A Golden Bearの足跡


UC Berkeley Haas School (MBA) における、2年間の学生生活の記録です。
by golden_bear
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思い出のゴルフ@Poppy Hills, Pebble Beach

5月最後の週末はMemorial Dayの3連休。卒業シーズンの初夏ということで、観光地はどこも大混雑。さらに11月のThanks Givingから丁度半年離れていることもあり、どこのお店もセールの真っ最中。我々夫婦もこの円高を機に新生活に備え、結局3日間ともショッピングモールに行きました。中でもメインは初日の土曜日。車で1時間離れたアウトレットに行くと、MBAの同期も皆同じようなことを考えていたのか、4人にすれ違いました。

こんな慌しい(?)週末でしたが、それに先がけて木曜日、「もし右足の捻挫が完璧に治っているようだったら、最後のゴルフをやりに行かないか」、という誘いを韓国人のJから受け取ります。一応親知らずを抜いた腫れは沈静化したので、「明日朝打ちっぱなしに行って大丈夫そうならやろう」、と返信。

金曜日に右足首を包帯でぐるぐる巻きにして、40球試したところ、ショートアイアンとパターは全く問題ない。ドライバーも、フォロースルー時の右足の動きをしなければ、飛距離は落ちるが問題ない。ハイブリッドクラブ(3I-5I)がうまく使えないのと、斜面を歩いたりスイングしたりするのが難しそうだが、スコア無視して雰囲気を楽しむだけなら大丈夫、と判断。golfnow.comというWebsiteで、どこかよさげなゴルフ場の割引ディールがあるか、と思っていたら、どういうわけかPebble Beach内にあるPoppy Hillsが、カート&練習球込みで3pmからたったの$72でプレーできるではありませんか!!! 

早速予約し、土曜日には200球練習し、テーピングを買って日曜の試合に備えました。ちなみに、テーピングは近所のCVS Pharmacyというドラッグストアで4本$10。日本の半額くらいという安さもそうですが、日本でのコンビニに相当する米国のドラッグストアでは、売れ筋かどうかに関わらず本当に何から何まで置いてあることに、驚きます。

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Pebble Beachは、サンフランシスコ/バークレーから車で2時間強南下したモントレー半島の中にある、"17mile Drive"という車で一周できる景勝地です。この近辺には4つの有名なゴルフコース(Pebble Beach Golf Links, Poppy Hills, Spyglass Hills, Cypress Point)がありますが、中でも有名なPebble Beach Golf Linksは、言わずと知れた世界で最も有名なゴルフ場の1つです。今年は6月14日-20日まで2010 US Openが開催されるゴルフ場でもあります。ここには一度、昨年夏に義理の父が遊びに来たときに妻と3人で観光で行き、「いつかここでプレーしたい」とは思っていたものの、予約を取る難しさと金額の高さに辟易しているうちに、足を捻挫してしまい断念。もう少し上手くなって、ぜひ挑戦したいと思っていました。

そして、ほかの3つのコースも、Pebble Beach Golf Resortに滞在する人がプレーすることを想定しているのか、格の高いコースばかりです。今回私が行ってきたPoppy Hillsも、今年2月に石川遼選手が出場して話題になった"AT&T Pebble Beach National Pro-Am"の会場に、1991年から2009年まで選ばれた(注1)有名なゴルフ場。
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どうやら米国ではじめて、アマチュアのゴルフ団体"Northern California Golf Association"が所有して運営しているコースのようで、クラブハウスの壁には、プロゴルファーの写真やサイン、そして表彰状がずらり。
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"100 Best Courses to Play"や"101Best Golf Experiences"に選ばれているのは良いのですが、"Top 25 Toughest Courses"になっていたとは来るまでわからず。宣戦恐々としながらドライビング・レンジへ。実は渋滞を予期して随分早く出発したにもかかわらず、実際に渋滞で到着に3時間半もかかり、ほとんど練習できず。よさそうな練習場だったのに残念。
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早速1番ホール Par 4に向かうと、既に一緒に周る2人が待機中。このゴルフ場は、Del Monte Forestという森の中にあるため、全ての木が自然のまま残されているものだそうで、本当に綺麗なコースなのです(ゴルフ場を造った、ということは、その木を刈った、ということなのですが、、、)。
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あまりに美しいのですが、狭い、曲がりくねってる、林だらけで、大変。足に力を入れられない分、手打ちになって力んで曲がり、1番ホールでいきなり9打もたたいてしまったので、以後毎ホール写真を撮ることに。

2番 Par 3。谷越え。ここで我々と一緒に周る2人のうち片方が、初めて4ヶ月の初心者だと聞きます。彼がボールを5個くらい無くすのをもう1人が慰めていて、彼らがパートナー同士と知りました。
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3番 Par 4、谷越えの後、大きく左に曲がります。
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4番は、先が全く見えない長いPar5。途中でどんどん景色が変わって、とても綺麗です。しかし、最後はバンカーだらけに、、、
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5番 Par 4は、まっすぐかと思いきや後半右半分が池。
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6番 Par 3、やっと楽なコースと思いきや、左の林に打ち込んでしまい、パチンコ玉状態に
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7番 Par 4、右に見えるのが先ほど5番の最後の池。1打目をダフって手前の深いラフに、2打目がラフから上手く打てず右に行って池に落ちる、、、
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8番 Par 4も、左に曲がっています。"dog leg"と呼ぶのだそうですが、本当に犬の足のように右に左に曲がるコースが多いです。
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9番 Par 5は、なんとコースが2段に分かれている。300ヤード先に進んだら、右側の崖下に別のフェアウェイが見える。そこから200ヤード先のグリーンに上っていく、というスーパーマリオの気分。
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前半が終わり、日が落ちてきてコースが綺麗になってきた頃、たまたま容量の少ないメモリーカードで来たため、残念ながら全部は撮れず。泣く泣く撮るホールを絞ります。

10番 Par 5は、看板コースというだけあって、海に向かってとても綺麗。最後のグリーンは、湖に突き出た形。ここから調子が上がり、折角3打でホールそばのグリーンエッジに届きバーディーを狙ったのに、グリーンが激ムズでそこから5打たたきトリプルボギーに、、、
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11番 Par 3(写真なし): 最も平凡で記憶も写真もなし。

12番 Par 5 この辺から林の密度が上がり、夕日が照って本当に綺麗。コースは思いっきり右に曲がって、後は下っています。
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13番 Par 4(写真なし): 後半で一番難しいホール。バンカーの半分くらいしかない極小のグリーンにどうにか乗せたと思ったら、鬼のように足が速い斜面。ホールから2mの位置から、打てば打つほど遠ざかっていってしまい、4パット。

14番 Par 4: 直角に左に曲がり、最後に右に。こちらのグリーンはとても足が遅く、13番のつもりで打つと全然入らない。本当に難しい
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15番 Par 3(写真なし): グリーン奥の林のすぐ先は太平洋、というとても美しいホールでしたが、西日がもろ正面で、全く写真に取れず残念。

16番 Par 4: このホールで友人と2人で写真を撮っているのには、わけがあります。実は、私の義理の父が昨年夏にうち遊びに来てゴルフ日韓戦に飛び入り参加をしたのですが、日本語の勉強をしていた彼は、同じ組で回っていたのでした。その時のお礼に、義理の父が彼にmaruman 07のゴルフボールをプレゼントしていたのだそうです。その後8ヶ月大事に持っていたそうなのですが、15番ホールの第1打を林に打ち込み、全てのボールを使い果たした彼は、第3打目からそのmaruman 07を使い始めたとのこと。「今日は今年最悪のスコアだけど、このボールは絶対に無くせないので、ここから3ホールは全力で行く」、と言う彼に熱いものがこみ上げてきて、記念に写真を撮ったのです。
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その直後の彼の第1打は、大きく左にフックし、林に消える、、、がしかし、奇跡的に普通に打てるところで発見される。2打目もまた大きく左にフックするが、大きな音とともに木から跳ね返ると、なんとフェアウェイの真ん中に。きちんと3オン2パットでボギーを取っていました。


17番 Par 3(写真なし) 目の前が大きな谷で打ち下ろしのショートホール。ここで彼のボールはまたしても思いっきり左に曲がり、林に消える。すぐ下に降りて林の中を探しても、無い。万事休すか、と思ってグリーンを見ると、なぜかグリーン上にボールがあるではありませんか。というわけで、きちんと2パットで決めた彼がパーで、1オン3パットの私がボギー

18番 Par 5: 最後のロングホールは、左に曲がった後最後に右に曲がる。ティーショットの場所はあまり景色が良くなかったのですが、私自身は今年1番のドライバーショットで綺麗にドローがかかり、絶好の位置に。この2打目の位置で見えたクラブハウスが綺麗だったため、そこで写真を取りました。
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2打目も良く飛んで、3オンが狙える位置に。3打目はミスして飛ばなかったが、周りに6つバンカーがあるグリーン近くのフェアウェイに落ちて結果オーライ。ここから3段グリーンに向けて今年1番のアプローチで、2mのパットを残す。

彼は、第3打で超深い大きなバンカーが4つもある地獄のようなところに向けてショートカットを狙う。ここでまたもやmarumanボールの奇跡がおき、4つのバンカーの中心の普通に打てるところにボールが落ち、結局4オンに成功。

最後、2人とも超集中してパーパットを打ったのですが、仲良くはずしてボギーとなり、これにて彼との最後のゴルフが終わりました。私は前半64、後半53の計117。足が不自由だったことと、コース(特にグリーン)の難しさを考えれば、特にボギーを5回出せた後半には満足いくスコアです。

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個人的には卒業式も各種最後の飲み会も、単なる通過点という感じであまり感慨深くなかったのですが、この最後の3ホールは、「一緒に毎朝8時から第二外国語を受講し、一緒に4日連続でゴルフをし、一緒にラスベガスまで20時間ドライブをし、一緒にサッカーで足を怪我した彼とここでゴルフをするのもこれで最後か」、と思うと、とても感傷的な気分に。自分にとっては、まさにMemorial Dayと呼ぶべき、記憶に残る特別なゴルフとなりました。

とはいえ、日本と韓国は、サンフランシスコとラスベガス位の距離。ソウルなら東京から様々な地方都市に行くのと同じ感覚で、気軽に会うことも出来ます。妻同士も仲が良く、既に今年中に私の妻が韓国を旅行するときにお世話になることが決まっているほか、彼の取引先にも日本企業も多数あることから、今後も家族ぐるみで何度も会うことは間違いないと思います。ここまで深い友人関係が外国人と仕事関係なくできるチャンスは、人生でそんなにあるわけでもないと思います。今後も彼は勿論、多数のMBA友達と、仕事関係なく楽しく出来ると良いな、と、改めて思います。


(注1) 2010年は、同じくモントレー半島にあるMonterey Peninsula Dunes Golf Courseで開催
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by golden_bear | 2010-05-31 17:19 | 趣味・生活

米国で親知らずを抜いてみた

どうしようか迷っていたのですが、結局抜きました。10年ほど前から「数年後に親知らずを抜かなければならない日が来る」と言われていたので、2ヶ月前に米国で良心的な歯医者に出会うに書いた時に、全部の歯を見てもらって、「このWisdom Teeth(親知らず)はすぐ抜くべき」と言われた時には、やっぱそうだなあ、とあまり違和感はありませんでした。

しかし、ここは米国かつ無料の韓国人の歯医者。「失敗したり、抜いた後そこから細菌が入り込んだりしたら、卒業後の今、学生向け保険が有効かどうか不明な中で、どうすりゃいいんだ」、とか、「この親知らずを抜くことで相当保険点数が稼げるとわかったから、ほかのものを無料にしてくれたのでは。であれば、過剰サービスで本来不要な医療を押し付けたのでは」、とか、いろんな不安が募ります。

最初は5月19日(水)に予約をしていたのですが、
○ ほぼ徹夜でこの日締切の最終レポート書いてて睡眠不足
○ まだ右足の捻挫が治りきっておらず歯にまで痛みを抱える不安
○ 1つインターンの仕事の締切が20日にあった
ということから、この日はキャンセルして25日(火)へと1週間ずらしました。。。実は、このどれもが今日歯を100%抜けない理由、にはなりえないのですが、要は、なんとなく怖くて行けなかったのです。

その後も、24日の夜ぎりぎりまで、「急に日本に帰ることになって時間がない、と言えばキャンセルできるよなあ」、などと、後ろ向きに考えていました。が、当日朝、下記の理由で抜くことを決心しました
○ なぜかまた別の銀歯(日本で15年以上前につけていたもの)が外れていたため、いずれにせよ歯医者には行かざるを得ない
○ 日本に戻っても仕事が始まるまで保険証は無いため、すぐに歯医者に行きにくい。新しい仕事についた直後に親知らずを抜く羽目になると、仕事上のロスが大きい
○ 費用は無料: 卒業式後だが、「3月からの継続治療」と言うことで、全て保険でカバーされる
○ アメリカ式の治療なので、日本より痛くないことが予想される(例えば歯石を取るだけでも、部分麻酔を利用する)
○ 過去3回の治療を実際に受けてみて、この歯医者は大丈夫だ、という信頼感があった。

こう理由を並べてみましたが、一番大きな理由は一番下の「信頼感」。もちろん、以前の治療が良かったからといって歯を上手に抜ける人である保証は全く無いのです。にもかかわらず、結局キャンセルしないでお願いするか、と言う決め手になったのは、一応理屈で説明できる上4つの理由ではなく、論理的に説明できない安心感のようなものでした。ビジネス上で、顧客にリスクをとって決断して頂く為に、いかに信頼関係というか包容力のような目に見えない力が重要か、ということを、顧客の立場で身に染みて実感しました。

