A Golden Bearの足跡


UC Berkeley Haas School (MBA) における、2年間の学生生活の記録です。
by golden_bear
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誰も望まないプロジェクト - IBD体験記(3)

ザンビアでここ2-3日は奇跡的にネットに繋がる(かなり遅いですが)ので、画像の少ない記事をアップして見ます。

IBDのプロジェクト、チームが決まり、ザンビア行きが決まったのは、1月の末のことでしたが、その後出発まで何をしていたか、スコープがころころ変わった様を中心に、書いてみます。

(1) 1月: 有機綿花認証プロセス設計プロジェクト in ザンビア?
まず、1月のチーム立ち上げ時点で「恐らくザンビアにおける、有機綿花栽培の認証プロセスの構築プロジェクトになったけど、最終確定ではないので、まだクライアントにコンタクトせずに自習しててくれ」、と言われたまま、ずっと最終確定しなかったので、2月中はひたすら予備調査として、過去のザンビアのプロジェクト資料を読んだり、先行していたマダガスカルにおける有機綿花栽培の、認証プロセス、サプライチェーン構築の2チーム8人の進捗を横目に見ながら、学ぶという形でした。


(2) 2月: 有機綿花認証プロセス設計プロジェクト in ウガンダ?
そうこうしているうちに、2月中旬に「もしかしたら対象国がウガンダに変わるかもしれない」といわれて、急遽ウガンダについても調べ始めました。実はマダガスカル・チームに引っ付いて予備調査した結果、ザンビアはMBA生4名を雇ってまで調査するには綿花産業そのものの規模が小さすぎる事が判明。このため、既に産業が発達しているウガンダの調査になったのだろう、とチームでは考えていました。というわけで、3月頭までザンビアとウガンダの両輪で調べていました。


(3) 3月: 環境保全綿花栽培への投資判断
すると、3月中旬に突然クライアントが確定し、プロジェクトも下記のように決定しました。「ザンビアにおける、環境保全綿花栽培(Conservation Cotton)事業に対する投資判断」。背景をもう少し説明しますと、クライアントはニューヨークに本拠地がある動物・環境保全のNGOで、数年前にザンビアで網羅的に活動を行うための合弁団体をザンビアに設立しました。この合弁会社のプロジェクトの可能性として、ザンビアの農家に環境保全活動を行わせたいのだが、その候補で綿花農家がありうるか、ということです。これには下記の要素があり
- 市場側の調査:「環境保全活動により作られた綿花または綿織物」が高く売れる市場/顧客、あるいは寄付金をつけてくれるような団体はありうるか
- オペレーション側の調査: 実際に農家は環境保全活動と有機綿花栽培を両立できるのか、また仮に高く売れるとしたらその利益を誰がどう分配すべきか
- 全体像: 本社側から投資する価値があるかどうか。そのメリット(採算、社会的インパクト、環境インパクト)、体制、タイミングはいかに設計/判断されるか

この連絡を受けるや否や、3月13日に試験中にもかかわらずニューヨークとザンビアをまたぐ第1回のSkype会議、そして翌週にクライアントが2泊3日で突然やってくることになり、急遽突貫工事で予備調査のまとめと、プロジェクトの進め方の提案資料を作成し、プレゼンを実施。4月までに市場調査側を終えて、その結果を元に5月にオペレーション側のインタビューや訪問先を計画していくことになりました。


(4) 4月:環境保全綿花栽培の、サプライチェーン構築事業?
その後春休みのJapan trekを経て、4月に市場調査を始めたのですが、ここから徐々に暗雲が覆ってきます。まず、有機綿製品を強く推進している数社にインタビューをしてみるも、どこも「この世界大不況で今は有機綿でも高すぎて全然駄目なのに、ましてや環境保全なんてやってる場合じゃないよ」といった反応。この結果を受けて、クライアントと、「さらに市場調査を深堀りたいのか、市場調査はここで切り上げてオペレーション側を深めたいのか」を判断するためにミーティングをセットしようとしたのですが、「急に4月7日から30日まで出張続きになって、全く対応できないから、そちらのチームで思うように進めてて」との反応。仕方なく、一度市場側の調査を打ち切り、ザンビア側の調査に。ザンビア向けに既に有機綿花事業に検討している団体2-3社から状況を聞きました。

