A Golden Bearの足跡


UC Berkeley Haas School (MBA) における、2年間の学生生活の記録です。
by golden_bear
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活動メモ(2) 5/25(月)開始-6/14(日)帰国 - IBD体験記(6)

さて、実際の活動のメモです。本当にメモのままですが、土地の位置関係のみ、この記事を参照お願いします。写真は載せるときりが無いので、先に今後の個別記事内にてそれぞれまとめて掲載したあと、載せ切れなかったものをあとから追加します。

5/25(月・祝)
- 朝11:30から起動。クライアントの秘書がゲストハウスに来訪。なんでも、午後から「キッチンパーティー」と言われる、女性版のバチェラーパーティー:結婚前の女性に料理器具をプレゼントする、に出るそうで、とても綺麗な衣装。
- 昼にもう一度昨日と同じインド料理屋に行き、その後スーパーにて水など必要物資の買い出し。ケニア資本のこのスーパーは、何でも揃い、アメリカよりやや安い程度の値段
- 夕方に、今後の目的意識共有。現時点では4人全員がそれぞれプロジェクトについて抱いている思いが全くバラバラなので。クライアントは誰か、何をすべきか、再確認。私自身は元コンサルタントとして、単に情報収集をして纏めたような「新聞」を作るのではなく、きちんと想定顧客に対する「提案」の形で纏めることを強調。しかし、チーム各人で受け取り方が異なり、意識の共有には相当時間がかかる。結局4人で想定される結論のストーリーラインをまず作り、その結論に達するために必要なインタビュー質問集、および定性・定量必要分析イメージを私から提案し、これを共有して解散。
- ホテルに耐えられないパキスタン人は、今後は現地携帯会社に勤めるパキスタン人友人宅にて宿泊することに。いきなり共同生活が乱れるが、まあ停める理由も無いので、許すことに。
- 夜はアイリッシュバー。ユダヤ料理頼む。ビールは$1-2で安いが、料理は$10以上と高い。

5/26(火)
- 午前中にKasisi Training Centerという、1時間ほど離れた農業訓練校にインタビューに向かう。Paul校長ほか、Organic Cottonの認証機関、及び、実際に農家にてオーガニックコットン団体の計3名がミーティングに参加。このうち、Paulと認証機関の方はオーガニックコットンにはとても前向きで、「絶対成功できる」という考え方。一方もう1人の現場の方は冷たい対応。
- そもそもこの運転手は、前週にたまたまインタビューをしたザンビアのエキスパートがよくザンビア訪問時に使っていた方で、そう話すと割引料金にしてくれた。空港から利用したタクシーの半額くらいの値段を提示してくれたので、以後長期契約を結ぶことに。
- ヘビが出る(あとで猛毒コブラと判明)
- 農村の道、景色に感動。
- しかし、来る途中に車はパンクしていたため、運転手が必死に直す。
- 午後にクライアントの現地オフィスを訪問。リーダーでわれわれをずっと拒絶していた方と面会。彼は彼の立場なり事情があることを聞く。私ほか2人は一定の理解を得るが、もう1人は完全にこのクライアントを嫌ったようだ。
- 夕方急いで、各種団体へミーティングのアポ取りを実施。だがあまりうまく行かず。
- 夜は韓国料理屋で、もう1つのIBDザンビアチームと共に宴会。あまり旨くない。

5/27(水)
- 午前2人でCDT(Cotton Development Trust)という、別の訓練組織を訪問。車で2時間走った奥地にある。残り2人はインタビューセットと、定量分析。
- 午前8時に出発し、10時に到着。ここでもCDTのリーダーのザンビア人、世銀所属で世界中に赴き綿花栽培技術を支援しているパキスタン人、及びそのパキスタン人の下で修士論文を書くザンビア人学生の3名を交えて議論。彼らは有機かどうかに関わらず全ての綿花栽培の生産性を上げる支援をしているため、有機綿花栽培がいかに難しいかを延々と議論。昨日に比べて、2時間半みっちり話し合う。
- パキスタン人研究者の家にて、ランチ頂く。無国籍料理での歓待。パンに蟻が一杯ついていたが、有難く頂くことに。
- 午後は畑見学。何がオーガニックコットン、何が紡績装置なのかを、初めて実際に観て歩き、われわれが何をやろうとしているのか理解できる
- 夜戻ったのは6:30pm。パキスタン人のメンバーは既に帰ってしまっており、ミーティングに出れず。
- この日の学びが多く、コンタクト先が増えたため、急遽ルサカ周辺滞在の日程を1日増やし、Mfuwe行きの日程を来週水曜日とすることに。
- 夜はホテルで「それしかない」と言われたため仕方なく炒麺を食べる。とても不味い。しかし、隣のテーブルではうまそうなステーキが出されており、憤慨。