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さて、当日ですが、「また取れちゃったの?」と驚かれながら、銀歯を何事も無かったかのようにつけなおした後、これまた何事も無かったかのように麻酔を打つ。最初は親知らずの周りをゴリゴリ削っているような感じで、次に歯なのか歯茎の中なのかになんとなく穴でもあけて何かを差し込んでいるような感触があった後、「こりゃひどいね」、というせりふが聞かれて、気がついたらガーゼが挿入されて終わっていました。いつ自分の歯が抜かれたのかは、全く気がつかず、痛みもわずかに沁みたり骨を押されたりした感覚があった以外は感じませんでした。

終わって言われたのは、「隣の歯の、親知らずが当たって押し出そうとしていた部分に、けっこうひどい虫歯が発見されたよ。これは落ち着いたら2-3週間後にすぐ直したほうが良いね」というアドバイス。まるで前職のコンサルタント時代に、1つのプロジェクトが終わると、隣接する部門から違う問題が見えてきて、熱いうちに次のプロジェクトの営業をかけていたのと全く同じ展開。コンサルタントが医者に喩えられる理由を再認識しました。

その後、アシスタントの方に、ガーゼを手渡される。「1時間おきくらいに、血が止まるまで交換して」と言われる。最後に、「薬を3種類処方しといたから、それぞれ薬局の指示に従って飲んどいて」と言われて解散、、、っておいおい、いつから食事していいの、とか全く分からないよ、と質問すると、「わりい、その説明忘れてた!」、と言われ、一枚紙を手渡され、「重要なのは、冷やすこと。そして、48時間はここに書いてあるものを食べてはいけないよ」という説明でした。

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帰り際に先に薬局に寄る。以前チェーン店系(Walgreen, CVSといった、日本のマツモトキヨシみたいなもの)の薬局に、「薬が無い」と言われたことがあるため、今回はSafeway Phamacyという、スーパー系列だが独立して薬局のみをやっている店に行ってみる。口は空けられないため、無言で処方箋を渡す。「保険証持っているか」、と聞かれたので、手渡すと、私の代わりに延々と電話をかけて、この保険証がこの薬に有効かどうか調べてくれている。とても親切だ。ガーゼを取り替えながら待つこと10分、結論は、保険はこの場で自動的には効かないが、後でフォームをダウンロードして記入し郵送したら、キャッシュバックしてくれる「かもしれない」、という説明。そして、「今から薬を調合するから、15分後に来てくれ」、と言われる。近くの郵便局で郵便物を出してちょうど15分後に戻ると、ぴったり出来上がっていた。
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左から、抗生物質(1日2回)、痛み止め(1日3回)、歯磨き液(歯をゆすぐため。翌日から1日3回)。3種類で$40でした。

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家に帰って妻に事情を説明する。3月時点で「歯を抜くかも」と伝えていた反応から、絶対に反対されると思い、この瞬間まで何も言わないでやったため、あきれられる。とりあえず、もらった紙を呼んでみる。
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内容は上から、

○ 最低1時間、硬く口を閉じて患部にガーゼを当てること
○ 8-12時間、歯磨きをしてはいけない。しかし翌日以降は、1日3回、歯磨き液で歯をきれいにすること
○ 今後数時間出血が予想される。止まらない場合は医者に連絡
○ 腫れが見込まれる。氷嚢で15分冷やし、10分はずす、を、最初の8時間行うと良い
○ 痛みが見込まれる。医師の処方した薬を指示通り飲むべし
○ 運動は24時間禁止
○ 食事:硬いものと、粘り気があるもの(例:ポップコーン、お米)、患部に悪影響を与える可能性のあるものは、48時間食べてはならない。

(食べて良いもの)
スープ、ジュース(りんご、クランベリー、ぶどう)、牛乳、ハーブティー、アップルソース、カスタード、プリン、ゼリー、ヨーグルト、アイスクリーム、アイスキャンディー、卵(スクランブル、ゆで卵、落とし卵)、チーズ、オートミール、パスタ、マグロ、卵サラダ、やわらかいパン

(食べてはいけないもの)
スパイシーな食べ物、
熱い食べ物(冷ますこと)
硬い、突起のある食べ物(チップス、パンの耳、ポップコーン、フライドチキン)
酸性のジュース(トマト、グレープフルーツ、オレンジ)
サラダ
酒とタバコ


これを見た妻の反応は、「本当に赤ちゃんより手が掛かるよ」、と言うもの。何が食べられるか2人で考えたものの、酸性のものがだめ、と言われると、醤油もだめになってしまう。また、サラダもだめ、と言われると、本当に選択肢が少なくなってしまいます。

このころ急に、頬の腫れがひどくなり、歯茎も痛くなり、また寝たきり生活に。薬を飲み、氷嚢を頬と捻挫した足に交互に当てる。次第に何の集中力も無くなり、寝てしまう。。。3時間ほど経ち、「今晩飲みに行こう」と友人から電話が掛かってきて目を覚まし「ごめん、48時間はだめだ」とキャンセルする。「ほら、貴重な休みの機会を失って」、と妻の声とともに、今回の特別メニューの夕食を頂くことに。
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左から
○ しいたけの茶碗蒸し(ただし、冷ましてある)
○ サーモンのムニエル
○ そら豆
○ ほうれんそうの胡麻和え

正直これから丸2日間、ヨーグルトとアイスクリームとプリンくらいしか食べられないか、と思っていたので、これだけのメニューが出てきて感動しました。親知らずを抜いていない方の歯で噛み締めながら、この時ばかりは普段の数十倍美味しい、と、妻に多大な感謝をしています。

そして、ここで、イノベーティブなアイデアを出す定石手段に、「不自由な人の動きをしてみる」、というものがあったことを思い出しました。このような「特殊な食事制限を課せられた中で、いかに旨いものを作れるか」、と言った分野は、クックパッドなどを見てみた限り、まだ開拓の余地のあるロングテールかもしれない、とも思いました。(が、妻は、私がこれ以上太っても「糖尿病の食事は意地でも作らない」と申しております。)

翌日もまだ腫れが続いたため、寝たきり生活を続ける。朝はパンとヨーグルトでしたが、昼は「48時間」の注意書きを破って、炊き込みご飯を食べてみるが問題ない。そして、夜はパスタを頂き、翌朝から普通の食事に無事戻りました。今後1週間後に患部の確認(及び隣の)を行いますが、今のところ問題なく順調に回復しているようです。

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足を捻挫した直後も丸2日寝たきりだったので、5月は結局丸4日間も寝たきりでした。そして、翌々日、ようやく社会復帰したと思ったら、今度はノートPCのファンの回転数がどんどん今まで聴いたことの無いありえない音になるまで上がって、突然電源が落ちる。再起動すると、無線も優先も全くネットにつながらない。日本のお客様センターに電話して、色々試すが、結局OSの再インストールが必要に、、、

というわけで、この5月は、タレントショー、期末試験、インターンなどなど、緊張感のあるイベントに蹴りがつく毎に、今まで無理していた部分のガタが来たかのように、自分の体や身の回りに故障が起きているようです。この際、新生活が始まる前に、全ての膿みを出し切ってしまいたい! と思います。そして、このバグ出しも、MBAのうちだからできる/やっとくべきことだなあ、と思う、卒業直後の今日この頃でした。
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by golden_bear | 2010-05-29 21:07 | 趣味・生活

Freeman Winery: 日本人共同設立ワイナリーの授業と訪問記

毎週木曜日6-8pmに行われていたWine Industryのクラスでは、毎回さまざまなワイン業界関係者が、ワインを振舞いながら2時間のプレゼンを行いました。誰を呼ぶか、などは全てワインクラブの学生が決めるこの授業。ふたを開けてみると、ワイン農場、ワイナリー(ワイン製造者)、ワイン流通業者、ソムリエ、ワイン業界コンサルタント(i.e. TwitterやFacebookでどうワインのマーケティングを行うかに特化した個人)、ワイン投資家などなど、地元のナパ・ソノマはもちろん、欧州や南米、オセアニアのワインの専門家まで様々な方が毎回色々な視点でお話していました。毎回4-6種のワインを各種チーズやフルーツなどのおつまみと共にテイスティング。中には1本$100するワインを6種類テイスティングできる回もある。余ったワインは持ち帰り可で、妻もいつも楽しみにしていました。受講資格は全14回に対して$125払うだけなので、とてもお得なクラスでした。

この中で、4月8日のゲストスピーカーは、Ken Freemanさん。ノースウエスタン大でMBAを取得後、投資銀行にて活躍され、最近は地元サンフランシスコのプライベート・エクイティファームのパートナーとして活躍中のKenさん。1990年代後半から自分のワイナリーを持ちたい、と考えていたそうで、2001年に偶然ソノマ地域の古いワイナリーが土地ごと売りに出された時に買い取ってリニューアルし、"Freeman Winery"をオープンさせたのだそうです。
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という紹介が始まるや否や振舞われた白ワインには、漢字で「涼風」とかかれています。そこで、Kenさんが私を指し、「これを英訳すると、何になるか?」と質問。私はとっさに"cold wind"と答えると、"cool breeze"だ、と切り返されて、英語の出来なさぶりを露呈してしまいました。ともあれ、なぜ"liáng fēng"ではなく"Ryo-Fu"と日本語で読むのかと思っていると、なんとKenさんの奥様は、Akikoさんという日本人の方。ワイナリー設立当初から、夫婦2人でアイデアを出し合い、またAkikoさんの尽力により日本市場の開拓にも成功してきた、という話が続きます。ここで学生から早速、「ワイナリー立ち上げ直後に世界展開って、どんな販路を使ったのか」、という質問。その答えは、「3種類あり、1つはもちろんホームページから直販。次に小売店経由で、最初は銀座にあるEnotekaという店限定で卸してもらっていたが、最近は成城石井というWhole Foods Market(米国のオーガニック専門高級店)の日本版見たいなスーパーマーケットでも買えるようになった。最後にレストランで、Four Seasons Hotelなどで使ってもらっている」とのことです。

当然Enotekaがどんなワインショップか日本人以外にはわからないのですが、いきなり高級店に置けるのは、Akikoさんの営業力以外にどんな秘密があるのか、と思っていたところに、次の赤ワインが配られます。Pinot Noir(ピノ・ノワール)というブルゴーニュ地方原産で、カリフォルニアでも相当作られているやや軽めの味がするワイン。実はFreemanさんはこのブドウに特化して、Pinot Noirだけで数種類のブランドを展開しています。そして、2004年に初めて売り出したPinot Noirで、様々なワイン評論雑誌/機関にていきなり90点越え(最高94点)の評価を連発し、一気に有名になったそうなのです。その後、将来ワイナリーを自分で持ちたいと思っている学生中心に、「どうしていきなりそんなに高得点のワインが作れたのか」、「製法やブドウの選び方のコツや特徴は何か」、「普段どんなワインを飲んで舌を鍛えたのか」、「価格設定やマーケティング(どのレストランにどういう基準で卸しているか)はどうなっているか」などなど、質問の嵐となったことはいうまでもありません。ちなみに、価格帯は1本$40-50程度に設定されていて、ソノマ地区で考えればやや高めのワインですが、コンスタントに90点を越えるワインとしては、お手頃な価格になっているようです。

3種類のPinot Noirを飲み終えて、最後に私からも、「日本市場向けと米国市場向けで、ワインの製品(同じラベルで中身が違う、など)、ラベル、マーケティング、売り文句など、変えているものはあるか」、と質問したところ、「基本的に全て同じ。ワインの中身やラベルを市場ごとに変えてはいない。日本人にはAkikoが日本語で説明しているため、その内容は私が説明する内容と全く同じだが、日本人の受け取り方が違う可能性はないわけではない」という回答をいただきました。

ワイナリー訪問は事前予約必要&グループのみ受付、ということでしたので、授業後に「今度KenさんとAkikoさんが両方ワイナリーにいらっしゃる時に、遊びに行ってよいか」とお願いし、日程調整。1ヶ月半後の5月22日(土)にしよう、という話になりました。

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5/22(土)当日、7家族15名で訪問して来ました。事前の雨予報とは裏腹に快晴となり、最高のワイナリー日和。幹事の私が大きく遅刻してしまったため、他の方々は既にお庭のピクニック場のようなところで、「涼風」の試飲を開始しています。
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ブドウからワインにしていくまでの装置を一通り見せていただいた後に、崖を自分たちで掘って作った、というワインの貯蔵庫の中を案内していただきます。
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ちなみに、最初はKenさんも混じって英語で談笑していましたが、ワイナリーの説明は全てAkikoさんによる日本語によるものでした。今まで何度かワイナリーの説明を受けていましたが、日本語で細かいところまで丁寧に教えていただくと、全然違う印象で理解できるので、すごく良い機会でした。

貯蔵庫の中では、特別にまだ樽の中に入っていたワインを少し味見させて頂く。
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ボジョレー・ヌーボーのような状態の若いワインなのですが、2つの異なる樽のワインを舐めさせていただくと、同じピノ・ノワールでも、ブドウからして全然違うんじゃないか、と思うくらい全く異なる味(苦味、刺激、重さなど)がして驚きます。この味の違いについては、ブドウ自体の違い(ピノ・ノワールと分類される中で、何十~何百種類も兄弟品種があるそうです)もありますが、畑の違い:どのような気候でどのように育てられているか、も、とても大きいとのことです。実は、これら2つのワインは、同じソノマ地区で互いに5miles(約8km)しか離れていない畑で採れたものだそうで、場所が少しだけずれただけで全然味が変わる、ということにとても驚きました。