この中で、1社環境保全に力を入れている某ブリティッシュ・ロックバンドのカリスマ歌手の会社(ライブでTシャツを売っている)が、このニューヨークのクライアントと数年前から提携しながら検討をしており、CEOにその状況を聞きました。すると、予想通り一番の問題は、サプライチェーンということに。ザンビアの場合、綿花農家の数は一杯あるのだが、その後綿花を糸→布→Tシャツと加工していく綿織物加工産業が、過去数十年かけて中国・インド・ブラジル等の国に負けて壊滅状態。したがって、どうしたら今ザンビアで売れ残ってしまっている綿花を安く後工程に運べるか検討してくれると嬉しい、と。具体的には、「ザンビアでトラックを一台調達し、タンザニアを経由してウガンダまで運んでみて、何が起こるのか、どうしたらコストが下がるのか見てみるのがいいんじゃないか」と(下図)
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ほんとにここまでやるのか?と半分冗談にも思いながら、とりあえずニューヨークとの連絡が取れない以上、この線でプロジェクトが設計されていきました。


(5) 一旦白紙に?
次にザンビアの合弁会社側で、綿花事業をずっとやってきた方にインタビューをしたところ、この方は、とても知識・経験豊富で、ザンビアに着いたら彼を最重要クライアントメンバーと見立てて一緒に働くんだろうな、と想像していました。ところが翌日、ザンビア合弁会社側のトップ(かつ、過去我々のIBDプロジェクトをザンビアで幾つも一緒に実施している人)から、「彼は5月末まで他のプロジェクト専任だから、一切連絡を取らないでくれ」とクレームがつけられました。

なんかおかしいな、と思いながら4月末まで途方にくれていると、下記の悲惨な状況が徐々に明るみになってきました。

- クライアント側で、ニューヨーク本社とザンビア合弁会社の対立: US側が調査したい綿花事業は、ザンビア側ではやりたくない。というのは、目の前にもっと重要なプロジェクトが一杯走っていて、有機綿花に一切リソースを割きたくない。したがって、貴方達のチームに協力できる体制には無い

- 2009年以降のマダガスカルの政情不安: 我々の先を行って調査していたマダガスカルの2チームの大元のプロジェクトが、政情不安で続行不可能に。ニューヨーク本社が、マダガスカル対応、及び打ち切りになった2チームを急遽別の国でプロジェクトさせる再設計(注1)に終われてしまい、ザンビアどころではなくなってしまった。

うーむ。何だか「先進国側から現場にやらせたいプロジェクトをたくさん提案、発注するけど、現場は目下全然違う課題(しかもトップダウンで振ってきたものよりも有益)を抱えていて、それに対応できる状況じゃない」という、グローバル・マネジメントにおける非常に古典的な組織課題に直面してしまいました。前職のコンサルタント時代の仕事の7-8割が国際的なプロジェクトで、その全てでこのような海外親子の喧嘩に毎回直面し、おまえもか!、と思う一方、この手のプロジェクトは上手く仲裁役になりきれれば、短期に面白いインパクトが出ることが経験的にわかっているので、チームメンバーはぶーぶー文句を言うものの、私は個人的に楽しみでした。とはいえ今回はそんな悠長なことは言ってられず、このままでは我々が現地で手も足も出せなくなってしまう、非常に大きなリスクがあります。とはいっても、我々のクライアントであるニューヨーク本社が動かないと何も起こらないのに、本当に文字通り3週間音信普通で、不安が募るばかり。教授もかなり怒っていましたが、とにかく待つのみでした。


(6) 5月: ザンビアの有機綿花産業立ち上げ可能性調査 & Snarewearの調査
ついに、ザンビア合弁会社側から「他のマネージャーが突然病気で長期休養を余儀なくされたので、6月以降も綿花担当マネージャーの時間は割けなくなった。したがって、プロジェクトそのものの変更をお願いしたい」ということで、突然Snarewearというプロジェクトをやってくれ、との提案がありました。このプロジェクトは、ザンビアで禁止されている野生動物の密漁を行うためのワナ(Snare)が、撤去されて在庫のように積みあがっており、それを原料としたアクセサリーを作って売るビジネスが出来ないか、というもの。つまり、ワナ(Snare)から身につける(wear)アクセサリーを作ることで密漁をやめさせる、というメッセージのこもったフェアトレードの商品になるわけです。