5/28(木)
- 私のみ午前は日本大使館を訪問。日本人研究者のコンタクト、ザンビア全般の状況とと、ウガンダ企業の日本人社長のアドレスを聞きに行ったところ、親切に資料を印刷してもらえた。日本人の暖かさに感謝。ちなみに、中国人が中国大使館に行っても、追い返されるだけで、まず何も取り入ってもらえないらしい(一件、中国系企業のインタビューをセットしようとして、その断りの口実が「大使館を通せ」だった。)
- 昼に我々向けに大学から送金された活動資金をクライアントオフィスに貰いに行くついでに、NShimaという、現地人の主食を頂く。Maizeというとうもろこし粉を固めて饅頭のような形にし、これを手でちぎって野菜または肉・魚を一緒につかんで食べる。フルコースで$3、かつ旨い。これまで、我々が食べていたものが如何に高かったかが気になる。
- 昼食を食べながら、クライアント事務所メンバーと、ザンビア国家の問題について質問して議論する。政治と教育と外交がとても酷いという話を具体例を交えて色々学ぶ:程度の差はあれ日本も似たようなもの?
- 他のチーム3人と午後に合流。1人はロジと会計に専念。1人はストーリーライン、2人で定量分析の集計。定量分析結果と5/27インタビュー結果があまりにも食い違い、口論
- 夜はホテルでステーキ。昨日に比べ格段に旨い。

5/29(金)
- 午前・午後にセットしたはずのミーティングが翌週に移ったため、この日は1日無駄に。その代わり来週のスケジュールをびっしり組むことに成功。
- パキスタン人は、翌朝ラフティングのチケットを買ってしまっていたため、昼にバスに乗ってリビングストーンへと出発してしまう。
- 午後、残った3人で改訂版のコスト分析、要旨のストーリーラインを書き上げ、クライアントと教授にメールで報告
- 夜、7:30pmにバスに乗り込む。8時間。飛行機のエコノミークラスより狭い。ずっと大音量のアフリカ音楽が流れており、私は3人掛け座席の真ん中だったのだが、窓側の隣でスピーカーの真下に座っていた中国人は気が狂いそうになっていた。音楽を止めてもらうように頼むと、「この音量が無いと運転手が寝てしまう」との事。真ん中の私は、足にトカゲと蛙の攻撃を受けながら、後ろの座席の赤ちゃんに髪の毛を引っ張られる。通路側の隣のインド人は平和だったが、最後1時間半突然ものすごい悪路で揺れまくり、彼の頭にスーツケースが落っこちてくる。2:30amにリビングストーンに着き、殺到していた多数のタクシー運転手の中から予約してあったタクシーを発見し、ホテルに着いたのは3am.

5/30(土)
- リビングストーン:朝食風景が綺麗で驚く。遠くに滝。
- 滝:美しさに感動。内部に入ってぬれまくる。2重3重にかかる虹。
- 滝つぼ:大分山の下に下った後、景色がいきなりジャングルになり、インディージョーンズのように川の中を歩く。最深部が滝つぼ。渦を巻く様子、バンジージャンプで飛び込む様子を堪能。Cal Alumに会う
- みやげ物:写真を取ると金を要求するミュージシャン、あの手この手で値切ろうとするおっさん、合計草食系動物5体とジンバブエ通貨を買う。
- ジンバブエ国境: 商品を売るために、様々な人がかわるがわる声をかけてくる。「ジンバブエの窮状を救うためにこの商品を買ってくれ」と何度も頼まれるが、どう見てもザンビア側の土産物屋で売っている物と同じっぽく、信用ならない。また、ザンビアで物を調達しジンバブエにもって帰る人々の列ができている。多くは商店主らしい。
- ディナークルーズ: 船の上で他チームと飲みまくる。Cal Undergradと対面。
- バー: 多くは学生や20-30代の旅行者。プール再度で寝てしまう。

5/31(日)
- リビングストーン2日目
- ワニ園:ヘビに触る。前に見たヘビは猛毒で24時間以内に死ぬことが判明
- 帰りのバス:1:30pm出発。最初は狭い、熱い。動き出したら快適。マスクがあったほうが良い。水はバス売り場脇の売店で購入可能。ただ、帰りは7時間で着いたので、まだまし。
- 夜はインタビューノートを書く

6/1(月)
- 2人で3件インタビュー:
 - Dunavantという米紡績工場: 純粋にビジネスのために活動を展開
 - OPPAZという、オーガニック農業全般を推し進める団体: 純粋にオーガニックのために活動を展開
 - Government: 純粋に何もしていない
- 残り2人は、また2時間ドライブし、データ上一番成績の良い農家を訪問。オーガニックのやり方しか知らないから自力でそれを極めた、天才肌の農家だったらしい。
- 昼:ガソリンスタンドのファーストフード。$5でハンバーガーコンボとは、日米と同じ値段。そこそこ旨い。
- 夜:いつものインド料理を食べに行く。高いと気付く。