ここで、「畑によって大きく味が変わる、ということは、良い畑のワインには、買いたい、という人が殺到するはず。この競争の中、どうやって良いブドウを手にしたのか」、と質問させていただいたところ、Keefer Ranchというブランドのワインができるまでの話をして頂きました。Keeferさんの畑のブドウがとても良いそうなのですが、「売ってください」と頼みに行くと、最初は鼻で笑われてしまい、全く相手にしてもらえなかったそうです。それでも、自分が作ったワインを持って行き、味を確かめてもらうと「良い仕事をするわね」と言われ、ごく少量のブドウを分けていただく。このブドウでワインを作り、翌年持って行くと、また「良い仕事をするわね」と言われ、次の年は多めに分けてもらえる。なにしろ良いブドウの数は限られているので、この過程の中で良いワインを造れなかったワイナリーは契約を打ち切られてしまうそうで、生存競争が大変とのこと。この競争をまさに勝ち抜いておられる方からこう説明して頂き、普段気づかないワイン業界の熾烈な競争に鮮烈な衝撃を受けました。

この後、洞窟内で現在売られているワインを一通りテイスティングさせて頂きながら、全員日本人のメンバーから様々な質問が飛び交います。
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この質疑応答の中で、私個人的には特に、日本人としてゼロからワイナリーを立ち上げここまで来られる裏で、どのような苦労があり、どういう独特の目の付け所や目標の持ち方があり、どの点に注力して他人に負けない努力をしているのか、という、経営者としての心構え、が大変勉強になりました。このことは、最後にテイスティングさせて頂いた、"Akiko’s Cuvée"というワイン:Akikoさんご自身がブドウの選定から収穫時期の決定まで、毎日足繁く畑に通われて決断されている、の味にそのまま現れているようでした。このワインは日本でも購入可能なそうです。
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最後に、この場で飲んだワインを購入。一部日本では手に入らないブランドもあるので、それを中心に、感動した分だけ買い込みました。私の妻はもちろん、来ていただいた日本人の方皆に満足していただいたようで、とてもよいワイナリー訪問ツアーとなりました。

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Napa/Sonomaエリアの日本関係の話題としては、昨年は某航空会社の訓練場が閉鎖という暗いニュースがありましたが、今年は5月に某ゲーム会社の会長さんがワイナリーをオープンしていたり、6月に某日本の芸能人が結婚式を開催予定だったりして、(日本人の間で)盛り上がっている感があります。このFreeman Wineryにも来月、今月米国企業を買収し進出の足がかりとしている日本の某e-commerce企業の社長さんが訪れるそうです。ワインという特殊な世界ではありますが、その中には戦略、開発、製造、物流、マーケティング、ブランディング、営業、と、ビジネスの全ての要素が含まれており、だからこそKenさんや上述の会長さんみたいに、一度別のビジネスで成功した方が挑戦する魅力がある世界のようです。そして、Akikoさんはじめ、この世界で日本人が盛り上がっていることには、卒業直後の自分に大きな勇気を与えてくれています。

(オマケ1)
Freeman Wineは、様々な日本語ブログでも取り上げられています。2010年5月現在、日本ではここで購入するのが良いようです。

(オマケ2)
Freeman Winery訪問後は、Kenさんに「それだけの人数ならお勧め」と紹介された、Union Hotel Occidental Restaurant。どのキャリアの携帯電話も入らないような山奥に突如現れた高級レストランのパティオにて、美味しいイタリアンを堪能しました。量がとても多いので、前菜を頼んだらメインは2人で1つくらいでちょうど良いと思います(一応、余ればDoggy Bagをお願いすれば、持って帰れます)。

また、このとき、日暈(にちうん)と呼ばれる、太陽の周りにかかる虹を、とてもくっきり見ることができました。これは、良いことの前触れらしいので、ラッキーです。
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昼食後には、Iron Horseというスパークリングワインが有名なワイナリーを訪問。まさに馬小屋のような簡素なカウンターで、5杯$10、あるいは$30-40でワインを1本買えば無料、という、すばらしい低価格でテイスティングができました。丘の上からののどかな眺めも最高です。
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最後に地図ですが、A地点がBerkeley, B地点がFreeman Winery, C地点がUnion Hotel Occidental, D地点がIron Horse、また、地図一番下の端がサンフランシスコになります。
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by golden_bear | 2010-05-22 23:51 | 趣味・生活

卒業式: 一区切りのセレモニー

ついにこの日が来てしまいました。式典自体は昼2時からGreek TheaterというHaasから徒歩5分のところにある屋外公会堂、その後夕方4時半頃からUC Berkeleyの時計塔Sather Tower前の広場でレセプションが開催されました。

個人的には卒業式後に締切のある最終レポートが2つ残っていたため、全然卒業という感じではなく、当日も日韓東南アジア飲みの二日酔いに苦しみながら、昼12時までレポートを書いていました。その後、卒業式用ガウンと帽子(注1)を持って、友人の車に飛び乗る。Greek Theaterの裏山のCyclotron Rdという道に、1日$10の駐車場が仮設されており、集合時刻の1pm直前には既に満車でしたが、「まだ入れるよ」と満員電車のように詰め込まれ、無理やり駐車しました。この駐車場でガウンを装着し、会場に向かいます。
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卒業生は南門、家族等は北門に集合ということで、ここで一旦家族とはお別れ。
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チェックインの際に、「卒業証書受け取りの時にどう発音して欲しいか」も併せて紙に記入します。ガウンを着た生徒達と写真を撮ったり、最後の交流を楽しみます。
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予定通り2時に「威風堂々」のBGMがかかると、1列に並んで入場。
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この屋外の卒業式、例年死ぬほど暑いと言われていましたが、最近はこの時期にしてはとても寒い日々が続いていたので、むしろ寒い方が心配で着込んでいる方が多かったです。しかし、この時間に丁度日が照って来て、最高の卒業式日和に。妻は日焼けしてしまったそうで、日焼け対策は結局必要なようです。

最初は学長の挨拶
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次にゲスト・スピーカーとしてRichard Blum氏。1959年にここBerkeleyでMBAを取得し、Blum Capital Partnersという投資ファンドを1975年に創業。また、the American Himalayan Foundationの創設者でもある方です。18年前にも一度卒業スピーチをしたらしく、この間の世界の変化を踏まえたメッセージでした。
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次に、夜間・週末コースであるEWMBAの方に対する卒業証書授与式。金曜日ですが、1学年240人のほぼ全員が出席していました。最初に学長から「ほぼ皆さんシリコンバレーで働いていることから、5時に仕事を終わらせ1時間ドライブしてHaasに来て、6時から9時半まで授業を受けて、また1時間かけて帰宅する。こちらはフルタイムMBAと全く同じ基準の講義と評価を提供しており、この生活を3年間続けられて修了したあなた方の努力は信じられない」、といった紹介があった後、成績最優秀者の表彰。GPA(注2)が3.95というとんでもない成績をたたき出したのは、eBayのエンジニアの方でした。

続いてのEWMBA学生代表からのスピーチが、とても感動的でした。授業中に教授やクラスメートから受けた印象的な学びやエピソードを話したあと、「3年間、本当に夜間も休日も全て潰してMBAを取得できたのは、教授とスタッフの方々、そして、家族と子供達はじめこの決断を許して支えてくださった人々のおかげです」と言うや否や、全員起立し、参観した家族に全員で感謝の気持ちを述べ、大いに盛り上がりました。
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そして、1人1人に仮の卒業証書が手渡しされます。この時、小学生くらいまでの子供を一緒に壇上に上げて、卒業証書を一緒に受取っている方が2人に1人くらいいました。まさに、家族や子供と2人3脚で3年かけて取得したMBA、という気持ちがひしひしと伝わってきました。
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いよいよ、我々フルタイムMBAの授与式です。まず最初に成績最優秀者。こちらもGPAが3.92というこれまた素晴らしいスコア。彼女はロシアでインターンをして、2年生の時には日本語を勉強し、卒業後はオーストラリアで働く、という、とても国際派な方です。
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次に、成績以外でのHaasへの貢献の意味で素晴らしい活躍をした4名が表彰されました。うち2人はHaasの生徒募集プロセスにて国際的に貢献した方、1人は国際的なビジネスプランコンペで複数入賞している方、そして1人はチャリティーでリーダーシップを取った方達。
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そして、学生代表のスピーチ。3月ごろ、スピーチの候補者が自薦&他薦で選ばれ、生徒全員による予選投票と決選投票で選ばれたのは、カナダ人のS君。授業中から彼の発言は常にほぼ100%の確率で誰もが思いつかない視点。うち3回に2回くらいはジョーク、3回に1回くらいは本質をえぐる発言をしていたので、「最も人と違う」という視点ではとても妥当な選出でした。「何故俺がこんな場所で喋らなきゃいけないのか、未だに理解不能だ」という冒頭に始まり、全編シニカルなブラックジョークだらけで笑いが耐えない、記憶に残るスピーチでした。
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ようやく卒業証書の授与です。EWMBAの真似をして子供を連れて行く人が多かったのですが、EWMBAの方々より平均年齢が低い分、乳幼児が多い。写真には撮れませんでしたが、中には生後1.5ヶ月の赤ちゃんを連れて行く人までいました。
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私は捻挫をしていたため、プロテクターをつけて足を引き摺って入場。記念に残る瞬間です。
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最後に、EWMBAとFTMBAそれぞれで、最もボランティア活動に費やした時間が長かった人々が1人ずつ表彰されて、閉会となりました。これらの方含め、本日壇上で表彰される方々はプロフィールが紹介されたのですが、米国人以外が大半。米国人でも今後海外で働く方が殆どであることに、とても驚きました。

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卒業式終了後は、Sather Tower前の広場でレセプション。
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もう翌日から旅行に出たり翌週からフルタイムの仕事が始まる人もいて、ここで会うのが最後、という方も多いことに気付き、ようやく卒業したんだなあ、という気分になりました。ありったけの友人達を見つけては、一緒に写真をとり、別れを惜しみます。(下記は日本人同期にて)
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大学のイベントとしてはこれにて終了。両親や親戚の方が出席されていることも多いので、夜は家族でディナーを取る人が多い模様。私も妻と、Rocklidgeといううちから車で20分の街にあるイタリアン、Oliveto Cafe & Restaurantに行く。すると、少なくとも2組のクラスメートのご家族がディナーを取っていました。ここにて、ようやく2人で卒業の祝杯を挙げ、落ち着いて美味しい料理を堪能しました。
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こうして無事、卒業式が終わりました。この後は、最終課題、残っている人達で送別会、旅行、引越し、次の仕事に向けた準備と、社会復帰への道が着々と進んでいます。これらで見て面白いと思ったこと、及び、まだ書ききれていなかったことの掲載のため、このブログはもう少しだけ続きます。


(注1) 卒業式のガウンや帽子は、4月1日頃から大学生協で販売されるものを購入します。最も基本的なセットで$62程度、いろいろアクセサリーをつけると、$70~100程度になるようです。

(注2) GPA = Grade Point Average、つまり成績の平均点。A+とAが4.0、A-が3.7、B+が3.3、Bが3、B-が2.7、C+が2.3、Cが2点として、単位数で加重平均を取ったもの。Haasの場合、相対評価で平均がB+となっている。しかし分布はBやB-に比べてややAやA-が多いと思われる(全ての評価項目で満点ならAかA+とならざるを得ない)ため、GPAの平均は3.3~3.5程度と予想される。また、卒業要件はGPA3.0以上。
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by golden_bear | 2010-05-14 22:53 | 学校のイベント

卒業直前(Dis-O-Week)のイベントと捻挫

既にラスベガス・トリップやTalent Showの話は書きましたが、その他の卒業式前のイベントも併せて紹介します。ちなみに、授業自体の最終日が5月10日、卒業式が5月14日、そして、期末試験やレポート等は5月20日までの間のどこかで実施されることになっています。

4/30(金) LAHBA Consumption Function
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LAHBAとは、Latin American & Hispanic Business Associationの略。つまり、スペイン&ポルトガル語圏の人々(両国+中南米全体)のクラブを指します。ちなみに、このような地域系のクラブとしては、私の居るPacific Rim Club(環太平洋地域)や、Black BusinessStudents Association(アフリカ), European Business Club, Jewish Business Club, South Asian Business Associationなどがあり、大体各クラブ年に1回校舎で無料の飲み会を主催します。
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ラスベガス・トリップと被っていたので、大半は1年生でしたが、私のように土曜朝出発やラスベガスに行かない2年生も参加していました。
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スペインのテーブルでは、大ナベでパエリアを調理。美味。
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このラテン系の人々とは、今までJapan Trekに来た方や1年生春学期に強制的にチームを組まされた人々以外、あまり接点が無かったので、今更ながら新しい世界を見た印象です。まさに人生の楽しみ方を知っている人々のお祭り、という感じで、独特の雰囲気で盛り上がっていました。
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5/7(金) Cohort Olympics
いよいよ卒業式1週間前で、Disorientation Weekと呼ばれる1週間の始まり。ちなみにこのDis-O-Weekは、入学時のOrientation Weekと違い、全て有志の学生が企画運営していて、大学からのサポートは数万円のクラブ運営費を頂いているのみ。リーダー格のT君はじめ、幹事の方々(含む1年生ボランティア)には、本当に頭が下がります。

内容は、オリエンテーション4日目 - ボランティアと大運動会の記事に書いた同じ場所で同じように、1年生秋学期のクラス対抗で様々な競技を競います。ちなみに、1年生の時と違い必修イベントではないので、参加者は全学生の7割くらいでした。
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何故かバスの中から一気飲み大会が始まり、到着時にはビールを3杯飲み終わる状況。一緒にバーベキューをした後、各競技に散らばります。写真が消えてしまってないのが残念ですが、全員元の4クラスの色別T-シャツを着ています。こうして卒業前に改めて見渡すと、1年生春学期以降はあまりクラス関係なくチームメイトや友人が増えていったんだなあ、と判ります。だからこそ、このイベントでまたクラスで集まるのは、とても懐かしい瞬間でした。

私自身はバレーボールをするつもりだったのですが、何故かバレーボールが競技から無くなり、代わりにサッカーをすることに。酔っ払っていたのと年をとったのとで、あまり調子が上がらないなあ、と思っていたら、なんとピクニック場のデコボコした芝に足を取られて、思いっきり捻挫してしまいました。