「こんなの突然言われても、、、」という感じの中、5月8日(金)に久しぶりにニューヨーク側と会議ができたので、そこで進捗の発表と共にスコープの再確認をすることに。この時点で、元々の環境保全綿花栽培については、少々の修正(環境保全より有機綿花そのものにフォーカス、現地ではサプライチェーンより農家を重点的に見る)を加えただけでOKが出ました。そして、Snarewearをやるかどうかは週末に自分達で確認し、月曜日に教授と話す、という予定でしたが、月曜日の朝にニューヨーク側から正式に「途中まで進んでいるSnarewearの報告書があるので、その続きをできる範囲ですすめて欲しい」との依頼があり。

5月11日(月)に、IBD参加者全20チームが何をしに行くのか、全員の前でプレゼンをした際には、Snarewearの話はせずに有機/環境保全綿花栽培の話をしました。その後、教授と再度相談すると、「この状況だと、まずニューヨーク・ザンビア双方が納得した形で、どちらのプロジェクトをどれくらいやって貰いたいのかきいて、それを元に3週間のプロジェクトプランを組んでこちらから提案、確認を取ってもらうしかない」。ということで、そうして連絡待ちになりました。

この後は、毎日教授から、ザンビアから、ニューヨークから、いろんな思惑の噛み合ったメールが何回か飛んできて、非常に政治的な駆け引きが裏であったようなのですが(もう1つ完全に別のプロジェクトに入れさせられてしまう可能性もあった)、ついに、5月15日(金)に、教授より「残念ながら今回はザンビア側の支援を全く受けられないので、今回はIndependent Study(独立調査)という形で調査してまとめて、最低ニューヨークに頼まれた分については解答できるようにしてくれ。ひいては、本来ザンビア側が協力して用意してくれるはずだった、現地のホテルや移動手段、インタビュー先の依頼などは、全て貴方達で自力でやってくれ」というメールを受ける。おいおい、これじゃあ最終成果としてニューヨーク側に何を言おうと、結局現場のザンビア側が動いてくれないと何もできないから、インプリできないじゃん、と教授に話すと、「それは貴方達が面白い成果を出して、最終報告だけザンビア側でやらしてもらって、ザンビア側の気が変われば大成功だし、気が変わらなければニューヨーク側に無理、ということが伝わるから、いずれにしても意味はあるよ。」との事。まあ、現地であまり干渉を受けずに、独立して動いた方がインタビュー先から良い情報がもらえる可能性もある(もちろん、怪しまれる可能性のほうが高いが)し、何より独立調査だから気楽に自分の思うように自分の調べたいことを調べて、成果として楽しく纏めよう、とプラスに考えることにしました。

それよりも痛いのは、ザンビア合弁会社の名の下に種々の訪問やインタビューする予定だったため、一緒にプランを練るはずだったのに、それが出発1週間前に突然「全部自力でやれ」、と言われても、、、急遽ホテル取りから車の手配、インタビュー先候補のリストアップ、事前にメールでのアポ取りや、追加インタビューまで、出発前の1週間に駈けずり回る嵌めになりました。これは結構しびれる作業で、もともとこの時期は期末試験が終わった直後の唯一の休みのため、チームメンバーは皆それぞれインターンを1週間だけ始めていたり、引越しなど、予定が目一杯詰まっていたのでした。私も妻の母にせっかくはるばるバークレーまで旅行しに来ていただいたのに、ほとんど何もおもてなしもできず、ここにお詫び申し上げます。。。

とりあえず、なぜかHaasに数人いるザンビア経験のある友人のうちの1人の知り合いの取引先(!)が、現地の有力者の斡旋などで我々に多大に協力してくれることになるなど、非常に多くの幸運にも恵まれ、出発前の段階で、インタビュー先も最大20-30箇所程度洗い出せました。訪れそうな場所(週末の観光も含め)は、下記になります。このように紆余曲折ありましたが、3週間、全く未知の世界を存分に楽しんできます。
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(注1) 元マダガスカルの2チームのうち、1チームはザンビア及び西アフリカでの胡椒ブランドのマーケティング、もう1チームは南アフリカに配備されたのですが詳細不明で今は何故かドイツで種々の会議に参加しているとの事。
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by golden_bear | 2009-05-27 13:10 | IBD(ザンビアプロジェクト)

第1回 Haas Talent Show への出演

2週間前になりますが、5月7日(木)に第1回Haas Talent Showが開催されました。同級生の台湾人Eさんが昨年に内輪のホームパーティーでやってみたところ、大盛況だったので、大学に説明してイニシアチブとして立ち上げたものです。私もいつの間にか巻き込まれて、妻と共に出演者として参加したので、その様子も含めて報告いたします。