6/2(火)
- 11:00:ウガンダのPhenix Associates柏木社長へ電話インタビュー。Skype Outは全く使い物にならず、途中でプリペイド携帯のカードが切れてしまい、残念。
- 昼: ランチを現地人向けの食堂で食べる。トイレの水道水が流れず。NShimaは旨くて安く($3)で、量が多すぎて食えない。また、同じメニューを頼んでも、違うものが出てきた。
- 3:00: CAZ(Cotton Association Zambia)インタビュー。元エコノミストでデータベースを管理しているだけあって、とても客観的な話し方をするおじさん。政府ととても強い繋がりがあるらしい。オーガニックにはほとんどやるき無い。
- 夜: パキスタン人の友人宅を訪問。元国賓向けの来賓間を改造した区域の住宅だけあり、あたり一面が非常に豪華。各家に各国の名前がついており、その家はジンバブエと呼ばれている。卓球、バー、スカッシュ、ビリヤード、、、


6/3(水)
- 8:30にあるBuyerに電話インタビュー。顧客探しは難航しそうな気配。
- 10:00にザンビア食料の統計局の方をインタビュー。データを一杯もらえる。
- 空港。ワイヤレスが通じるので、日本の家族に電話
- 飛行機。18人乗りのターボプロップに、乗客は我々4人のみ。運転手2人+CA1人。Trivial Textileという観光客の宣伝がラミネートされておいてあり、見入ってしまう。
- Mfuwe着。何も無い空港から降りると、クライアント先のリーダーがトヨタのピックアップトラックで出迎え。私のみ助手席に乗り、他の3人は荷物と共に荷台へ。
- 滞在先のロッジ。太陽電池で何事も成り立っており、夜間はPC禁止。
- クライアント先の建物挨拶。綿花事業について一通り関係者を集めてミーティングをした後、綿花以外の事業である、ピーナッツバターなどの加工現場を見学
- 7pmからウガンダのPhenix Associates柏木社長へ再度インタビュー。電話が遠かったことから、道まで歩き、道路の真っ只中に座り込み、真っ暗な星空の下でPCと懐中電灯のみを頼りに、CEOをインタビューするのはなんとも不思議な気分。
- 夜はロッジオーナー兼Snarewearのアーティストの方によるディナー。全てアフリカ現地料理で驚く。Snarewearの話等々でオーナーと大変盛り上がる。
- 部屋に戻ると、ロッジのすぐそばで火が上がっている。聞くと、ボイラーが故障したとの事で、火事になる寸前だったらしい。とりあえず、お湯の利用は翌日までおあずけ。

6/4(木)
- Farmer 3人を訪問。皆それぞれ違う家庭環境/経済醸成だが、それぞれの立場で思ったより綿花栽培に対してポジティブに驚く。男は飲んだくれで、女は良く働くことに驚く。
- 昼食。チーズバーガー37,000.ハンバーガー31,000。90分待って出てきたハンバーガーにはチーズが乗っており、チーズバーガーは肉なし。「そういう値段設定だから」との事- 夕食。Nsimaとキャッサバ、カボチャ、ご飯、鶏肉、豆、サラダと出されるが、どれも美味。
- 近くのバーに行ったらビール売り切れ。もう1つのバーで買って戻ってくる。すると、もう1つのバーも売り切れ。ここら辺のバーには全てビリヤードが置いてある。また、Shaky Shakeという、とうもろこし粉とイーストを混ぜたどぶろくのような酒を皆飲んでおり、気が狂っていたように踊る人が何名もいた。

