立派な家が建つはずです。
c0174160_1328578.jpg
この「同じ農民でも、貧富の格差がある」からくりには、いくつか理由があるのですが、その1つが農地と作物の選択。実はこの家、すぐそばの沼で、ほうれんそうのような高栄養価の野菜を育てていて、これが非常に高く売れるのです。
c0174160_13282337.jpg
ちなみに、ザンビアの農村の場合、不動産屋なんてものは無く、要は「そこで栽培を始めた人」が所有者となる、というルールとなっているようです。これだと、水に近いところを抑えた人が裕福になるし、非常に残念ながら焼畑してでも自分でよい土地を作り出そうとするインセンティブが働いてしまうのだなあ、と痛感してしまいました。

-------------------
最後に、お世話になった様々な方々に御礼を込めて、集合写真をいくつか載せておきます
c0174160_13285093.jpg
c0174160_1329739.jpg
c0174160_132938100.jpg
c0174160_13295874.jpg
それにしても、プロジェクト(1)に関連するものに絞って、かつ見せたいものの6-7割くらいしか写真に残せていない(本業に集中してたり、本当に凄いものは衝撃的すぎて写真を撮りにくい)にも関わらず、過去類を見ない長い記事になってしまいました。如何に強烈な体験だったか、1年経った今でさえも。そして、これと並行して行ったある民芸品のマーケティングプロジェクトが、また全く違う鮮烈な体験として、1年前の思い出に花を添えています。これについては、次回の記事で紹介いたします。
[PR]
by golden_bear | 2010-08-17 12:56 | IBD(ザンビアプロジェクト)

IBD体験記(8) プロジェクト(1)ザンビアの有機綿花産業

卒業式から丁度3ヶ月が過ぎ、新しい環境にてMBA時代とはまた一味違う、刺激的な日々を送っています。この間、各大学のMBA卒業生の方々らも含め、様々な人々にお会いできました。お話をする中で、私がMBA中にした数々の経験の中で最もユニークなものは、やはり昨年のザンビア3週間(+α)プロジェクトで決まり、と気づきました。これについて、今後どこまでやれるかわかりませんが、当初の予定通りできるだけ書き残しておこうと思います。

先に、ザンビアプロジェクトの過去記事の紹介です。今まで下記7記事までアップしています。(画面右「カテゴリ」内の「IBD(ザンビアプロジェクト)」をクリックすれば全て出てきますが、下記クリックで各記事にも飛べます)

速報 ザンビア行き決定(か?) IBD体験記(1): IBDのプロジェクトになぜどのように応募して、最初の授業でどのようにチームメンバーが選抜されたか
ザンビア行きに必要な予防接種とは:IBD体験記(2): タイトル通り、予防接種の様子について
誰も望まないプロジェクト - IBD体験記(3): 1月から出発直前の5月までに、何が発生していたか。プロジェクトが2点3点し、クライアントの親団体と子会社現地法人とのポリティカルな対立に巻き込まれる様子を記載
無事帰国! と今後の記事方針 - IBD体験記(4): 今後書きうる記事の目次と、ザンビア国内の綿製品路上市場の写真
活動メモ(1) 5/22(金)出発-5/24(日)入国 - IBD体験記(5): 出国から到着初日までの様子を写真つきで
活動メモ(2) 5/25(月)開始-6/14(日)帰国 - IBD体験記(6): これはもはや私専用の備忘録ですが、残りの全日程分毎日印象に残った出来事の簡単なメモ
IBD成果報告会 - IBD体験記(7): 各チームの報告写真や、我々のチームの発表内容について。

以後は、IBD体験記(4)内で頭出しした下記の順に、とはいえ既に忘れている部分も多いため、未だに印象に残っている部分のみを簡潔に記載したいと思います。
- プロジェクト(1) ザンビアにおける有機綿花産業の可能性
- プロジェクト(2) Snarewearのマーケティング
- 週末旅行(1) ビクトリア滝・リビングストーン・ジンバブエ国境
- 週末旅行(2) ルアングウァ国立公園(サファリ)で見た野生動物達
- 文化(1) ザンビアと日本
- 文化(2) ザンビアの衣食住
- 文化(3) カルチャーショックと学び
- 携行品とおみやげリスト