隣のチームに昔家庭医として数年働いていた人がいたので、すぐその場で診察してもらいました。足首とかかとの様々な場所を指で押された結果、「どうやら骨は折れていないみたいだから、ただの捻挫。冷やして足を心臓より上に上げておくと良いよ」、とアドバイスを頂きました。ちなみに彼女は普通のMBA学生なのですが、3児の母(3人目は在学中に生まれる)、かつ、昨年夏からHaasの1学年上の先輩と医療機関向けSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)アプリケーションで起業中(しかもこのサッカーでも活躍)、という凄い人。この起業に関しては、秋から冬にかけてはあまりうまく行かず、諦めて解散しようとしていたそうですが、最近顧客がついてビジネスが順調に回りだしたとのこと。今後の大活躍に期待したいと思います。

その後、普通の病院は閉まっている時間でしたので、車で早退する人に家まで送ってもらいました。同乗した2人とは初めて話したのですが、2人ともエネルギー関係の仕事に就くそうで、1人は地元の電力&ガス会社でスマートグリッド関係の仕事、もう1人はスタートアップでスマートグリッドのアプリケーションの1つを開発しています。私のインターン先の仕事とも相当絡んでいたので、「お互いもっと早くから知って話してたら、違った展開になってたかもねえ」という話になりました。

家に帰ると、妻には「年を考えなさい!」と怒られつつ、薬局で氷嚢を買ってきてもらう。このタイプは日本ではあまり見かけないですが、便利です。
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以後、日曜の夕方まではずっと、寝っころがって足を上に上げて、冷やし続ける生活に。目白押しのレポートや宿題をやる気すらなくなることに。

5/8(土) Sonoma Wine-bus tour
この日はワイナリー訪問イベント。朝9時から60人乗りのバスでワイナリーを3軒+ピクニック、というイベントに妻と一緒に行く予定でした。しかし、私は捻挫の腫れが酷く、当然行けません。そこで代わりに、同じくサッカーで足を激しく打って動けない韓国人(ラスベガスに一緒に行った人)の奥様に、妻と一緒に行ってもらうことになりました。とっても楽しんだそうですが、現地で「2人ともどこまで馬鹿なんだか」という話になったことは、言うまでもありません。

5/9(日) Year End Gala Party
昼はうちから車で2分の所にあるGolden Gate Firldsという競馬場へレースを見に行くイベントや、インド料理を食べに行くイベントがあったのですが、捻挫につきキャンセル。しかし、夜にはYear End Gala Partyという、同級生や教授などフルタイムMBAコースに関わる全ての人が集まる大パーティーがあるので、それにだけ頑張って参加することにしました。
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場所は、San Francisco Design Centerというパーティー会場。この日は全員正装ですので、恐らく昼にリムジンでナパのワイナリーツアーに行ってそのまま登場するグループもありました。
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写真はまだ7pm頃の明るい時間帯ですが、このような綺麗な会場に、全部で300人ほどが集まったそうです。
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もちろん大多数は2年生とその家族や恋人達。ここぞとばかりに、色々な方と写真を取りまくる。帰りは11-12pmにバスが数台手配されていて、バスの時間まで存分に最後のパーティーを楽しみました。
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5/10(月) 病院へ
本当はこの日はトランポリン・ドッジボール(!)というイベントがあったのですが、そんなのできるわけ無い。したがって、この日は朝から大学附属の保健所、Tang Centerへ。ちょうど1年前にザンビアに行く予防注射をしに行って以来、1年ぶりです。

"Urgent Care"と書かれたコーナーに行くと、すぐに見てもらえました。怪我をした3日前と同様に、まずは触診でかかとの色々な部分を触られ、「骨には異常なさそうだけど、念のためレントゲンを取りましょう」とのこと。すると、車椅子が出てきて、以後病院内の移動は車椅子で運ばれることになりました。生まれてはじめての体験です。

X線の部屋は別部門に分かれているので、そこまで運ばれた後、順番待ち。終わると今度は、外科のコーナーに運ばれます。ここで面白かったのは、部署をまたがる際に、私のカルテが壁の掲示板ポケットに入れられると、すぐに隣の部門の人がカルテを確認しに来て、私を適切な部門に運びます。要は、病院内の移動に、トヨタのカンバン方式が使われているのです。

最終的な外科医の方の診療結果は、「著しい捻挫で、全治4-6週間。ただ、骨にも靭帯にも全く損傷が無いから、すぐにリハビリは始められる」。そして、詳細なリハビリ方法の書かれた表裏両面の1枚紙
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リハビリ用のゴム
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そして、移動用のプロテクターを貰いました。
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費用は保険が利くので、これら全部合わせて税込み5千円程度でした。また、このリハビリ用の紙には「何が何回ずつできるようになったら、全治とみなす」と具体的な基準が示されていて、とても良いシステムだと思いました。

5/11(火) Amazing Race
昼から同名のテレビ番組と同じゲームを実施(サンフランシスコの8地点を4人組で訪問。目標地点に到着するごとに、幹事から指示をメールで受けて、その写真を撮って送り、次の地点の指示を受ける)し、最終ゴールのバーで夜に飲み会。この日までに全てのテストとレポートが終わった人は参加していたようでしたが、私はこの日からテストやレポートが相次いだため、参加できず。

5/12(水) Mojito Party
全身白尽くめの衣装を着て、カクテル"モヒート"を飲みまくる、1年で最も泥酔して記憶を飛ばす人が多いパーティー。残念ながら行けませんでしたが、50名ほどの参加者は、明け方まで相当盛り上がったようです。

5/13(木) Final Consumption Functionと日韓東南アジア飲み
卒業式前日。卒業式には両親や家族の方が参加するケースが多いので、最後の学校主催の無料パーティーは、2年生限定で家族の参加もOKという形で開催されました。場所も、いつもの校舎から2-3分はなれた、キャンパス内の綺麗な芝生で行われました。
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アフリカやインドから十数人も大挙して訪れる方々などもいて、驚きます。今までお世話になった同級生のご家族の方に感謝の挨拶ができることはもちろん、ご家族の方でも日本相手にビジネスをされている方などが積極的に話しかけてきて、とても話が弾み、面白かったです。

そして、最後の日韓東南アジア飲み。実はこの日は朝からHalf moon bayというとても綺麗なゴルフコースで、このメンバーで最後のゴルフコンペが開かれていました。私は捻挫のせいで残念ながら行けなかったのですが、代わりに韓国人とタイ人のお父様が参加されていたようです。その夜に、例によって成績発表も含めた飲み会が、学生向けの韓国料理屋にて開かれました。最後の最後ということもあり、皆気が狂ったように激しく飲む。この仲間との交流は一生続くことでしょう。
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by golden_bear | 2010-05-13 18:35 | 学校のイベント

最終講義のメッセージ集

ビジネススクールの最終講義というと、「ハーバードからの贈り物」という本が出版されているように、これからビジネスの世界に巣立っていく学生に対して、何らかのメッセージを残す方が多いようです。Haasにおいても、この本の逸話のように、最後30分授業を停めて語り出すような教授もいらっしゃいます。しかし、毎回教授ご自身の人生に基づく人生訓が話される、という感じではなく、各教授の個性に合わせた多様な締めくくりを目にしている印象があります。

今回卒業するに当たり、最終学期の最後まで続いた4つの授業の終わり方は、それぞれ個性的で印象的でした。まだ個別に説明していない2つの授業については雑感も交えて、記してみます。

(1) H.Chesbrough教授 "Managing Innovation and Change"
やはりHarvard出身だけあって、最後30分は講義全体のまとめ、及び、学生へのメッセージ、という形の独演会。今年の学生への主要メッセージは、下記2点でした。

○ 貴方の将来のキャリアの選び方:
 こんな時代だからか、今年は様々な学生が私の所に就職先の相談に来た。まず伝えたいことは、「ここバークレーで身に着けたことを活かす」事を判断軸の第一歩に持ってくること。これは、どの業界のどの企業を志望したいか、という調査段階から、実際の面接プロセス、さらにキャリアの持続の全てに関わる。既にあなた方はここバークレーの場で、無限の選択肢の中から、あなた自身が何が人生の幸せかを考え、バークレーにどんな機会があったかを見て、2年間の過ごし方を選びとってここまできている。次の戦略はこの2年間の中から連続的に生まれるのである。

 残念なことに、多くの学生は、長期的にはY(例:ある特定分野での起業)をやりたいのに、短期的には直接関係ないX(例:コンサルティング業界)を選んでしまう。皆、様々な要因や考えを持って決断しているが、いつも抜けているのは、一旦Xに行ってしまうとそこでスタックしてしまい一生Yに行けなくなるという意味のリスクの視点、及び、今しかない、という切迫感。人生で成功している人をよく観察すると、Xに寄り道などせず、一直線にYを目指していることが多い。

○ オープンイノベーションの貴方への意味合い
 あなた自身が全ての賢いアイデアを持つ必要は無く、あなた自身のネットワークを形成すること。ネットワークの先端では、常に新しいアイデアに対してオープンであること。ネットワーク内部の透明性と信頼性を高めること。

 自分自身のビジネスモデル(どう価値を創造し自分に還元するか)を理解すること。そして、上司・顧客・パートナー・敵を含む、他人のビジネスモデルとのフィットを、常に確認すること。

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この後彼自身のキャリアを振り返り、最後に「ほとんどのイノベーションは生き残りませんが、イノベーションを起こさない企業も生き残りません。是非将来、貴方自身の人生の前進と、貴方自身のイノベーションを、私に聞かせていただける日を楽しみにしています」という締めくくりに、言うまでも無く大きな拍手がおきました。


(2) S. Udpa教授 "Managerial Accounting"
未紹介の授業なので、先に寸評を。管理会計の授業ですが、ルールや計算手法といったテクニカルな知識は、毎週出される宿題内で理解する前提。授業内では8割方、社内のコストや利益の配賦ルールが、各部門や個人にどのようなインセンティブとモチベーションを与えるか、という組織行動論のような議論をしていました。

印象としては、Udpa先生が授業中ずっと冗談ばっかり言っているのが面白い、という点は、皆共通しています。が、授業全体の評価は良い・悪い、と半々くらいではっきり分かれていると思います。

私にとっては、大変良い授業でした。下記の点で、少なくとも過去の自分の疑問が解決されており、それは将来の自分にも必ず良い影響があると思われるからです。
○ 宿題やチームワークで自分の手を動かしたことで、細かい会計知識は別として、大枠の理論とその背景を一通り身につけることができた
○ 大企業が異なる部門のインセンティブを揃える手法、及び、それが如何に大変かを知る。ITコンサルティングや会計コンサルティングといった職業が何をしているか、がよく見えた
○ 幾つかの細かいルールについては、知った瞬間に、昔の何人かのお客さんの顔が浮かんだ。全社一丸の施策だろうが何だろうが、現場が思うように動かない理由を、新たな視点で見れるようになった
○ 管理会計が財務会計やファイナンス理論とどう結びついているのか、という観点を踏まえて、ABCのような原価計算手法、EVAのような経営管理手法が、何故優れているのか。優れているにも関わらず、運用にあたって何故問題が発生するのか、チームで数字を動かしながら定量的にも定性的にも理解できた。

特に最後の点、EVAの定義については、前学期のCorporate Financeの授業で、「(理論上は)株主価値を最大化することは株主と経営者の両者に平等ににプラスになる」、という"株主"対"経営者"の視点で語られていたことが、今度は「(理論上は)各部門の従業員にEVAを適用し正しく運用すれば、その総和による従業員の目的意識のベクトルが株主価値の最大化と等しくなる」、という、"従業員&部門"対"株主&経営者"の視点でリンクしたことは、凄く美しいと思いました。そして、EVAの問題点の議論においても、また、講義全体を通しても、9割方はとことん理詰めで金銭インセンティブの視点から考え尽くしながら、残り1割に「人間お金だけで全ては決まらない」という視点をさりげなく付け加える、バランスの取り方も見事と思いました。

一方、悪い、という評価をする人の意見も納得です。恐らくその一番の理由は、「わかったし面白かったけど、仕事戻った時に何が身についたか不明」。仮にこの授業を完全に理解し、仕事に戻って自社の問題点を発見したとしても、自力で解決できない場合が多いと思われるためです。同様の印象を受ける組織行動論のように、これも数年後に講義内容を見返して、はじめて意味がある内容なのかもしれません。

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さて、2時間の最終講義ですが、前半がその前週に4-5人のチーム毎に行った部門間対立のネゴシエーション・ロールプレイの結果発表と学び、後半がBalanced Scorecardの説明でした。もともと前半後半各1時間の予定でしたが、喋り好きのUdpa先生と学生との間で議論がヒートアップし、前半に1時間45分費やしてしまいました。よって、Balanced Scorecardの説明を15分バージョンで無理やり詰め込み、最後の言葉どころではない、というバタバタの終わり方になりました。

こうなることを予知していたのか、教授の最後のメッセージは、この15分のBalanced Scorecard講義資料最後の例題そのものになりました。それは、「Haas School of Businessの目標を、それぞれどのくらい達成されているかを示す、指標(メトリクス)群と各々の評価体系を、設計してみてください」というもの。

例えばもし、大学の目標が、「女子学生を全体の4割にする」といった立て方であれば、達成基準も打ち手も明確です。しかし、Haasの目標は、次の4つ(カッコ内は説明文も踏まえた私の意訳)
* Question the Status Quo:(現状に甘んじるな)
* Confidence without Attitude:(態度/傲慢さを出さない自信を持て)
* Students Always:(常に学生の姿勢で謙虚に学び続けろ)
* Beyond Yourself:(長期の視点で行動を評価し、今の自分を超えた興味を我々の上に設定しろ)