6/5(金)
- 朝食:Jungle Oatsという、コーンフレークの改造版を食べる。おいしい。
- 朝: 比較的裕福な農場を訪れる。有機綿花栽培はやめて、農薬を使った農法に切り替えた。なぜなら、単位面積あたり収益が7-8倍違うから。一方で、水があり能力があることから、畑で野菜を作る。
- 朝: 次に、Travile Textileを訪れる。上手く労働集約的な工場を形成。ラインナップも数多く、海外にも売ろうとしている。国内市場でどこまでやれるか。
- 昼; Just Africaで食べる。NSimaと野菜とソーセージ。上手い。魚が食べたいと伝えていたら、使用人のベンソンが片道35km離れたMfuwe町まで自転車で買いに行き、売り切れだったらしい。申し訳ないことをした。
- 午後: 1人年老いて体に傷のある農家のおばさんが議論。つらそうだった。
- 夕方: クライアントの人と、Extention Planを議論。この活動を毎年倍倍で広げていくプランのようだが、どこかに強力なサポートがないと大変そうだ。あと、これ以上脱退者が出だしたときの、リテンション・プランがないと、崩壊しそう
- 夜: ロッジでハヤシライスを頂いた後、ロッジのオーナーや、もう1人いた他プロジェクトのインターン生も引き連れて、Flat Dogs(翌日から行くサファリツアーを提供しているキャンプ場&レストラン&バー)のパーティーに。ここには多数の宿泊客が訪れており、Travile Textileのオーナーも飲みに来ていた。ロッジオーナーの甥がバーテンダー。
- 夜: 帰りにMfuwe町のバーに寄ってみる。狂っていた。写真を撮ろうとすると、駄目と言われる。その理由は、警察官の写真を取ったら逮捕される法律があるようで、中で警察も踊っていたためらしい。真偽は不明。
- 夜: ロッジに帰ると、パキスタン人の友人が到着していた。朝7:00に出て7時間で着くはずだったが、途中でバスが2度故障して代わりのバスを待っていたため14時間かかったらしい。しかも、ベジタリアンの彼が食べれるものが途中に無かったらしく、中国人が持ってきたインスタントラーメンをおいしそうに食べていた。


6/6(土)
- 朝4:45に起床。5:15にFlat Dogsに出発のはずが、運転手が来ない。電話すると、どうやら寝過ごしてたっぽい。5:40に到着し、田舎道を時速100Kmで突っ走り、6:00丁度にFlat Dogsに到着。
- Flat Dogsでは、この土日に朝(6-10am)、夜(4-8pm)各2回ずつ合計4回16時間のサファリツアーに参加。早速初日の朝のサファリツアー。いきなり日が出ているときには滅多に見れないレオパード(ひょう)を見ることができて、ラッキー。いつでも見れるインパラ、プク、シマウマ、バブーン、ゾウなどの他に、この回にはバッファロー、そして最後に絶滅寸前のワイルドドックを見ることができて感動。
- ツアーから戻ると、テントに案内される。トイレ:水を流すとカエルが飛び出して来て、流されまいともがいていてびっくり。
- 昼食。インド料理は美味しい。ゾウが放し飼いにされている。
- 午後: 夜のツアーまで寝ようとするが、暑すぎて困る。
- 夜のツアー: 日没までに、キリンやメスライオンの集団を見学。日没後、ジャネット、シーシーといった猫の仲間、巨大ふくろう、ハイエナなどを見学。最後に見たキョンシーみたいなとび方をするサルは、
- 夕食: ピザ。あまり旨くない。グラスワインは、まさに安物の味(Trader Joe'sの$2ワインより不味い)。悪酔いする。
- 夜中: テントのそばに体重500kgはありそうなカバが2匹おり、一晩中互いにうめいていた。明け方にはサルの群れがいた。


6/7(日)
- 朝5:40に起床。急いで朝食を食べる。
- 朝:今回のツアーは、徒歩ツアー。サファリ内部まで車で行った後、ライフルを持った人を先頭に、歩いて探索。本当は動物の近くまで近寄れる、という話だったが、大きく期待はずれで残念。たまたまツアーガイドが徒歩ツアーの試験を受けるために指導教官役の人を引き連れており、ほとんど動物に近寄ることができず。代わりに、様々な植物や動物の糞、足跡などの講義を目一杯聴いたが、期待はずれ。
- 午後: Snarewear向けのレポートをチームで作成。例によってパキスタン人は時間通りに出現しない。
- 夜ツアーに参加:直前に”1人旅をしている日本人女性”とすれ違い、立ち話。
- 夜:ラザニアを食べるが、あまり美味しくない。
- 深夜:12:30ごろまでSnarewear向けの資料を皆で作成。17ページの資料ができる

6/8(月)
- 朝:ロッジオーナー家で、Snarewear製造プロセスを見学後、我々の提案をプレゼン。予想通り、クライアント先との契約関係と、リソースを気にしていたが、提案自体には満足してもらえた模様。
- Trival TextileとSnarewearの両方を購入。
- 昼食:
- クライアント事務所に立ち寄り、お礼の挨拶
- 空港に行くまでに裏道をバギーのように進む。テレビゲームのような道を進んだ後、"Bar Game Over"の看板
- 夜: LUSAKA。ホテルを2件捜し歩く。4つ星ホテルに。ホテルの状態はそれほど良くない、、、御湯が出ない、蚊が一杯。無線LANが高速とPCに表示されるのに、1MBをダウンロードするのに1時間かかる。そして、19MBのメールを受け取り、PCが不調に。
- 夕食:イスラム教徒向けの店で、メガバーガーとLサイズポテトを頼む。