というわけで、本日は2つ並行で行ったプロジェクトの片側、メインの有機綿花産業プロジェクトについてです。IBD体験記(3)内で書いたとおり、本社側がやりたいプロジェクトを現地側が完全に拒んでしまったため、最後の1週間まで本当に五転、六転し続けたこのプロジェクトですが、終わってみて振り返ると、プロジェクトの定義自体は下記のようなストーリーで語ることが可能です(1年前の記憶、かつ私の主観で書いているので、多少現状の実態とは異なる可能性があります)。

-----------------
クライアント(依頼主)は、100年以上の歴史を持つグローバルNGOで、野生動物の保護を目的としています。今回の目的地ザンビアは、ケニア・タンザニアと並び、全世界屈指の野生動物の宝庫。しかし、ここでは農業すらできない貧困層(国民全体の平均収入が$1/日に対して、$0.5/日程度)の人々が、仕方なく野生動物を狩って食べて生き永らえようとしていた。この狩りは農業に比べると当然成功確率が低く、ますます貧困になる、という悪循環が起こっていました。

この状況を見て、5年前にクライアントはザンビアに合弁会社を設立し、貧困に喘ぐ野生動物ハンターに農業を教えることで、貧困解消と野生動物保護を両立するプロジェクトを始めました。ここで、HaasのIBDプログラムでは、このザンビア合弁会社立ち上げ時以来、現地に住み着くことになった現地法人の社長と2人3脚で、組織構築や農作業トレーニングのプロジェクトを何度か繰り返し、成功させてきました。結果、主食に近いお米から始まり、ピーナッツバターやハチミツなど、作れる作物が徐々に増えてきて、5年間でなんと6,500人のもと貧困ハンターを、普通の農家へ戻すことができたのです。

このザンビアの成功例を見たNGO本社では、「もし世界中どの国でも栽培可能な綿花で、ザンビアと同じことができて、横展開可能なら、とてもインパクトが大きい」と考えました。そこで、現地法人も綿花栽培も盛んなマダガスカル、綿花栽培はそこそこだが現地法人がしっかりしているザンビア、現地法人はまだ弱いが(有機)綿花栽培がとても盛んなウガンダの3カ国で、パイロットプロジェクトをやりたい。さらに、少量のパイロットで利益を出して自立させるには、単価の高い有機綿花(オーガニックコットン)でやりたい」ということで、プロジェクトを設計。HaasのIBD側でも、マダガスカルで2チーム、ザンビアで我々1チームがプロジェクトに入る予定でした。

しかし、これに困ったのはザンビアの現地法人。今までのハチミツやピーナッツバターは、作ってパッケージにしてから売るまで、全て自分達だけでまわす事ができました。しかし、綿花となると難しさが全く違います。まず、最終製品に至るまで、6プロセスあります。
 1.綿花の栽培 → 2. 綿花から種を取って綿に → 3. 綿を紡いで糸に(必要ならここで色をつける) → 4. 糸を編んで生地に → 5. 生地を、Tシャツなりシーツなりへと加工 → 6. 加工された商品にプリント等最終仕上げ