彼からの最終メッセージは、「この4つの達成具合を評価する指標群など、当然、一朝一夕に設定できるものではありません。あなた方も、このHaasの4つの目標、及び、Haasで得た学びを踏まえて、自分自身の人生の目標に対して自分で指標を立て、評価し、実現できるように、是非今後の人生を頑張って生きてください。」個人的にはとても好きな終わり方です。


(3) M.Nondorf教授 "Corporate Financial Reporting"
これも未紹介なので、先に寸評を書きます。日本の「有価証券報告書」に相当する、米国の10-K、および、10-QやS-1などのSEC(証券取引委員会)提出資料に、何をどう報告するかの最新ルールの説明、及び、各企業の提出資料が実際にそのルールを満たしているかどうかを確認する授業でした。すなわち、会計監査のお仕事入門、を、経営者の視点で重要な順に優先順位付けして紹介していました。

個人的には、講義内容=合計1,000ページにも及ぶ判りやすい配布資料、には、大変満足しています。最初1ヶ月は収益認識に絞って損益報告書内で虚偽記載がどのように起こるかを徹底議論。次の2ヶ月半に、M&A、法人税、オフバランスシート会計、リース会計、企業年金/退職給付会計、会社更生法と破産法、外貨取引/外貨換算、デリバティブとヘッジ会計、ストックオプション他株式報酬、という、まさに今まで字面だけ見た事はあっても、裏で実際に何が起こっているのかわからなかった内容を、教わることができました。

しかし、授業自体は、他の授業と比べると、面白くないものでした。そもそもこのテーマを面白く語ること自体難しいと思いますが、教授の説明が、まるで裁判官が判決を説明するかのように、一言一言綺麗な発音で事実を判りやすく正確に伝えるスタイル。私のような初学者留学生にとっては、聞き取りやすく有難いのですが、7-8割は配布資料と同内容で、退屈で眠いことこの上ない。しかし、ボーっとしていると2-3割の重要な議論についていけない。そして、CPAを持っている学生が質問し、教授が1対1で答え始めると、もはやちんぷんかんぷん。

さらに、授業以外の課題も、上で述べた管理会計の授業のような毎週の宿題も無く、4ヶ月間で計3回しかないチーム課題は、分担すると1人あたりの作業量は多くない。こうして良くも悪くも負荷が軽いため、結局最後に身についたのは、膨大な書類の目次:問題点の一覧と解法の所在程度。実務で使えるレベルのスキルは、やはり手を動かさないと身につかないようです、、、

と思っていたら、このようにサボっていたツケが一気に最終課題で来ました。課題内容は、「自分自身で1社企業を選び、その財務報告書(上場企業なら10-K,非上場企業は要相談)の内容を分析せよ。授業で習った知識を総動員し、どこに虚偽記載の可能性があるか、一般的でない事項はどう処理されており、それは良いのかどうか、本文7ページ+添付資料にまとめること」。サンプル答案を4種類見ると、7ページとはいっても、まるで昔の新聞か、というくらい細かい字で、ぎっしり5,000語以上詰まっています。

私のテーマは、昨年IPOをして今年に入って初の10-Kが出たばかりの、元ベンチャー企業。ベンチャーながら既に世界中に拠点を持ち、M&Aやリース等何でもありで成長し、この大不況の中無理やりIPOにこぎつけた感がある。実際、10-Kだけで260ページあり、なにやら怪しそうな数字とその言い訳(?)が一杯並んでいます。教授も、「この企業はとっても面白そうだから、頑張ってね!」と、やたら発破をかけてきて、もう逃げられません。

やってみてすぐ気付いたのは、そりゃ、株式公開直後のベンチャーとはいえ、キチンと監査役や主幹事証券の審査を経て上場していますので、怪しいところを見抜け、って言っても、とってもつらい。そもそも2年生秋学期後半&春学期前半 授業振り返りに書いたとおり、Financial Information Analysisの授業で「復習してみても、会計スキルのところは良く判らなかった」から、キャリアチェンジャーの最終学期考(前編):興味の無いものこそやるの回で、「スキルもやる気も無いが必要」と考えて取ったものの、授業つまんないなあ、と思っていた私には、大変荷が重い課題でした。

しかも、締め切りが卒業式の5日後に設定されていて、卒業式後は延々とこのレポートに取り組むことに。実は書かないで不可を取っても卒業できるはずなので、途中辞めたくなる衝動に何度も駆られる。しかし、授業やサンプル答案で見たような分析を自分なりにアレンジし、売上、変動費、研究開発費、在庫、設備投資、リース、ストックオプションなど、幾つかの点の怪しさとその根拠、及び次に何を注意すべきかについて、どうにか書き切った時の感動は、一入でした。

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こんな実務よりの授業なので、最終講義に人生訓を垂れるようなことは一切ない、、、と思っていたら、突然、下記の強いメッセージを頂いたことには、とても考えさせられました。

「今まで見てきたように、どんな会計報告にも多数の問題点が潜んでいますが、その多くの原因は、CEO及び従業員に対するボーナスです。そして、取締役会は、ある特定の経営幹部や従業員の行動、会社組織の変更、法律の解釈などから発生する、これら会計報告の問題に常にさらされて逃れられません。あなた方が将来どんな事業をするにしても、お金の力で本来あるべき姿を捻じ曲げてしまわないように、心から願います。」


(4) A.Mian教授 "International Finance"
個人的に最も衝撃を受けたオオトリは、やはりこの授業。前々から「最終講義は金融危機について語る」と予告していましたが、最終講義の5日前に突然、合計80ページにもなる論文4件(うち2件は彼自身の論文)が配布され、「授業前にこれを読んどいて」という指示。あまり時間も無く、これらを流し読みをして授業に臨むと、さらに当日講義用の分厚い配布資料(パワーポイント本編45ページ)が追加で配られる。

冒頭でこれまで14回の授業で何が肝かを振り返り、次に「概念的な学び」として、下記3点を主張。
1. 全ての問題解決に経済学的な考え方を働かせろ
2. 全てのツールには、適用範囲に限界があることを理解しろ
3. 貴方の思考をマクロの文脈に当てはめろ
1.と2.には、過去の授業の様々なエピソードを当てはめてまとめましたが、3.については本日補足する、という形で、以後金融危機のマクロトレンドの話が延々と続きました。

最初に、歴史の振り返り。1994年から2002年までの8年間に、メキシコ&アルゼンチン('94-95)、アジア金融危機('97-98)、ロシア発南米危機('98-'01)、そしてトルコやウルグアイも含む、様々な金融危機が各国を襲っている。「これらは個別単独の危機なのか、相互に関連しているのか」、という問いを元に、各々の危機の状況を紐解いていく。

次にこれら個別の状況を元に、「投機的資本(≒バブル)は、何故発生し(防げない)、崩壊するとどのように危機が発生し、その危機がどう世界中を駆け巡り、それは何故か(防げない)」、という話の議論を展開させていきました。端的にその結論を書くと、「法体系に不備のある発展途上国に投機資金が流入し、それにかまけて対外債務が自国の収支を大きく上回ると、バブルの資金が一斉に引き上げられ、資産価値の崩壊が始まる。その補填/損切りや安全資金確保のプロセスで、金融危機は飛び火する」、というまとめです。そして、これらの危機を踏まえ、発展途上国が法律/システムを整備し、2002年以降大きな危機が防がれてきた、という解釈がなされました。

ここまでは状況整理の議論が淡々と続きましたが、ここからがあっ!と驚く展開に。突然、「今度は米国が発展途上国になってしまった」、というスライドが登場。実は米国のサブプライム問題(住宅バブル)は、1994年のメキシコ、1997年のタイと状況がそっくり。そして、米国の歴史上はじめて住宅ローンの成長率と世帯収入の成長率の相関が負になり、バブルが崩壊し、リーマンショックが発生したのは周知の通りです。

話はここで終わりません。2008-9年の不況は、カリフォルニアやニューヨークのように消費性向が高く富裕層が借金しまくっている州で悲惨な結果となったが、実はテキサスのような内陸の消費性向・借金共に低い州では、あまり不況になっていない、というデータが十ページも出てきます。つまりサブプライムとリーマンショックは、米国のごく一部の問題に蓋をしただけ。実は、本質的な問題解決にはまだ到底至っていない。

そして、現在の欧州危機に話が移ります。これは、上記米国のような国内一部の問題ではなく、国全体/欧州全体の問題。すなわち、欧州も10年前の発展途上国と同じであり、この問題は必ず飛び火する。そして、「その飛び火先こそ、異常なほど対外債務を積み上げすぎている米国になるはずだ」。すなわち、「リーマンショックの比ではない本当の金融危機は、これからである、と覚悟しておいた方が良い」が、最終講義の学生へのメッセージなのでした。

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もちろん、この教授も100%断言しておらず「覚悟した方が良い」というメッセージなのですが、パキスタン人が断定調で言うものですから、当然、学生からは悲鳴にも等しい激しい議論が飛び交いました。私自身も「じゃあ、それを救えるのは中国なのか」という論調で議論に参加するや、今度は中国自体の問題にも議論が飛び火し、もはや収拾不可能な状況に。時間切れで、コース評価も曖昧なまま、とりあえず全体写真を。
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写真を見ると、米国人が2人しか居ない少人数授業だからこそ、このアンチ米国の面白い議論が成り立ったのだろう、と、改めて実感します。

そして、丁度この授業の翌日(米国時間5月6日)、ギリシャ危機の影響と誤発注(?)問題が絡んで、突然ダウ平均株価が一時$1,000下がり、為替も1ドル94円から88円に急落したときには、寒気が体をよぎりました。その翌週に、EUROに対するIMFの緊急融資が発動、と、ますます目が離せません。いずれにしましても、これが最も印象に残った最終授業であることは、間違いありません。
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by golden_bear | 2010-05-12 22:27 | 学業

International Finance 授業からの学び

この授業は人気がなく、7人しか受講しなかったのですが、私にとっては、全然知らなかった世界があることを新たに知ったという意味では、2年間に教室で受けた授業で一番驚きと学びの多かった授業です。文章で伝えるのは難しいですが、紹介してみます。

まず講義内容ですが、「国際金融は国際でない場合と計算式上で何が異なるか、リスクはどのように分類され、それぞれ収益予測と割引率にどのように効いてくるか、それらリスクはどうヘッジできるか、そのヘッジを含めて投資を実現し実際にリターンを得るために、マネージャーとしてどう動くべきか」。加えて、タックスヘブンなど国際金融を学ぶ上で避けて通れないテーマを包括的に含んでいます。

教授はパキスタン人で、昨年までシカゴ大で教えていましたが、今年から「金融と社会の接点部分をより深めて研究したい」という理由で、バークレーに移ってきた方。授業は全14回で、下記の流れに沿っています。
- 第1-3回: 講義形式(第3回のみケースも有)。Corporate Financeの考え方が、Internationalになった場合に、何がどう変わるかという理論
- 第4-5回: ケース集(1) 第1~3回の理論を用いたケース
- 第6回:中間試験。MBAにしては珍しくノート等の持込が一切禁止。
- 第7回:講義形式: リスクとリスクヘッジの方法
- 第8-10回: ケース集(2) 国際プロジェクトファイナンスと通貨ヘッジのケース
- 第11-13回: ケース集(3) 最先端の金融理論の適用例
- 第14回: ケース集(4) タックスヘブン
- 第15回: 最終講義: 金融危機の分析と今後
- 最終講義後の週末に、持ち帰りの最終試験。1週間期限で、1つの膨大なケースが課題。

負荷はかなり重い。中間と期末に試験があることに加え、毎週のケースでは、10ページ程度の読み物+エクセル10シート分程度のデータを元に、2-3人のチームで5-10問程度の課題をレポートにまとめて提出。この課題、最初2-3題だけでも、昨年秋学期までのファイナンス系授業の知識を総動員し、M&Aのバリュエーションを普通に1つやり切る程度の負荷。ここまでで大抵5時間くらいかかるのですが、これに加えて、普通にやったら必ず落とし穴に嵌るケースばかり選ばれていることが特色。課題の後半部分は、普通に解けない問題をどう対処するか、という内容になってくるのです。途中、モンテカルロシミュレーションを回さないと解けない課題が3回連続で出され、「こんなの(自分達の前提もあってるか不明なのに、シミュレーション回す)意味有るの?」と、投げ出したくなったりもしました。

特に私のようなMBAで初めてファイナンスを勉強した人にとっては、このような応用に特化した授業を取ることで、まず自分自身で基礎知識の抜け漏れを確認できることが嬉しいです。その上、「世の中には見たこともない問題を見たこともない方法で解決している人々がいる」ことに、大きな好奇心が持てます。もちろん、2時間の授業で語れることには限りがあり、表面的な学びにとどまるのですが、それでも「基礎知識でここまで解ける。そこから先に出たこの課題はこう考える」という点に絞っているので、テクニカルな部分で何が肝なのか、は最低限明確に自分に焼き付けられます。

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具体的に学んだ内容の例として、最終課題と1つの授業の内容を、備忘録的に書き残しておきます。

○ 最終課題:
教授から「ちゃんとやると丸1日半くらいかかるよ」と言って渡された、クロスボーダーLBOのケース。とある英国の大企業が赤字に苦しみ、自社の一部門を切り離して米国のPE(プライベート・エクイティ)ファンドに売却する話。この切り離される一部門は、英国の成長が頭打ちになった十数年前に米国にも進出しており、現在の収益の大半は英国本国からだが、将来性は米国の方が全然大きいという状況。まだ欧州ではPEファンドがあまり知られていない時代背景もあり、米国PEファンドが複数、この買収に名乗りをあげる中、「米国に売るべきではない」といった英国既存株主の声も聞かれる。この状況で、1つのPEファームとしてどう動くか、というケース。