6/9(火)
- 朝:ホテルの朝食。期待していたわりにはいまいち、、、チームで3時間、最終報告書の内容を分担する。次に集まるのは水曜の夜:ルーズなスケジュール管理、、、
- 昼:歩いて先週火曜に行った現地人向けの食堂に食べに行く。チキンカレーは旨い。
- 夕方:疲れが溜まったのか寝てしまう
- 夜:昨日と同じ場所、イスラム教徒向けの店に食べていく。今度はステーキサンドとチキンパイ。悪くない
- 深夜:疲れが溜まったのか寝てしまう

6/10(水)
- 朝: 朝から急いで分析を行い、資料を書き続ける。
- 昼: 昨日と同じ昼食屋に行く。ビーフシチューライスを頼むと、ライスは無いと言われるので、仕方なくフライドポテトに。偶然、パキスタン人にあう。彼らには何故かライスが届く(怒)。パキスタン人の友人が国に戻るそうで、最後の挨拶をする。
- 夜:ホテルで食べてみる。グロテスクな魚の丸焼きが出てくる。$8。旨くも不味くも無い。
- 深夜: 皆で書き上げた分析資料を元に、Recommendationを3時間議論。

6/11(木)
- 朝:いつもの通り朝食を食べる。自分のパートを早起きして終わらせようとしたが、終わらず迷惑をかける。ただし、他の人も終わっていない。自分のパートを後回しにして、先に自分がリードを取っているプレゼンパートを仕上げる。
- 昼: いつも夕食で行ったところで食べる。皆金欠で、極力安い食事を選ぶ
- 夜: チームの2名がまだ作業しているが、他の2名と共に空港であった元同僚に会いにディナーに行く。お勧めのインド料理レストランは、$4で食べ放題でとても旨い。その後、夜2amまでかけて、プレゼンの自分のパートを完成させる

6/12(金)
- 朝: 先に寝ていたワード組からパワーポイントにインプットを貰い、色々な欠点が見えてきてあせる
- パワーポイントを完成し、今度は私からワード資料にインプット。慌しく揉める。
- 昼: こんなときに非常食が役に立つ
- 午後3時:完成したレポート(ワード50ページ、パワーポイント15ページ)をメールで送付。送信ボタンを押してから、1時間かけて、無事送付完了Done!
- 夕方にお金のやり取りをしにクライアントのオフィスに行くと、そのオフィスのトップが急遽突然、プレゼンを聞きたい、という話になり、最終報告に。"もっと早く言ってくれよー"と思った内容もあったものの、最終報告でどういうスタンスを取るか、にかけては我々は最良の選択をしたことが判明。とても感謝してもらえ、最高の瞬間。
- 御土産を買いにCD屋と本屋に移動
- 夜には、クライアントサイトで、バーベキューパーティー。オフィスをクラブ状態にして、ザンビアの踊りを踊りまくり。超楽しい。何人かのザンビア人と文化に関する話をして、大変興味深い。
- そして、昨日言ったインド料理屋に、ずっと御世話になった運転手も含めて全員連れ込み、Authentic Indianを注文しまくり。旨い。運転手の身の上話を神妙に聞く。

6/13(土)
- 朝:パッキング。チェックアウトして、朝食料金などをぼったくられていることに気付き、ホテルと揉める
- 空港:免税店で、特産の御酒と栓抜きを購入。"免税店で買ったレシートがあれば大丈夫"との事。クーラーが全開でついているのに、窓も全開。
- 南アフリカ行き:離陸するなり飛行機中に薬がまかれ、2-3分間目を閉じなければならない
- 南アフリカ空港:パキスタン人が彼の大学の学友に何故か会う。2人で、クリケットのワールドカップに釘付け。空港でインドカレーを頼むが、高くてそこまで旨くない。
- ロンドン行き:離陸するなりまたもや飛行機中に薬がまかれ、2-3分間目を閉じなければならない。行き同様Virginは狭くて、キツイ。

6/14(日)
- ヒースロー空港:ザンビアで買ったお酒を持って歩くと、"ボトル機内持ち込み禁止"といわれて、一度空港の外に出て手荷物を預けて、再度チェックインすることに。他の3人にはできない芸当で、この時ほど、日本のパスポートを持っていて良かった、と思うことはない。
- サンフランシスコ行き:ユナイテッドが広く感じられる
- サンフランシスコ着:通関でザンビアについて色々聞かれるが、無事パスする。ところが、パキスタン人はまたもや拘置上のようなところに連行されてしまう。荷物ロビーで待つこと1時間弱、ようやく釈放されたパキスタン人と再会。次に、税関。我々は荷物を検査されず助かったが、ここでもまたもやパキスタン人が捕まり、全部チェックされることに。20分ほど待ち、無事合流。
- 夕方5時に帰宅。気温・湿度がザンビアと全く一緒であることに、改めて驚く。
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by golden_bear | 2009-06-19 06:14 | IBD(ザンビアプロジェクト)