このプロセスの中で、ハチミツらと違うのは、(時系列的には行く前から判明している分だけでも)下記の点となります
(a) 2.には数百万円の、3.には数千万円-億単位の投資がかかります。もちろん昔ながらの手作業でやってもかまわないのですが、今回はオーガニックコットンということで、最終的に先進国市場を目指す。となると、高品質を保つ機械が絶対に必要なのです
(b) 1.の段階までにとどめて、どこかに綿花を売ることで生計を立てることも考えられる。この場合、売り先は2.の業者となる。しかし、実は2.はグローバルの農業企業が、政府との強いパイプを梃子に、世界各国の拠点で事業を展開している。普通にごく少量で売ろうとしたら、奴隷・搾取と言われるギリギリの価格まで買い叩かれてしまい、赤字が見込まれる。
(c) 1.2.の段階までやって(実は2.の装置なら、中国やインドの中古を安く入手可能な可能性あり:実際にそうしているところばかりだった)、3.で売る計画もあった。しかし、2009年4月段階で、ザンビア国内で唯一3.をやっていた業者が倒産。つまり、3.をやるためには、タンザニアやジンバブエなど隣国の業者に輸出してお願いすることになる。が、当然関税がかかる上、関税無しで近い国内業者との戦いとなる
(d) かりに3.まで隣国パートナーを探せて何とかなったとしても、4.以降はグローバルの戦い。そもそも綿なんて、シカゴの取引所等で値段が一律に決まってしまうコモディティ商品。中国やブラジル、インドの高効率・高品質な綿花に一般的には勝てない(から、ザンビア国内では3.の業者が全滅した)。こんなところに勝負を挑めるのか。
(e) 仮に稀有な最終製品のお客さん(例えばユニクロ)が、「ザンビア気に入ったから、ザンビア発の有機綿花をうちが買い取りましょう!」、と言ってくれて、まさに製造小売のやり方で1.から6.まで全て面倒見てくれることになったとしよう。(ちなみに、ここなどから、ユニクロは実際にバングラディッシュで似たようなことをやるようです。)その場合でも、オーガニックコットンを「本物のオーガニック」という為には、3年間化学農薬・化学肥料を一切使っていないことを証明するトレーニング・プロセスを得なければならない。この証明・監視に莫大な時間・コストがかかる
(f) しかも、折りしも時はリーマンショック直後で世界経済が最も落ち込んだ2009年前半。こんな中で、高級品のオーガニックコットンは全く売れていない(と、バークレーでの事前インタビューで嫌というほど思い知る)
(g) これらを通して採算が取れる値段を、農家に示してあげないと、農家が有機綿花を作りたいなんて思わない(または、農薬使いたくなる)はず、、、

 実は上記プロセスをはじめ、このプロジェクト、2年前の段階から既にオーガニックの認証を取る活動が始まっていたのです。その結果、これだけ面倒なことが次から次へと判ると、現地法人側はもう辞めたくて仕方が無い。でも、本社側はかなりの投資を経て、今年の3年目を乗り切れば認証がようやく取れるところまで来ている。さらに、一番有力候補だったマダガスカルが、09年春に政情不安で事実上オフィスごと撤退せざるを得なくなってしまった。そこで、唯一の頼みの綱になってしまったザンビアにて、「"Conservation Cotton(環境保全活動をした綿花)"という言葉でマーケティングができないか」、などなど、我々にもかなり奇抜な調査、アイデアを要求してくるような状況で、始まったのです。。。が、IBD体験記(3)にも書いたとおり、現地側はついに喧嘩別れし、我々には一切の現地サポートが与えられず、行ってからの調査は全て独力でやる羽目になりました。
-----------------

ここまでがザンビアに行くまでに判っていた経緯となります。そして、行ってから実際に行った調査は、独自調査なのでクライアント関係無しでもよかったのですが、やはり最終報告する相手に何か示したい、という意味で、「このプロジェクト続けるべきか、やめるべきか」にしました。というわけで、下記4点を順に調べてまとめることになりました。
(1) 各プロセスのコスト積み上げる(または、途中のプロセスで売る)ことで、長期的に採算が取れるのか
(2) 仮に採算が取れるケースがあった場合に、具体的に各プロセスで誰がどのように動くのか。それは誰が全体の旗振り役になって、実現可能なのか
(3) (2)で決めた「やらなければならないこと」は、実際の時間軸でどのようにはまるか
(4) (3)を見て、現実的にやるべきか、やらないべきか