以前、教授とのランチの時に、「何に興味ある」、と聞かれて、「クロスボーダーM&A知りたいです」と言ってたのですが、まさに最終課題が私を狙い撃ちしてドンピシャで来た、というイメージ。そう思ってこのケースを見ると、「英国」を「日本」に、「米国」を「米国&中国」に置き換えれば、日本でも同様のことが起こりそうに見えてきます。これは私に対する挑戦状。頑張らねば、という状況でした。

課題は全6題。最初2題:
 (1) 両国各々の事業の価値をどう見積もるか。売却側の言い分をどう信じ、PEファーム固有のスキルをどう反映できるか。
 (2) LBOを行う買収資金をどう借り入れるか。この借り入れは、ディール及び企業価値評価にどう影響するか
これらは、昨年秋学期までの授業の知識程度があれば、何とか解ききれる内容。

次の設問、
 (3) 上記(1)、(2)の中で、英ポンドと米ドルの通貨は、どのように変換され、どうリスクがあるか、
も、授業の講義で出てきた知識をそのまま使えば良く、ここまでは順調に来れます。

しかし、ここからの2題が難儀。
 (4) 事業価値は幾らで、ビッドの際に幾らを提示するか
 (5) 貴方がこのPEファームだったら、買うか。どんな条件が必要か
このケース、普通に事業価値評価で使うWACCを用いたDCF法や、WACCが毎年変化する場合に用いるAPV法が、役に立たない。なぜなら、資金調達の際の負債が巨額かつ毎年変動するため、その利子が企業の収益及び倒産可能性に大きく影響してしまうため。従って、授業で習ったキャピタル・キャッシュフロー法というものを、当てはめてみます。授業では教授が自分のテンプレートであっさり20-30分で説明していたのですが、これを自力で作成して当てはめようとすると、大変。エクセルで循環参照がおきたり(本来おきないようにできるのだが、モデル作ってる際は混乱してわからず)、「本文に書いてないから仮定を置く」とやっていたパラメータが実は重要で、よくよく読み直すと細かいところに書いてあった前提から導けたり。。。

この辺、毎週の宿題の時には3人のチームメンバーがいたので、誰かが間違いや抜け盛れ、新たなアイデアに気付くのですが、いざ1人でやり切るとなるととても大変。久しぶりにプログラマーになった気分で、10時間くらい延々とPCに向かってデバッグを繰り返していた気がします。改めて、チームワークの威力を思い知ると共に、具体的にどういう数字の動きをするのか、が体で染み込んで行き、大変勉強になりました。

そして、最後の質問は、最終講義の内容の理解を試す設問でした。
 (6) もしこの話が当時の英国ではなく、2010年5月のスペインで起きた場合、上記(1)-(5)のあなたの回答はどこがどう変わるか
 
 グローバルには連日ギリシャ/EUROの問題が叫ばれて為替も株価も乱高下をしている中、ローカルにはこの5月に失業率が20%を超えたスペインにこのケースを当てはめるということは、結局何が本質的な問題で何が問題でないか、を問うていることになります。これのヒントを与えてくれた最終講義の概要は、改めて次回に紹介します。

○ ソーシャル・バリュー(Social Value)のケース
上の最終課題も含め、第10回までの授業は、比較的確立された理論、及び、その理論を元にした際に答えの正誤が判断しやすい課題を扱っています。しかし、第11回~13回の授業では、専門家がまさに今議論している未完成の理論を、現実に適用した事例を紹介します。

具体的には、3回とも、発展途上国向けの事例になりました。1つは、今話題のマイクロファイナンスを実施する観点からの話。2つ目は、同じくマイクロファイナンスだが、発展途上国のローカル企業をPEが買収して行う視点。そして、3つ目は、グローバル企業が発展途上国に新規プロジェクトを立ち上げる場合の事例。特に印象に残ったのは、最後のケース。Social Valueという概念を用いて、プロジェクトの阻害要因の洗い出しとその解決を定量的に行ったものです。

Social Valueといわれると、日本語では社会起業家や非営利団体といった言葉が先にたち、その良い面はともかく「利益にならない活動を補助金で補填している」ような胡散臭いイメージが付きまとうかもしれません。また、私個人的にはNon-profitに興味を持っていた昨年4月頃、1つ記事にあげたNethopeのケース以外に、"Global Social Venture Competition"を見に行き、各種パネルディスカッションの中で、やたら"Social Valueをどのように定量評価するかが難しい:発展途上国内の失業者がどれだけ減った、とか、、、"という話を耳にしていた程度の認識でした。

しかし、この授業の学びからは、Social Valueは次のように考えることができるそうなのです。
- あるものやプロジェクトの現在価値は、既存ファイナンスの理論では、CAPMで割引率を算出して将来価値を割り戻したり、Black-Scholes Modelでリアルオプションの価値を算出したりすれば、計算可能。ただしこれらの理論には、市場が効率的であり「神の見えざる手」が成り立たせている、という前提がある。
- しかし、現実世界、市場が効率的に「神の見えざる手」を使うためには、その見えざる手を「助ける手」が必要。具体的には、独占されていない市場が存在し、そこで資産を持つ権利とその価格が担保されなければならない。もしそうなっていなければ、目的のプロジェクトのためだけにでも擬似的にでもそういう世界を作り出さねばならず、それを創るのが「助ける手」である。
- Social Valueは、上記「助ける手」にかかる費用を含めたプロジェクト全体の価値を指す。ここで、「助ける手」にかかる費用は、プラスにもマイナスにもなりうる。
- 具体的にSocial Valueを計算するには、次のステップを踏む。
(1) やろうとしているプロジェクトの現在価値を普通に計算する。これは、プロジェクトに資金を投入する銀行や投資家から見た、Private Valueを指す。
(2) 資金提供者以外に、プロジェクトに関わる全ての直接/間接的な利害関係者を洗い出す。例えば、顧客、従業員、市民、サプライヤー、競合、政府、など。
(3) その各々の利害関係者に、「もし我々のプロジェクトが無かったとしたら、貴方にとってプラスですか、マイナスですか」、と問う。その答えを現在価値に置きなおす。
(4) (3)の合計+(1)のPrivate Valueが、Social Value。

長々と書きましたが、上記の計算そのものは、「次の週末にゴルフに行く費用はトータルで3万円だが、ゴルフに行くことを説得するために、妻や子供をディナーに連れて行かなければならない。この場合、ゴルフの費用にはディナーの費用も含まれる」、という例と変わりません。この場合、かかる合計費用は3万円+「ディナーの価値」としてすぐ計算できます。しかし、家族が本当に満足する「ディナーの価値」が実際幾らなのかを、正確に見積もるのは、難しい。

同様に、Social Valueの計算においても、各利害関係者の損得をどう定量的に金額換算するか、という部分が鍵です。授業でこの説明を聞いた瞬間、「金融の世界って、やはり、何でもかんでも全てお金の価値に置き換える商売なんだなあ」、と改めて思いました。

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授業では、上記のSocial Valueの考え方の講義を聞き、次に実際の企業のケースへ適用する流れでした。このケースは、10年ほど前に、あるグローバル食品メーカーが、ある東南アジアの国に進出し、その国でほとんど作られていないある穀物を栽培してもらい、加工工場を作って売りたい、と考えていました。その国は、気象条件的にはその穀物には適しており、「よほど最終製品の値段が暴落しない限り採算は取れる」と試算できます。しかし、ここに資金を貸してくれる銀行や投資家がほとんどいないのです。それは、どういうわけかその国ではこの穀物を今まで作っていない、過去同様の外資がらみプロジェクトはことごとく失敗、政情不安もある、という事情によります。すなわち、一旦巨額のプロジェクトに突っ込んだら、そもそも立ち上がるのかも、幾ら追加損失が出るのかも判らない。こんな状況で、プロジェクトには実際幾ら必要で、やるならどんな動きをしなければならないか、というケースでした。

以後、Social Valueの計算ステップに従います。まず、利害関係者の洗い出しでは、農民、運搬業者、政府、消費者、市民、従業員の6者が出てきます。次に、それぞれ「このプロジェクトが無かった場合に、価値は上がるか下がるか」を計算します。例えば、運搬業者にとっては、この穀物を運ぶ商売が黒字か赤字か。政府にとっては、法人税、輸入に頼ってた部分の関税、農地や道路の建設費用。消費者にとっては、穀物及び最終製品の需要に対する価格、環境への影響、インフラが整う影響、などなど、個別に一つ一つ金額に直していきます。

中でも一番面白かったのが、農民に対する計算。この場合、「他の作物から切り替えるコストや初期投資を含めて、切り替えた場合利益が上がるかどうか」を、様々な作物と比較します。ここで、私自身ザンビアのプロジェクトで、色々な農家の人に「綿花を作りたいかどうか」をインタビューして回った記憶が鮮明に蘇りました。農民の方々は、自分達が食べる分+外部に売る分の採算とリスクをとても良く考えていて、自分の土地にあった作物のポートフォリオを組んでいました。その時に使っていたのとそっくりな作物別の価格表が、ケースに展示されていて、とても懐かしい。

ザンビアではこの表を元に、単純に利益の絶対額のみで農民の方々とお話しました。しかし、このファイナンスの授業では、作物の切り替えを投資と考えて、現在価値を算出します。この時一番議論になったのは、割引率をどう考えるか。前の授業で教わった通り、国際金融市場にアクセスできる場合、その割引率を使えば良いと考え、プロジェクト自体の割引率は年率13%に設定されています。これで計算すると、農民は新しい穀物に切り替えた方が圧倒的に儲かるはずです。しかし、実際には農民はそうは動かない。これは、作物を切り替えるリスクが大きいことが理由ですが、そのリスクは「割引率に反映される」べきで、しかも、50%程度として計算するそうなのです。確かに、ザンビアの現地銀行からお金を借りた場合の利子は、一番安くて38%でしたので、途上国の農民が自力で借金をして投資をする場合、確実にその利率を上回るリターンを出せそうでないと動かない、と考えるのは、一理あります。こうして、割引率50%で計算しなおすと、わずかに今の作物を続けた方が儲かる、という計算結果になるのです。

このように要因を一つ一つ定量的に評価していくと、それではどうすれば農民達はこのリスクをリスクと思わないで作物を作ってくれるか、という具体的な施策を議論できます。そして授業では、この農民に対する打ち手だけで参考文献が別に2冊用意されており、その結果から各打ち手の予測効果まで定量的に金額で評価しました。これと同様の試算を全利害関係者に行い、各々何がどれだけプラス/マイナスか、全体横並びで比較。こうすると、どういう順番でどの利害関係者にどの施策を打つべきか、全体感を持った議論ができます。つまり、全体と個別の両方に対して、具体的な施策と優先順位付けが可能になる、ということが、Social Valueの大きなメリットなのです。

現実世界では、この企業は各利害関係者を説得し、必要な資金調達を行ってプロジェクトを立ち上げたそうです。途中、農民は大挙して作物を作ってくれるようになったが別の工場に売ってしまったり、資金が枯渇し追加援助を要請したり、など問題は山積みだったものの、個別に対処することで、大きな軸はぶれずに継続。今ではその国の主要作物&農業製品となり、国全体の発展にも貢献しているそうです。

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ポイントだけ書くつもりがとんでもない長さになってしまいました。上記は知っている人にとっては当たり前の内容と思いますが、私にとっては、本当に毎回の授業1回1回に対してこの程度の学びが書けるほど、新しい刺激に満ちていました。今まで全然知らなかった世界に飛び込み、壁にぶつかって非効率に苦労することで、それだけ学びが多く、別の視点で世の中が見れるようになり、新たな興味が沸いてくる。このきっかけを与えてくれた教授には、本当に感謝の気持ちで一杯です。
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by golden_bear | 2010-05-11 22:43 | 学業

Chesbrough教授の講義(2)自分の人生への反映(最終課題を例に)

前回(1)課題設定の妙で挙げた、Chesbrough教授の授業について、続きになります。

先に、この授業の駄目な点で、よく言われていることを幾つか並べてみます。
○ 2時間の中でケースを2-3やるので、1つ1つのケースが浅い議論になる。複数のケースを急いで扱った結果、最後に結局なんだったのか、よく判らないこともある
○ 課題の配点が「授業で扱った考え方を適用できるかどうか」に偏り、最良と思える回答を出し辛い。違う考え方もソースを明示すれば利用可能だが、枚数制限もあり使いづらい
○ 半分の学生がエンジニア、かつ専門分野がコンピューター、バイオ・医療、環境・エネルギー、宇宙工学まで、非常に多岐にわたる。したがって、ある時はMBA生にとって超基本的な話をしなければならないし、またある時は専門技術に偏る。結果、エンジニアとMBAの双方にとって、浅い所で議論が終わる
○ 卒業後メーカーで製品開発やマーケティングで働く人にとって、話が概念的、長期的、特殊ケースに寄りすぎ。自分自身の仕事に直接適用しにくい

確かに、毎回1本に絞ってじっくり議論しきるRassi教授の必修のマーケティング授業などは、似たような授業ながら上記の問題は出ないため、一理あります。しかし、これらの問題点は、「一杯学べる」、「コンセプトを正しく使えるようになる」、「エンジニアから学べる」、「長期的な視点の学びが多い」のメリットの裏返しでもあります。結局、MBAの授業はあくまで叩き台。そこから現実社会に戻った時に、企業および自分自身が何を考えてどう動くかの方が重要、という当たり前のことを、上記の駄目な点が示唆しているように思います。

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この授業では、「ではどう動くか」、という点を、教授自身実践されていて、そこからの学びが多くなっています。前回に引き続き良かった点を、下記並べてみます。

(4) 頭がいい

これは、Chesbrough教授に対して全員が持つ枕詞。もちろん教授という位なので全員頭がいいのですが、「頭がいい」とわざわざ表現される教授はあまり見かけません。そもそも、教授の頭がいいことと、自分の学びの多さには、直接はあまり関係ないですし、たいてい「頭がいい、けれども、、、」という批判の前置きに使われるのは、Chesbrough教授のケースも同じです。