活動メモ(1) 5/22(金)出発-5/24(日)入国 - IBD体験記(5)

5月24日(日)夜、約40時間の長旅を経て、ようやくザンビアの宿舎にたどり着きました。そこまでの様子だけでも、面白い経験が色々あったので、チームメンバーの人となりを中心に、記してみます。

まず、出発まで。5/22(金)7pmサンフランシスコ発の飛行機で行くことは前から決まっていたのですが、以前の記事でお伝えしたとおり、それ以外のことが決まるのが5/20(水)夜で、インタビュー先のアポ取りやそれに伴う現地の旅程変更など急な手続きが多発していたことと、4人全員が他の作業(インド人と私はインターン、中国人は奥さんが引っ越してくる、パキスタン人は退寮と引越し)を抱えていて、誰一人として旅行準備をまともにできた人がいませんでした。そこで、5/21(木)8pmのSkype会議で、ようやくチーム全員が作業分担してパッキングを開始し始めました。

というわけで、その後私自身はほぼ徹夜でパッキングを終え、当日朝から別件の仕事をこなしながら、大学に紙を印刷しに行ったり、前日に"良い"、と先輩から薦められたガイドブックを、偶然在庫のあった30kmはなれた本屋に買いに行ったりしてました。こういうときに限って、車を停めた位置にあったパーキングメーターが壊れてて、24分に1回コインを入れなきゃならなかったり、大学のプリンターが壊れて印刷できなかったり、本屋の帰りに事故渋滞で30分ロスしたり、と、漫画のようにトラブルが発生する。それでも、中国人と一緒に行こう、と約束していた3:15にギリギリ間に合わせて、電話をかけてみると、「え、5時に出発だと思ってて、まだ外で買い物してるよ」と。5時に出たら空港着くの6:30だから間に合って無いじゃん、と正すと、「悪い悪い。じゃあ4時に変更でお願い」とのこと。中国人の図太さにあきれながら、今度は私自身が緊急のメール処理に追われて、4時半に出発、空港に5:45に着いて何とか間に合いました。

今回のフライトは、下記のようになっております。
5/22 7pm サンフランシスコ発 → 5/23 1pm ロンドン着 10時間
5/23 8:30pm ロンドン発 → 5/24 9am ヨハネスブルグ(南アフリカ)着 11時間半
5/24 11am ヨハネスブルグ発 → 5/24 1pm ルサカ(ザンビア)着 2時間
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合計23時間半の飛行時間+9時間半の待ち+出入国・税関手続き等で、36時間くらいかけて移動していることになります。その中で起こった色々なことを、箇条書きにしてみます。

・ サンフランシスコの空港にて: 中国人がX線検査に引っかかり、大量のものを没収されていました。持ち込むほうが悪いのか、中国人だから厳しくチェックされちゃうのか、、、

・ ロンドンの空港にて: 着くなり、パキスタン人が「このプロジェクト1日早く終わらせて帰りたいから、交渉して帰りのチケットを変更してみよう」と提案。彼は帰国翌日から忙しいインターンに入るため、それを考慮しての発言だけど、恐らく全員同時に変更せざるを得ないので、皆手数料を払う羽目になる。ということで当然他の人は反対する。でも、彼は「とりあえず手数料だけでも聞いてみたい。安かったらいいだろ」とめげずに1人で交渉しにいく。その場ではいい情報が、ザンビアから再度電話で挑戦する、との事。この交渉力には驚きます。

・ ロンドンの空港にて: レストランでチームの打ち合わせをしていると、突然泣きながら我々のところに駆け寄ってくる女性が。よく見ると、フィンランドチームのMさん。聞くと、「なぜか私だけ税関で引っかかって、最終的に全く無実だったのに、延々と検査されて待たされているうちに、飛行機に間に合わなかった。」との事。とりあえずネットにつなげるPCのあった我々が、他のチームメンバーに連絡を取ってあげたり、ホテルを調べてあげたりした後、彼女は次の飛行機に乗れないかカウンターにて確認。元々予約していたフィンランド航空便はもう無いが、英国航空なら追加料金$250を払えば、運良く空きがあったそうです。さらに、この$250を肩代わりしてもらえないか、税関に交渉しに向かいました。検討を祈るばかりです。

・ ロンドン→ヨハネスブルグ: 初めてVirgin Atranticに乗りました。サービスの良い航空会社だ、とは前々から聞いていて楽しみだったのですが、実際には、「椅子が狭い」上に「椅子が狭いことを忘れさせるようなサービスが一杯ついている」。確かに、毛布を首からかけられるようになっていたり、食事もその前のUnitedに比べると格段に美味しかったり、とサービスの良さはいたるところに目に付いたのですが、長時間のフライトにこの狭さはきつく、その印象ばかり強くて残念でした。