まずは参加までの経緯について。このTalent Showの2ヶ月ほど前、私と一緒にビジネスプランコンペティションに参加していた、ギタリストでイスラエル人弁護士のEさんが、「Talent ShowのMusicの取りまとめになったので、お前もなんかやってくれないか?例えば、浴衣を着て日本の曲を演奏する、とかでいいから」と声をかけて来ました。この時は、どんな会なのかも何もかもわかってなかったので、生返事だけして、とりあえず考えとく、と言って頭の片隅にとどめておきました。その後、Japan Trekからの帰国直後に、オペラ歌手のJさんより、「エントリーの締切があるよ」とのメールを頂き、思い出すことに。Jさんの歌が聴けるような会になるなら、という事で、前向きに考えることにしました。

まず、どんなパフォーマンスを誰とするか。幾つか選択肢があったのですが、ここは10分ほど考えてすんなり、妻とピアノの連弾をすることに決めました。その理由は、

- 今回はどうしても楽器をピアノにしたかった。というのは、これは自分の中でかなり面白い発見だったのですが、昨年夏にバークレーに来てからは、12年ぶりにピアノを弾くモチベーションが薄れたのです。そして何故過去ピアノを弾くモチベーションが高かったのかを考えると、当時考えていた理由(注1)とは違う新たな意味として、ピアノが常に人生の気晴らしだったことに気付きました。浪人中は受験勉強、大学3年まではバレーボール・勉強・バイト、大学4年以降は衛星製作、就職後は勿論仕事、と、常にストレスとプレッシャーの溜まることを人生のメインにおいていたため、いつの間にかピアノを弾くという行為が、気晴らしになっていたようなのです。これは、忙しければ忙しいほど、余計5分でも合間を見つけて定期的にピアノを弾いていたことからも、頷けます。ところが、バークレーという環境に来て、今まで感じていたようなストレス&プレッシャーから一切解放されてしまうと、ここでやることなすこと全てが気晴らしになってしまったのか、ピアノを弾こうという気が全く起こらなかったのでした。というわけで、今回はピアノを弾く事を、気晴らしではなく主目的にすることで、何が起こるか試してみたかった
- いつも裏方の妻をたまには表舞台に立たせてあげたかった
- 今学期はあまりに自分のことで手一杯になりすぎていたので、妻との共同作業を強制的に入れることで時間を作ろうと考えた
- またピアノ連弾は、他の人はなかなかできない、被らない演目のはず

次に、曲選びなのですが、これが思ったより全然難航しました。そもそも連弾の曲に名曲が少ないのと、仮に曲があったとしても楽譜が無い、そして楽譜を見ると難しすぎてだめ、の3重苦がありました。これらを解決するために取ったのは、下記3つの方法です。

(1) インターネットの無料楽譜サイトの徹底的な調査:
飛び道具的に、一気に3つの問題を解決できるシンプルな方法です。せっかくですので、チェックしたサイトを下記に並べてみます。
Piano Four Hands Sheet Music and Duets. Free downloads of classical piano music.
IMSLP
Free-scores.com : World Wide Free Sheet Music (Directory and Direct Download)
Horowitz Scores Online
試聴できる究極のピアノ連弾通販サイト
連弾ネット
楽しい連弾の部屋:ピアノ・デュオの世界
あそびのピアノ連弾
d-score 童謡、唱歌、クラシックの楽譜ダウンロード
欲しい楽譜を1曲から簡単購入 ヤマハミュージックメディア「ぷりんと楽譜」
楽譜の風景 ~ ピアノ演奏の科学的アプローチ&面白楽譜達

見てわかるとおり、日本語のサイトがとても多いです。これは、単に私のGoogleの設定がいけないだけかもしれませんが、もしかしたら、ピアノ連弾、というニッチな業界においては、英語母国語圏よりも日本語圏の方が需要が高いのかもしれないです。ドイツ語、イタリア語が使えれば、また違う結果になりそうですが、いずれにしても国際公用語になっていないこういう世界では、まだグローバルスタンダードのビジネスが生めるのかもしれません。