3週間のうち、最初2週間で調べきって、最後1週間のうちにまとめる予定でしたが、元々現地クライアントがアレンジする筈だった各プロセスへのインタビューが、行く3日前に全部キャンセルになったので、出発2日前から当日にかけて、ありったけの参考文献に連絡先(~10件で精一杯だが)にメールを出しまくる。結果、ザンビアについた日(日曜日)に、幸運にも次の火曜日と水曜日に農業訓練所2件へのインタビューがセットされている状態でした。以後、この2箇所の農業訓練所から、芋づる式にインタビュー先を増やして行き、翌週火曜までに、国内/近隣諸国の各プロセスの企業や工場数社、クライアント以外の農家、国内の衣料品店、海外へ衣料を売る商社、政府(農林水産省)、農業統計をとるシンクタンク、他国で同様のプロジェクトを神がかり的に成功させてきた方(この方からの学びはとても簡単には表現できないので、別記事で紹介します)などなど、手分けしながら電話や対面で、無理やりインタビューできました。最後の方は皆さん紹介する人が互いに一緒になっていったので、首都ルサカ周辺に存在する国内の関係団体のほぼ全てから、数少ない定量・定性情報を集めきったと思います。

そして、翌週水曜から次の月曜まで、飛行機で東部の農業地帯に飛んで、クライアントの農家5件(及び、現地の高級織物土産物店兼工場)にインタビューに。ここで実際に、1日0.5~2ドルで生活する農家の人々の生の実態に触れたことが、今回の旅で最も衝撃的でした。プロジェクトに関係するごく一部の話だけでも、下記のような話が実際に見て取れたからです。(プロジェクトに無関係な内容で驚いたことは、別記事で紹介します)
- どの作物を作るか、のシビアな選択(Crop Competition): この農家の方々は、まともな教育も受けれず算数の計算も100%とはいえない。しかしながら、食料は死活問題。自分の周りの畑の広さや質、水の量、女子供の労働力などから、どの作物をどれだけ作るかの計画は、現実に利益が最大化されるように、定量的な計算に基づいて選択される
- ザンビアの土壌の特性: 他のアフリカ諸国に比べて、水も土壌が豊かなザンビアでは、害虫が思いのほか多く育つ。従って、有機栽培にしただけで、収量が一気に落ち込んでしまう。「こんなのじゃ全く採算が取れない」ということで、2年目から一気に辞めてしまった農家の人の言うことも、実際に彼の畑から取れる綿花の質を見て納得せざるを得なかった。
- 一方で、化学肥料や農薬が大嫌いな農家も多い。数年で土地が駄目になってしまったり、子供が農薬で病気になってしまったりしている経験から、絶対に使いたくない、としている農家もあり。

こういうわけで、最終週の火曜日から木曜日までしっかり丸3日分析期間を取っていたにも関わらず、チームレポートのまとめは困難を極めました。まず、上記6プロセスのどこをどうするか、という話の組み合わせで、現実的な論理解だけで数十通り出てきます。その中から、結局様々な過程を組み合わせて残ったのが、下記5シナリオ
解(1): 全て面倒見てくれるエンジェル的な顧客(例:上のユニクロ)にプロジェクト: 実は当時具体的に2社発見していており、その顧客が要求している情報もおおむね今回のプロジェクト内で整理できていた
解(2): 顧客はいないが、拡大路線: プロセス2.の装置を買い取り、自社で綿花→綿まで作れる事を担保する
解(3): 顧客はいないが、現状維持: プロセス2は自社では行わず、現地企業に依頼。
解(4): 顧客はいないが、縮小: 当面、綿花は「オーガニックではない通常綿花」に混ぜて、同じルートで売ってしまう。当然赤字だが、完全撤退はしない
解(5): 完全に撤退する

この中でどれを選ぶかは、困難を極めました。最終的にとても複雑なモデルとなったコスト計算がなかなか精度良く合致しないこともありましたが、実は、都市部の関連企業・団体のインタビューを全て聞き終わった段階で、ほぼ「無理」という結論が仮説だったので、解(5)だけ考えていて、計算をストップさせていたのです。しかし、農村で農家の話を聞いて、「もし、彼らがやりたい、というケースがあれば、それを停める理由はどこにあるのか。大目的が『動物保護のために農業をさせる』ことならば、もし今全く採算が合わなくても、将来の景気好転にかけるシナリオがあっても良いのではないか」、と考えるようになっていったのです。