・ ヨハネスブルグ空港にて: X線検査を抜けようとすると、中国人のチームメンバーが「通訳をやってくれ」と突然頼まれ連行される事に。遠くから見ると、中国人10人くらいが、4人くらいの警察+4人くらいの空港関係者に囲まれています。聞くと、メンバーの誰かが変な液体を持っていたとの事で、全員尿検査しろ、といわれていたそうです。恐ろしいものです。

・ ヨハネスブルグ空港にて: マンデラさんのでかい像と、アフリカ土産の数々、そしてサッカーグッズ店など、南アフリカに来たなあ、と実感します。
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事前に「この空港はスリ、引ったくりが多いから気をつけろ」といわれていたのですが、どうやらその心配は無かった模様。チームが一旦化粧室にて着替え&洗面に行くと、搭乗時間をとっくに過ぎてるのに、なかなか帰って来ず。大変あせっているのは私だけで、こういうところがのんびりしているのが、我がアジアチームの特色です。

・ ヨハネスブルグ→ルサカ: 初の南アフリカ航空。一緒に乗り合わせたのは、モザンビーク(ザンビアの東側の海岸沿いの国。マダガスカル島に面す)サッカー代表チームのようです。にしては、我々と一緒のエコノミーでの移動だったり、移動のときもまるで高校生の修学旅行みたいな扱いで、可愛そうでした。
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・ ルサカ空港にて(1)世界は狭い: まるで石垣島空港のような規模の、首都の国際空港で、「Air Zimbabue」などと書かれた機体も味がある。ついに来た!という感じでした。
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1人5分くらいかかるあまりにも遅い通関検査にいらついていると、私を見て笑っている女性が列の1つ前に。どこかで私を見たことがあると思ったらしく、話してみると、何と私が昔仕事でシカゴに滞在していた時に、同じボスの下で働いていた元同僚だったのです。彼女も今はコンサルティングを卒業し、コロンビア大学で経済学のPh.D1年生。開発途上国で女性向けの医療体制を整える仕事をしたい、ということで、ここザンビアで3ヶ月インターンをするそうです。ともかく、世界のあまりの狭さに驚きました。

・ ルサカ空港にて(2)ビザでトラブル: 1時間待ってやっと我々の番になり、通関所でビザを発行してもらう手続きに。ここで、私以外の3名(インド人、パキスタン人、中国人)は、引っかかってしまいました。我々はチーム4人とも、事前にザンビアの外務省にビザ引換証を発行してメールで送ってもらっており、これを印刷すれば通してもらえるはずでした(注1)。しかし、係員はそのビザ引換証を見もせず、私には「あなたは日本人だから、この場でビザを発行すればOK」と言われて、本当にすぐ(とはいえ3-4分もたついていたが)発行。他の人は、「ザンビア外務省が、この連絡を我々に伝えてないから通せない」、との事。その後、「もし、引き受け先の住所から誰か来てくれれば、保証人として認めてやる」と言われたため、クライアントに携帯で電話してみる。iPhoneが電波をキャッチしたもののそもそもザンビアでiPhoneから国内に電話する(注1)って、どういう番号を最初につけたらよいのかすら、税関の人に聞いても誰もわからず、ありとあらゆる可能性を試したが、結局全く反応ない。繋がったのかどうかもわからないまま、3連休の中日の日曜日だし、どうするの、という感じで時ばかりが過ぎていきました。

ここで感じたのは、もしアメリカなら拘置所のようなところに閉じ込められるはず、と考えれば、ザンビアはいたっておおらかでオープン。係員も「お前らどんな爆弾を隠し持ってるんだ」などと笑いながら脅していましたが、こんな風に写真を撮っても、全くおこられません。
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待つこと3時間。結局、運良くパキスタン人の元会社の後輩がたまたまザンビアの携帯電話会社Zainに出向しており、彼が迎えに来てくれて引受人になってくれたことで、無事3人とも通関できました。もし彼が来なかったら、丸1-2日空港で足止めになったかもしれない、と思うと、本当にラッキーでした。

・ ルサカ→ゲストハウス: 
空港には、元イギリス植民地らしくBarkley銀行があり、ここで両替します。(ライフルを持った人がいたため、写真は取れず)。$1=約5,000Kwaということで、当面$300を替えたら百万長者になった気分。その後空港から一歩出ると、タクシーの運転手が数人駆け寄ってくる。しかし、その駆け寄った中に1人親玉がいたのか、彼が一喝すると他の運転手は引き下がり、我々はその車に乗ることに。