とはいえ、どれも帯に短したすきに流し。2台ピアノはともかく、1台4種連弾だとなかなかいい曲が出てこないのです。また、 試聴できる究極のピアノ連弾通販サイトなんかは編曲はとても良いのですが、楽譜郵送だし、外国人聞いてもわからないし、もったいない。というわけで、結局調査は難航です。

(2) インターネット一般検索:特にYouTube
これもやってみたのですが、YouTubeで連弾またはPiano Duoとやると結構面白い映像が出てきました。しかし、数がまだ少なく、また自主編曲っぽい投稿が多いので、やってみたい曲(ボヘミアン・ラプソディとか)はあっても、結局手に入れられそうにありませんでした。

(3) 大学の図書館:
実はバークレーは音楽大学としても有名で、学生であれば無料の練習室や図書館を使い放題であることに、最近気付きました。この図書館、建物は最近新築され素晴らしいのですが、楽譜は古文書のような扱いで、「自分で弾きたい連弾曲」を探すためには非常に検索しずらく、骨が折れました。


こんな感じで、一巡してどうしたものか、と途方にくれていたのですが、思わぬところからのアドバイスがあり、一瞬で曲が決定しました。「この前ヨハン・シュトラウスを姉妹で連弾したのを聞いて、良かったわよ」という話を妻の母から偶然聞き、早速大学の図書館で手に入れて「美しく青きドナウ」弾いてみたところ、10分弾ききるには長くてだれるが、はしょれば丁度よさそうな感じで、採用になりました。さらに、「何十人パーティーに来るのかわからないが、ダンスなどもある中で、この曲だけでは盛り上がりに欠けると」、考えて、あそびのピアノ連弾さんにおいてあった「カルメン前奏曲」を加えることに。主催者の要請もあって、6分以内といわれたので、ドナウを3分半にまで大幅に削って、カルメンをそのまま残すことにしました。念のため、この2曲のオケ版をYouTubeから引用しておきます。(カルメンのピアノ版は、あそびの連弾リンクからMidiで聴けます)


こうして、曲が決定したのが2週間前。しかし、ここからが私にとっては地獄の日々でした。何しろ、ピアノを専門的に学んで来た妻にとって、(注1)に書いたような理由でピアノを弾いてきた私の演奏や練習スタイルは、全く受け入れられないらしく、毎晩毎晩練習するたびに大喧嘩をする羽目に。まあ、コンフリクトがあればあるほど完成度が高まるということで、結果的には良かったのだと思います。

そして当日。400人入るはずの講堂は、立ち見が出るほどの超満員で、さすがに私もこれだけ多くの観客がいる前でピアノを演奏するのは初めてです。というわけで、やる前から結構緊張。しかし、連弾は2人いてごまかせる分だけ舞台の上ではさほど緊張しないで済むことを思い出し、どうにか落ち着きました。

何回も衣装替えをした司会の3人組。面白かったのは、途中で"Twitterで司会にコメントを送ろう"、というイベントを始めたところ。面白いコメントを間のつなぎで使ったりしていました。
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就職先が無いことに始まり、2年間の愚痴を延々と風刺で歌う5人組のバンド
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アコースティックギターのジュークボックス
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パッヘルベルのカノン
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この次に我々の演奏。Japan Trekなどもあって名が売れていたらしい私は、入場の時から声援をかけられることに。最初の方は特に間違えまくってしまったのですが、選曲がばっちりはまったのか、カルメンの最後の方からは手拍子が始まり、最後はスタンディングオベーションをしてくれた人もいて、かなり気持ちよかったです。