それでも、不思議なほど「頭が良い」と形容される。その秘密は、実際に授業を聞くと即座に理解できます。これを文章で説明するのは難しいのですが、

- フレーミングの巧みさ: 1授業にケース2、3個、と、通常の倍のスピードで、エンジニアとMBAの意見を両方扱う。にも拘らず、他のMBA教授に見られる「くだらない意見はシャットアウトする」という態度ではなく、全ての意見から良い点を抽出して、必ず全体の議論に反映させる。このやり方で授業が時間内に終わる秘密の第一は、やはり質問の巧みさ。前回(1)(2)(3)で書いた「課題設定の巧みさ」が、リアルタイムで発せられる1つ1つの質問全てにまで適用されているからこそ、なせる業。

- 纏めの上手さ: 質問/課題設定に加えて、要点の抽出が上手い。誰かの意見は必ず教授の手でホワイトボードに"3-4語"で書かれる。どんなにだらだら30秒くらい話し続けても、その要点を3-4語以内で纏めてしまう能力は、今までの人生で見た中で一番上手いと思う。

- 議論の展開の広さ: 良い意見には、必ず彼自身による補足事例の説明や追加質問の形で、議論が深められます。これは当然他の教授もやりますが、このときの話の展開のさせ方、類似例&反証例の持ってき方が、尋常でなく凄い所から出てくる。ある時は4-5週前に習った授業内の考え方が一瞬で全く違う形で再現され、またある時は最新ニュースを紐解く切り口にさり気無く突き刺さる。パターンマッチングの事例と処理能力が物凄く豊富で速いのでしょう。

- 説明の明快さ: やや早口だが、全員に聞き取りやすい英語で、判りやすく話す

個人的には、これだけ頭が良ければ、授業の準備に手を抜いても一定のクオリティの授業は展開できるにも関わらず、毎回一生懸命準備して全力で臨む姿勢、が一番凄いと思っています。私自身これらの技術は、是非真似をして、習得に努めたいと思います。


(5) 自分からパーソナルな人間臭い側面をさらけ出す

この教授、授業中に結構個人的な一面をさらけ出します。議論の節々に、「CFOとはこういうものだ」、「スタートアップのCEOはこの場面ではこう考える」、といった形で、実体験や豊富な調査事例をもとに個人的な見解を話すことは、他の教授同様です。しかし、自分が思いっきり失敗したり、苦労した話を堂々と話すところが、他と違うところです。これらの失敗談は、単に知識を伝えるだけなら全く不要ですが、実際に人の考え方や行動を変えるきっかけを与える意味で、とても効果的と思います。

それが一番現れていたのが、ある1回のケース。Chesbrough教授自身が人生で一番ショックを受けた出来事について紹介し、その問題解決のために、自ら「オープン・イノベーション」を実行して取り組んでいる(現在も進行形)内容を、授業で取り扱ったのです。

教授本人のケースということで学生側も多少遠慮があったものの、さすがに「新しいことをあまり見たこともない方法で立ち上げる」、という内容だったため、批判も含め相当多様な意見が出てきました。その1つ1つに対して、授業で扱った学びを元に、「答えはないが、こんな状況のため、こう考えて、こちらのやり方を取っている」と真摯に答える。自分自身がプロジェクトのリーダーとして、ご自身の学説を実際に適用されている姿に、次第に感銘を受けていき、最後に「昨年ある一定の成果が出た」という所では、大きな拍手が起こりました。

この他にも、この教授のファンの方が非公式にTwitterでOpen Innovation関連のトピックを立ち上げて(注1)、そのフォロワーが1万人を超えたため、その方を授業に招待して最初の10分間お祝いのパーティーをしてみる。他のゲストスピーカーも、「最近この議論で話していてとても感銘を受けたから、来ていただいた」という自分の個人的なネットワークから「熱いうち」に呼んで来るあたりも、個人を重視する教授らしさがあらわれています。


(6) 学生の意見を巧みに表に出す

最初の課題が、「レジュメ(履歴書)と写真を教授に送付しろ」というものでした。それを良く覚えているのか、各回の授業で誰にどういう発言をさせる、というシナリオを相当練りこんでいるようです。特に工学部とMBAの共同授業の意味で、その個人の経験を引き出して語る、というのは、相当効果的です。

1つ印象的だったのは、「この考え方を既に取り入れている大企業で働いたことがある人は、ちょっと説明してください」、という質問。あるイノベーションの考え方が対象で、日本だと多くの企業で片手間に検討している部門があるとは想像が付きますが、本気で検討され会社の中核プロセスに直接反映されている企業はあまりないのではないかな、と思っていました。しかし、この授業の場では、「CEO直属部門を作って、毎年数百億円の投資をしている」といったレベルで、もはや中核中の中核プロセスになっている事例が何社も出てくる。しかも、その多くが、過去20年まさに日本企業が戦いに敗れてきた相手達なのです。

もちろん、そのイノベーションの施策が、企業の成長にどれだけ直接繋がったかは、表面的には判りません。しかし、このように、MBAの最新理論を本腰を入れて自社に導入し、過去20年成長し続けている米国企業が複数あることは、「MBAの学びは日本企業のシステムの中では生きない」と良く言われる現状に、「ではどうするのか」という疑問を投げかけている気がします。


(7) Haasやバークレーという場所や、2010年という時代の価値観を、学びのプロセスに照らし合わせる

「オープンイノベーション」は学術用語として正しく定義されており(注2)、この定義は恐らく未来永劫普遍なものと思われます。しかし、これを正しく読み取って、現実に世の中に応用できなければ意味が無い。この定義と応用の関係は、ニュートンやマクスウェル、アインシュタインといった理学部の人が発見した物理法則を、エジソンやライト兄弟などの工学系の人が実現するプロセスであるかのようです。授業ではこのことを何度も、MBAとEngineeringの学生に説いていました。

そして、これは直接語っていないため、私個人の感想ですが、講義全体を通して、「今貴方は地球上の時間軸・場所軸の中でどこに居るのか」が、イノベーションの概念を読み取り解を導き出すために、如何に重要か、ということを伝える瞬間が幾度もあったように思います。それは、何故この教授がHarvardではなくBerkeleyにいるのか、米国の歴史とBerkeleyの歴史、Haasの学長が"Strategic Plan"を打ち出している重要な意味とこの授業での生かし方、等などの熱い小話から、一端が伺えました。


(8) 「あなた個人の人生をこう生きて欲しい」という強いメッセージがある

単なるイノベーションのメカニズムだけでなく、「これは貴方の人生のための授業だ」、というメッセージもとても多い。この直接的な目的は、必要知識の殆どは既に本で出しており、授業の中の学びを通して実際にイノベーションを起こせる人にならなければ意味がない、という意図があるように思います。このことは、ずっとイノベーションのコンセプトを説明したと思えば、その最後に「貴方はどちらの生き方を取りますか?」というスライドを挿入していたり、最終授業のメッセージ(別掲予定)にも色濃く現れていました。

イノベーションというMOTの題材において、最後は個人の資質を変えるところが一番重要という結論は、考えてみれば当然です。そして、より大きなメッセージとして、Open Innovationのコンセプトの中には、イノベーションを実現するリーダーになる方法論と共に、「社会の中で家族と幸せに生きる方法のヒントも入っている」、という話を受け取りました。この言葉を受けて、今後もたびたびオープンイノベーションの考え方を振り返ろう、と思っています。

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前回の記事の(1)-(3)で設定された課題を、(4)の頭の良さを生かして、(5)-(8)の人間臭い方法で解決する。この一連のプロセスが一番発揮されたのが、最終課題でした。その課題をくだいて書くと、下記のようになります

「内部情報にアクセス可能な程度に自分が良く知っている、1つの企業か組織を対象に、授業で習った考え方を当てはめて、下記をチームで纏めること
○ 現在どのようなイノベーションを起こす仕組みがあるか
○ その仕組みがどうビジネスモデルに反映されているか
○ 今後イノベーションの加速のために、どうすべきか
チームは2名-4名で組み、必ずMBAとエンジニアが各1名以上入る事」

多くのチームは、元いた/現在いる企業や、今後就職先となる企業を対象にしていたようです。特に、エンジニアに就業経験がある場合、その企業についてMBAの人がインタビュー等を加えて分析する、というやり方が多いようです。たとえば、あるチームはNASAを対象にして、あまりの組織の複雑さに大変な課題になったそうです。

私のチームは、エンジニア2人(中国人、米国人)と私の3人の構成。対象企業は、チームメンバーの中国人エンジニアが、現在研究室内でエンジェル顧客2社と共に立ち上げ中のスタートアップ。すなわち、Chesbrough教授の授業内容を、この秋にPh.Dを取得後はそのままCEOになる彼の人生そのものに当てはめてみる、という、とても責任感の重いレポートでした。このチームの分析や提案が彼の人生のリスクのとり方を大きく変えてしまうため、当然、彼自身とても本気で取り組んでいましたし、それに答える形で、私も3人の子供がいるアメリカ人エンジニアも、毎日深夜まで喧々諤々の議論を繰り広げました。

完成したレポートの内容を、技術の中身に触れないように書くと、

○ イノベーションの仕組み:
彼が持っている技術は、大企業の既存インフラの上に載せることで、高効率化を達成するもの。自身が持つ技術に、世の中に一般公開されている技術を組み合わせることで、数種類の既存インフラに対して導入が可能。しかし、実際にこれを実現するとなると、自社、顧客企業、既存インフラ提供者、一般公開技術の4者の間で、IP(知的財産権)管理の取り決めが重要な課題となる。ただでさえベンチャーの技術、かつ特許権関連で訴えられる可能性があるものは、売れるわけがない。従って、レポートの半分は、このIP管理をどう設計するか、授業の内容を元に、弁護士や現在の顧客と相談しながら、組み立てていく

○ ビジネスモデル: 
似たような技術を持つ企業や研究所は多数あるようだが、多くの場合は自社で全てブラックボックス化して、製品の形で売っている。しかし、これでは顧客は新規購入が必要でリスクが高く、ニッチな市場でしか売られていないようだ。授業で習ったオープン・ビジネスモデルの枠組みを用いて、既存インフラに導入可能なビジネスモデルを再構築し、現在の顧客との契約更新のときに第1歩を提案できるようにする

○ 今後への提案: 
前の2章がとても実務よりになったので、ここでは、もし授業で習ったことが正しいとすると、この企業は今後何を目指して成長するべきか、という、大上段の目標設定

ほとんどスタートアップを1社立ち上げている気分でしたが、流石にPh.Dを取得しながらスタートアップを立ち上げ、前回の課題でも優秀レポートに選ばれるこの中国人エンジニアとの共同作業は、凄く良い経験でした。一緒に授業で習ったことを叩き台に議論を繰り返すことで、実際に彼自身が試したくなるような面白いアイデアがいくつも出てきて、彼も大満足だった模様です。

私自身にも、ここで検討したIP管理やオープンビジネスモデルの考え方は、大変参考になりました。このビジネスモデルはまだあまり一般的ではないため、彼の会社の今後の成長を見守りつつ、将来私自身も別の業界で試して見ると面白いかも、と考えています。

(注1) @openinno

(注2) "the use of purposive inflows and outflows of knowledge to accelerate internal innovation and expand the markets for external use of innovation, respectively."
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by golden_bear | 2010-05-10 23:44 | 学業

第2回 Haas Talent Show: 留学中に芸を磨き表現する意義

「1-2年間、顧客や上司や仕事のノルマから思いっきり解放されて、自分や家族で好きなことが、履歴書を傷つけずにできる」ことは、フルタイムMBA取得の大きなメリットだと思います。そして、一度ストレスフルな社会人を経験した上で、学生に戻って好きなことに打ち込むことは、大概以前よりも圧倒的に集中し、高効率に高い効果を出せることが多そうです。これは、新しいことを始める、及び、昔からしてきたことの継続や再開の双方に、当てはまると思います。

どちらかといえば、MBAの2年間では、まずはじめに昔からの継続より、新しいことを始めてみる人が、多いと思います。これは、仕事をストップして高い資金と時間の投資をして来るからには、過去の継続だけではしょうがない、という意識が高いのだと思います。振り返れば、入学直後のオリエンテーションから、新しいことを始めてみよう、と言う雰囲気が充満していて、実際スタートアップを立ち上げる、大きな転職、新たな趣味やクラブ活動を極める、などなど、何でも良いので1人1つや2つは新しく何かを実現している人が多いと思います。

こと新しく始めた趣味、に関しては、私はブログ、中国語、ゴルフの3つを始めて、質はともかく卒業まで継続できたことは良かったと思います。また、日本人同期の例だけでも、マラソン、料理、スキー、自転車、などなど、皆様それぞれプロ顔負けに極められていています。こう簡単に書いてみましたが、入学時平均29歳という年齢から新しいことを始めるには、結構な苦労が伴います。しかし、米国の中でも「新しいことを始めるには、最も適した場所」と言われているサンフランシスコ・ベイエリア。上述の周りの雰囲気に加え、最高の気候と美味しい食べ物・ワインが、苦労を苦に思わなくさせてくれる意味で、新しいことを始めるのに力強い後押しをしてくれます。

一方、卒業直前の時期になると、MBAは昔からの趣味の再開にも、とても貴重な機会を与えてくれることに気付きます。その1つが、先日紹介したスポーツ大会のC4C。私自身はバレーボールを楽しみましたが、元プロゴルファーやプロ自転車競技者、バスケットボールやスカッシュ等様々な競技で、日本人同期にもサッカーやテニスで、プロ顔負けの活躍をしている友人たちがたくさんいます。

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そして、今年第2回となる、Haas Talent Show。昨年同様、見るもの全てを感動させるような素晴らしい芸術・技術の数々が繰り広げられました。その模様は、下記から演目別に動画でお楽しみいただけます。

Haas Talent Show YouTube Channel (クリックしてリンク先に)