空港から首都市内まで約30分のドライブでは、澄み切った青空、よく舗装された道路と、最高の景色に早速感動。
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・ ゲストハウス
当面の拠点となるゲストハウス。ザンビアの首都ルサカには、御三家の最高級ホテル(Intercontinental, Taj, Holiday Inn)があるのですが、1泊1部屋$200-300。我々は予算不足でそこには泊まれず、やや格落ちのゲストハウス(1泊$100程度)に泊まりました。こんな感じで、南国のリゾートのような佇まいに、椰子の木などが生えたバーやプールなどが(無駄に)併設されています。
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部屋の写真はなぜか撮り忘れたのですが、普通のモーテルのような感じです。1つ困ったことは、シャワーの御湯が日によって出たり出なかったり。毎回風呂にどう入るかは頭を使ったのですが、それ以外は不自由ない生活でした。

・ アーケード"Manda Hill"
そして夕食はパキスタン人の駐在の方お勧めのManda Hillというショッピングモールにあるフードコートへ。ここは、アメリカの郊外に良くあるモールと同じ形式で、日本だとイオンモールを1階建てにしたような感じです。ここで、駐在の人たちは物を買い込むことで、生活自体はアメリカや日本にいたときと同じような器具が揃います。(写真は翌日昼に取ったものです。モール内部の話は次のエントリーにて)
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肝心の料理ですが、”Curry and Hurry"と書かれたインド料理。これが本格的なインド料理で、とても旨い。インド人に言わせると、「アメリカのどのインドレストランよりここの方が旨い」とのこと。値段は1人$10くらいで、やや高めですが、(この日時点では)この味なら納得という感じでした。
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(注1) 実際、サンフランシスコとロンドンの空港では、このザンビア向けビザを見せることではじめて航空券を発行してもらえた。

(注2) 結局iPhoneからはとても高くなるので、Zainというアフリカ数カ国で事業を展開しているローカルのキャリアが提供している、プリペイドの携帯電話をチーム共用で使うことにしました。アフリカでは、携帯は基本的にプリペイドになっており、どんなに小さな町だろうが農村至るところにZainの立て札があり、どこでも金額補充が可能(プリペイドのチケットを買って、スクラッチ:銀色部分を擦って削り、中の番号を入力)です。
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by golden_bear | 2009-06-18 09:31 | IBD(ザンビアプロジェクト)

無事帰国! と今後の記事方針 - IBD体験記(4)

大変更新が遅れていましたが、毎日が驚きと刺激に満ちたザンビアの3週間滞在から、ようやく戻ってきました。撮った写真/ビデオは1,500枚以上。最後の36時間フライトからアメリカ入国までハラハラドキドキしっぱなしのこの1ヶ月弱の経験は、これ1つだけでも間違いなくHaas MBAに来た価値があった、と、心から思えるものです。様々なトラブルに見舞われましたが、全く大きな怪我・病気をする事無く無事戻ってこれたことを、この場をお借りして、事前・現地の調査に協力して頂いた全ての方々、様々な準備を手伝ってくれた妻、そして丈夫に生んでくれた両親に、感謝したいと思います。

あまりにも記事にしたい内容が多すぎてどこまでできるかわかりませんが、今後時間の許す限り下記のような内容をブログにアップしていきたいと思います。

- 活動メモ(1) 5/22(金)出発-5/24(日)入国まで
- 活動メモ(2) 5/25(月)調査開始-6/14(日)完了まで
- プロジェクト(1) ザンビアにおける有機綿花産業の可能性
- プロジェクト(2) Snarewearのマーケティング
- 週末旅行(1) ビクトリア滝・リビングストーン・ジンバブエ国境
- 週末旅行(2) ルアングウァ国立公園(サファリ)で見た野生動物達
- 文化(1) ザンビアと日本
- 文化(2) ザンビアの衣食住
- 文化(3) カルチャーショックと学び
- 携行品とおみやげリスト

この頭出しとして、本日はMIT Sloan遊学記さんが記事にしていた内容を目撃した話を載せておきます。6/1(月)に工業地域へインタビューしに行ったのですが、そのすぐ脇のマーケットにて、タンザニアの港から大量に運ばれて国内で流通している古着"SALAULA"を売っている現場に遭遇しました。実際にこれらの古着は1着$1-2で売られており、このせいで本当にザンビア国内の製糸/縫製/アパレル産業は、ほぼ壊滅してしまっていました(注2)。なお、車の中から撮影している理由は、「窓を開けて写真を撮ろうとすると、カメラごと強盗に会う」からです。
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(注1) ザンビア国内の製糸産業は、2008年末に最後の1社が倒産し壊滅。これを受けて縫製産業も大手3社が軒並み撤退模様、アパレルメーカーは隣国ジンバブエ(ここも経済は崩壊していますが)等から生地を輸入せざるを得ず、我々の試算によると$2では原価すら超えてしまう可能性がある。
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by golden_bear | 2009-06-17 22:55 | IBD(ザンビアプロジェクト)


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