結局このことから、最終的に(4)のケースを提案することに。実際、6,500名の農家のうち、自分の持っている土地の条件などから、オーガニックコットンを作りたい/作らざるを得ない人が100-200名ほど居そう、という予想が立てられたため、以後これを元にどれだけ赤字を最小化できるか、という点で細かいパラメータを調整しました。

これだけでは終わらず、最後のコミュニケーションプランを作るところでもしびれました。実はこの解(4)、クライアント本社と現地法人両方にとって不利益な耳の痛い話で、正直最も危険な解だったのです。しかし、大上段の目的「動物保護+環境保護」、及び、農家の立場に建つことで、本社の面子を保ちつつ、現地法人にもしぶしぶ了解してもらえる「痛み分け」、に持っていくストーリーに。結局、最終日昼までプレゼンの構成を何度も練り直しました。

-------------------------
こうして3日間の突貫工事で、Word48ページ、Powerpoint15ページの最終報告書を書き上げ、最終報告書の報告へ。我々など見たくも無い、という感じだった現地法人の社長も、最後だから、ということで、5分だけ、という形で話を取ってくれました。

最初は我々が見たままに、如何に有機綿花栽培が大変な事業か、ほぼ無理だ、という話から入り、彼の「やっぱりそうだろう」、という同意を得ます。しかし、「当然廃止だろう」、と彼が主張したところで、我々が努めて物腰柔らかに、「しかし、本当にやめてしまっていいものでしょうか」という反発に入ります。ザンビア全体のサプライチェーンが疲弊し皆撤退状態で、トップダウンで新規参入できればチャンスでもある、というマクロな話から入り、農家の人が日々何を考えて綿花を作っているか、ごく少数ではあるがこのプロジェクトを辞めないでほしい、と切に考えている人が居ること、そしてそれを継続するだけなら、赤字も全然たいしたことは無いこと、最後に、継続することで本社の面子も保てること、、、それとなく話すと、紅潮していた現地社長でしたが、しぶしぶ我々の提案を納得してくれたようでした。。。

。。。と思ったら、彼のほうから逆提案。「1.-6.のサプライチェーンを全て買い取ってしまったらどうだ?」。ええっ、という全く想定外の解が飛んできましたが、実は6,500名を農民にして、ピーナッツバターやハチミツを作っているうちに、この企業、数億円の投資ならやる気になれば余裕でできてしまうくらい、現地の超優良企業になってしまっていたようなのです。高々百数十万円の赤字をどうするかで、シナリオ分析で相当頭を抱えていた我々には、まさに晴天の霹靂。そんなに投資できる資金の余裕があるなら、最後の丸1週間、分析の前提からして全く違っていたじゃないか、、、。事前にクライアントと仲が悪いと、このような基本情報すら共有されず、死にプロジェクトになる、ということを、身をもって体験することとなりました。


この2週間後、米国のクライアント本社に今回の話を電話会議で報告。本社の方も、まずは継続の方向で話が進んだこと、次に、想定顧客らと本レポートを元に建設的な議論ができそうなことで、とても満足していただけたようです。。そして何より、ザンビアの現場で何が起こっているのか全然知らなかったらしく、「初めて知ったことが一杯ある、48ページきちんと読ませてもらうよ」とのことでした。そして翌年、今年もIBDでこの同じクライアントでザンビアでのプロジェクトが取れたと知り、ああ、我々の仕事が果たせたのだなあ、という実感が沸いています。
-------------------------

これにてプロジェクトの中身自体は記載完了ですが、25人ほどインタビューした中からの学びや驚き、そして上記に至る各ポイントで、中国人やインド人、パキスタン人のチームメンバーが、どれだけ協力的/非協力的な動きをしたのか、などなど、毎日カルチャーショックの連続だった部分については、また別の「文化」という記事でまとめられたらそちらで紹介できれば、と思います。
[PR]
by golden_bear | 2010-08-16 16:43 | IBD(ザンビアプロジェクト)


カテゴリ
以前の記事
お気に入りブログ
外部リンク
最新のトラックバック
景気判断
from MIT Sloan 遊学記
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