YouTubeで番組が持てると、個人でもこういう面白い使い方があるのだ、と初めて気付きました。便利な世の中になったものです。

幾つかのハイライトを紹介すると、
○ ベリーダンス: 昨年このTalent Showを創設した台湾人の友人のダンス。今年4月に地元ベイエリアでも2週間の公演を行っていた彼女は、去年は台湾の伝統的な踊りを現代芸術に昇華したようなダンスでしたが、今年はとてもSexyなダンスで驚きました。
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○ ボリウッド: 昨年はほとんど女子だけでしたが、今年は男女半々で、より力強さが入って大変盛り上がりました。ここで当日一番のサプライズとして、日本人の同期が1人、インド人に混じって溌剌と踊っていたこと。Talent Showを機会に、新しいことを始めて友人を作る、ということを実践されている、素晴らしいものを観ました。
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○ ジャイブ: 昨年同様、Haasの教授ご夫妻が激しいラテン系のダンスで魅せてくれました。
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○ 学長のギター弾き語り: 昨年は、いつも偉そうにスピーチしている自分の仕事や立場が如何に大変か、とぼやいて、素の自分を上手く表現しながら笑いをとっていました。今年はボブディランの替え歌で、スタッフへの感謝と力強いメッセージでした。
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○ Leading Through Innovation Band: トリを飾った2年生のバンド。3曲演奏した最後の曲では、1時間半前にアリアを歌っていたオペラ歌手のJさんがボーカルで参加し、Guns 'n Rosesの"Paradise City"を熱唱。日本でも学生バンドの定番曲ですが、米国人かつオペラの女性ボーカルがTシャツを引きちぎらんばかりの勢いで歌ったこのナンバーには鳥肌が立ちました。最後は皆でステージに上がって大熱唱
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ここからは個人的な話になりますが、昨年同様妻と2人との連弾で、George Gershwinの"Rhapsody In Blue"で出演しました。当日の演奏はミスだらけでしたが、4月頭から1ヶ月間の準備プロセスは、MBAを終えようとしている自分の現在と深い過去とを結び付けて、この素晴らしい2年間を与えてくれた米国、Haas関係者、そして妻への感謝の気持ちを凝縮させた、1つの集大成の表現に出来たと思います。

○ 選曲:
日本でも「のだめカンタービレ」のテーマソングに使われている有名曲ですが、まさに米国を代表する曲で、後述の通りとても難しい。これを弾くのかどうかは妻とも相当議論がありましたが、下記どうしても弾きたい、という理由がいくつもあり、押し切ることに。

- 自分のルーツがある曲(1)
振り返ると、この曲と初めて出会ったのは、小学校4年生の時。当時マーチング・バンドという、上から見て様々な絵を表現するように歩きながら演奏するバンドに打ち込んでいて、そこでの演奏が最初でした。

過去にもこの、マーチングバンドで100名の小学生がどう一糸乱れず動けるのか、というメカニズムから大学の卒業論文のヒントを得た事がありました。今回タレントショーに選曲してみて、このバンドを立ち上げて指導された3人のやる気に満ちた小学校の先生方に、自分がとても影響を受けていることを、改めて実感しています。この3人の先生方は、音楽は全く専門ではなく、課外活動で水泳やサッカーなどを精力的に教えていましたが、たまたま隣町の小学校がマーチング・バンドの大会で全国優勝し、その演技力の高さに驚く。別の小学校で仲の良い先生も全国大会の常連チームを指導されていたことから話を聞き、見よう見まねで立ち上げ、楽譜の調達から指導方法まで全て手探りで取り組まれていたと思います。

私が4年生の時が創部2年目。翌年5年生の時に初めて地区大会に出て、激戦区の中第2位の評価を受ける(第1位は全国優勝)。が、翌年は周辺校もレベルを上げたため、我々も数段実力向上したものの、評価を下げる。文部省の学習指導要領は全く関係なく、実績も無いこのクラブを、3人で協力しながら、創設から父兄を説得しての生徒集め、強豪校にまで育て上げる。実際、先生が変わった後もブランド・伝統が残ったのかクラブは存続し、十数年経った最近全国優勝したと聞いています。この立ち上げの最初期に、3人の先生方のやり方を肌で感じれたことは、組織を立ち上げてどう大きくするか、という考え方を育む貴重な経験になっている、とMBAを履修し終えて改めて感じています。

Rhapsody In Blueに関しては、小学校4年生の時に初めて演奏した時は、とにかく変な曲だなあという印象でした。何よりも、テンポが一定でなく歩くのが難しいため、以後あまり使われることも無く、記憶の奥底にしまわれていました。恐らく先生方も、有名だから、という理由だけで楽譜を輸入してしまい、練習させたものの本番では使わなかった「失敗」だと想像されます。この「失敗」の印象が、かえって当時の混沌とした立ち上げ時期を、より鮮明に思い出させるのです。

- 自分のルーツがある曲(2)
次にこの曲を意識したのが、米国に初めて赴任した時。赴任地がユナイテッド航空の本拠地があるシカゴだったため、出張や移動でオヘア空港に降り立つたびに、家でテレビをつけるたびに、何度と無くこの曲を聞きました。また、Haasにきた時にも、サンフランシスコもユナイテッドの大拠点だからか、シカゴ同様テレビでも街でもこの曲が一杯かかっている。妻もそれに気付いたのか、「アメリカ人ってガーシュウィン大好きなんだねえ」という感想。本当に良く耳にする上、曲も良いため、いつ聴いても元気になります。

- ピアノ演奏のマイルストーン
大学生以来、ピアノを弾く1つの動機として、数年に1回のペースで大曲を弾きたい、という事を漠然と頭に思い浮かべていました。以後5年おきに、20歳、25歳、30歳では、偶然も手伝ってその目標を達成できたのですが、このラプソディー・イン・ブルーのソロ版を、35歳までのマイルストーンに設定していました。現実的には、35歳の自分にピアノを弾いている余裕はない、と思っており、その意味で妻との連弾の短縮バージョンという形にしろ、前倒しで達成できたのは、非常に嬉しい機会でした。次は40歳までに何弾こうか、と思いをめぐらせています。

- 米国人向けのプレゼン:
今年キム・ヨナさんがオリンピックで金メダルはともかく、ものすごい高い得点をたたき出したのは、選曲がガーシュウィンのへ調のピアノコンチェルトだった、ということが一因のような気がします。それくらい、アメリカ人はアメリカ、ガーシュインが好き。私自身も、このアメリカに2年間どっぷりつかっている瞬間だからこそ、アメリカ人に対してこの曲を演奏する、ということは、まさに今しかできないこと。自分を2年住まわせてくれた米国という地に対する感謝だと思っています。

○ 曲の編集
連弾編曲は様々な版がある中、作曲者本人許可の下編曲したHenry Levine版を使うことに。これは実は、元々同氏編曲による2台ピアノ用の楽譜を、無理やり1台ピアノに詰め込んだ、超高難易度のもの。世の中"Rhapsody In Blue”の"Piano Duo"のCDは無数にあるのですが、その殆ど全てが2台4手。この1台4手版は、プロだと弾こうとすらしない曲のようなのです。

とりあえず、元々15分もある原曲を全て弾くことはできないことから、6分に削ぎ落として、楽譜の中で弾けそうで効果が高い部分をつなぎ合わせることに。しかし、これまた一苦労。
 - 印象的な部分が多すぎて削るのが勿体無い
 - オーケストラ版では「ここがかっこいい」と思っていたところは、実はピアノ連弾にするとヘボイ、
 - しかも連弾譜だとピアノ・ソロと違い、ぱっと見ただけではどういう演奏効果かわからない、、、

偶然このHenry Levine版のMIDI(コンピューター自動演奏)を無料でダウンロードできたので、それを聞きながら編集できたのですが、これが無ければあきらめてたかもしれません。

このようにして演奏箇所が決まると、大学そばのコピーセンターで楽譜をコピーし切り貼り。ここでは、1枚3セントでコピーができることを知り、格安ぶりに驚きました。

○ 編曲 
こうして6分間の編曲ができたものの、何かもう1パンチ足りないなあ、と思っていたところ、なんと「のだめカンタービレ」のCDでは、この曲の冒頭の有名なクラリネット部分を、ピアニカで演奏されている、ということを知る。ピアニカでできるならアコーディオンでも良いのではないか、と考えて、最初の部分だけアコーディオンを使うことに急遽決定。恐らく前代未聞のRhapsody In Blue Accordion Versionの完成です。これも仕事の宴会芸で身に着けた功ですが、わざわざアメリカまで持ってきた甲斐がありました。

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6分強の演奏を終え、演奏としては去年の方が上手くいった気がしますが、選曲の妙だったのか、今年の方がよりたくさんの人に様々な感想を頂いています。
「アコーディオンの最初の旋律で、何の曲かわかって良かった」
「日本人もこれ、飛行機の曲だって知ってたというのは驚きだ」
「めちゃくちゃ長くなる、と思ったけど、うまくハイライトされていて良かった」
「普段一部分ずつしか聞いていなかったので、まとめて聴いてこういうつながりになる、とは初めて聴いた」

やっぱり、アメリカにいるからには、アメリカ人の心をつかむ工夫が重要なんだなあ、と改めて感じました。そして、当日学業もビジネスも関係ない同級生の多彩な才能に感化され、自分もますます仕事に趣味に、家族と共に卒業後の人生を充実させていかなければなあ、と、心を新たにしています。

(後日談) 早速、その第一歩として、Craigslistでピアノを売却し、その資金で妻への感謝の気持ちを込めてiPadをプレゼントすることに。その話は後日レポートしたいと思います。
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by golden_bear | 2010-05-06 23:07 | 学校のイベント

中国語授業卒業ランチ(+Haas2年生集会)

中国語カラオケの翌日、9ヶ月間お世話になった語学研修棟にて、“East Asian Language Center”のフェアウェルランチパーティーが開かれました。この日同じ時間MBAでは2年生向けに最後の集会があったので、私は例の日本語を習っている韓国人と2人で、双方の会場を行ったりきたりしました。
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先に語学研修棟のフェアウェルランチ会場に行くと、200人ほどの参加者がごった返して、先生方や卒業生との最後の別れを惜しんでいました。クラスメートを見渡すと、私の中国語クラスの友人達もちらほら。ちなみに、皆の上達具合としては、初学者からスタートした人でも、もう普通に中国で生活できるんじゃないか、と言う勢いで喋れるようになっている人も見かけます。しかし、私の場合は、聞く話す書くに関しては、日本人の中学校卒業時点の英語力(英検3級?)まで来たかどうか、という程度です。まあ、米国で話すときに使う英語の大半が中学英語であることを考えれば、中国語の場合大抵の漢字がわかるアドバンテージがあることも含め、後は単語を増やせば何とかなりそう、というレベルまで来たことは、とても有難いことです。

入り口に置いてあった統計資料に目を通すと、UC Berkeleyの東アジア言語授業履修者は、中国語約800名、日本語約700名、韓国語約300名とのこと。この数字は2007年くらいまで毎年伸び続けて、その後横ばいなのですが、どうやらキャパシティの問題がネックのようで、もし受講制限が無ければ倍くらいいてもおかしくないかも、とのことでした。2世3世の人が自分の親の言語を学びたい、というアメリカならではの事情もあると思いますが、それにしてもこれだけの人数が学部関係なく受講したいと思うこと、さらにこれだけの人数に質の高い教育を提供できることに、改めて驚きます。米国大学の教育の質は、語学に限らずとても高いと思うのですが、ここにその一端を垣間見た気がします。
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また、ランチ当日には、今年起きた様々な良い出来事の発表もありました。2週前の記事に書いた「中国語のスピーチコンテスト」が、Stanford, UC Davisなどを含む近隣の数校で開催されたそうですが、どの部門でも1-3位を独占したそうです。前の記事で出てきた最終課題で一緒の韓国人は、残念ながら入賞できなかったようですが、キャリアチェンジャーの最終学期考(後編): 学生のうちの経験の記事に書いた口述試験の私のパートナー(東南アジア系の人)は、全体の2位になったそうです。2人に話を聞くと、実際にUC Berkeleyの学生のレベルが圧倒的に高かったのは確かだそうで、この「東アジア言語教育」の凄さに関しては、学生の人種構成も含めて、UC Berkeleyという場所がなす特殊要因も大きいのかもしれません。

この後、Haasの建物に戻って学長やキャリアセンター、アルムナイセンターからのスピーチを聞きます。
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重要なのは、この新しい学長になって2年、ついに学習カリキュラムに手をつけて、大幅に改良するようなのです。興味ある方は、こちらのニュースリリース、か、こちらのビジネスウィーク誌の記事、あるいは、Haas Strategic Planのページをご覧ください。

ここでまた、語学研修棟のランチに戻る。韓国人の友人は、3人の日本人教官全員と日本語で別れを惜しむ挨拶をし、曰く、「MBAのフェアウェルより、こちらの方が全然しんみりして感動的だった」。こう彼に言われてみると、Haas Strategic Planなどの話は毎度聞いていたことの進捗状況報告という感じ(とはいえ、大学という保守的な空間で、実際にLeading Through Innovationを実践し、変革を実行してしまうこの学長のリーダーシップは凄い!の一言ですが)。この2年生の9ヶ月間語学学習に費やした時間とそれに毎日付き合っていただいた先生方との密度の濃さ、そして(卒業生の交流も盛んなMBAに比べると)今日を最後にもう一生会わない可能性が高い、ということが頭によぎり、急に感傷的な気分になりました。

私が当日に会えたのは、担当教官3人のうち最後までカラオケを教えてくれた方1名だけでしたが、この4ヶ月間毎日叱咤激励していただけたことに、抱き合いながら深く感謝。いよいよ卒業するのだ、という事実を突きつけられた瞬間でした。
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by golden_bear | 2010-05-04 23:47 | 中国語学習


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