Jさんのオペラ。工学と音楽学のDual Degreeで、オペラハウスのマーケティングをやってきた彼女の歌声は、プロでも通用しそうに上手い。当然スタンディングオベーション。
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バレーボーラーC君の引き語り。前のジュークボックスも筝ですが高音が出ていて異常ににかっこ良い
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主催者Eさん率いる中国舞踏団。坂本龍一の曲に併せて、羽衣の長いすそを新体操のリボンのように躍らせる不思議な舞踏
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C4Cのチアリーディング
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ボリウッド・ダンス。みんないつ服を準備して練習したんだろう、というくらい揃った出来
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EWMBAの方で、インド舞踏の銀メダリストによる、ソロ・ダンス
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前座としてサルサを踊る男女
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ここで、本日一番の盛り上がり、チャチャチャとジルバ。今まで何度か日本人による競技ダンスを見たことがあるのですが、背の高い白人男女が流れるようにきびきび踊ると、圧倒的にかっこよさが違いました。
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ピン芸人によるコメディ・トーク・ショー。アメリカにもあるんだなあ、と目から鱗でした。内容は、時事問題と大学で起こった出来事を絡ませて笑いを取る、という、日本の1人漫才と変わらないもので、笑ってしまいました。こういうの、英語の練習によさそうです。
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本日のサプライズ。学長のギター弾き語り。上手い。いつもスピーチではかっこよく、リーダーらしく強く語りかける学長が、裏では色々なことに不安を抱えている、とぼやく内容で、皆の共感を得ながら盛り上がっていました。
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そして、最後のイスラエル人Eさん率いる、バンドの時には、ステージに人がよじ登って盛り上がっていました。
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というわけで、第1回目ながら大きなトラブルも無く、大成功の形でやり遂げた主催者の方々、特に盛り上げるために何回も出演した、Eさんの友人の台湾・中国人の方々には、本当に敬意を表したいと思います。来年は、卒業記念に日本人や韓国人という形で、何かできたらよいなあ、と考えた、1年の締めくくり(注2)でした。


(注1) どうでも良いですが、よくピアノを弾きながら考えていた「何故ピアノを弾くのか」は、下記のようなことです。
- プロジェクトマネジメント(Xヵ月後の演奏会に、Xだけのリソースを当てて、投資練習量対演奏効果を最大化するプロジェクトを年数回実施する)
- アマチュア・マーケティング(このブログと同じく、全くお金を貰わない状況で、好き勝手に自分を表現するのがアマチュア・ピアノだとすると、のびのびと客商売の予行練習を行いながら、さらにフィードバックを貰うことができる。)
- 話の種(特に外国でたまたま置いてあるピアノが弾けると、友人作りのきっかけになること多し)
- 緊張感のコントロール(定期的に演奏会に出ることで、緊張をなくす方法を考える)
- 脳の活性化(指を動かしながら、天才が生み出した音を耳に入れる)
- 仕事のアイデア出し(例えば、楽譜はものづくりのマニュアル、と考えると、同じ楽譜を解釈してもプロと自分とで全然違う音楽になるように、熟練工はマニュアルを完全に自分のものにしてさらに高めるのに対して、初級工はマニュアルを守れない。両方ともマニュアルに従わないのに品質に雲泥の差が出るものづくりをする。このように、自分がピアノを弾くことに、どう初級工のスキルを上げるかのヒントが隠されている)
- 自分の健康のバロメータ(品質のばらつきが標準との差異となるように、自分の目に見えない疲れは演奏すればわかる)

(注2) 本日より3週間、ザンビアに向けて出発します。インターネット環境がどうなるのかわかりませんので、最長3週間アップデートできない状況と思いますが、書く内容は想像もつかないくらい多くなりそうなので、乞うご期待、お願いします。
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by golden_bear | 2009-05-21 20:06 | 学校のイベント

JGRB 立ち上げの舞台裏と振り返り

以前お伝えしていた春学期のプロジェクト(授業以外)の1つに、さりげなくJGRB (Japanese Graduates and Researchers society at Berkeley:バークレー日本人研究者会)を立ち上げる、というものがありました。本日、JGRBホームページを一般公開することで、1つの区切りがつきました。本日は、立ち上げの舞台裏について、経緯について記してみたいと思います。
(1) 立ち上げの動機ときっかけ
(2) 幹事の構成
(3) スケジュール
(4) マーケティング
(5) オペレーション
(6) 今後の指針


(1) 立ち上げの動機ときっかけ
設立の経緯につきましては前の記事(最後のパラグラフ)を参考にして頂きたいと思います。ただ、これをもう一段深掘って、何故私が立ち上げなければならないか、また、何故このタイミングか、の2点について述べてみます。

前者の何故私が、は結構明確で、恐らく他の誰よりも私自身に立ち上げることのベネフィットがあったからだと思います。既にUCバークレー公共政策大学院留学記さんなどから、自分のバークレー生活の目的が変わるようなアドバイスを頂いていたりすることで、この会を立ち上げた場合のベネフィットの大きさを感じていました。またこの会全体を見渡して「私費留学生」はほとんどいない事から、留学に対する投資対効果を大きくしたい、という意味で、分母=投資が他の方々より大きい私が立ち上げるのが一番、当事者意識を持って続くだろうな、と思ったことがあります。ちなみに、当初"founder and president"と履歴書に書けるメリットもあるのでは、と下世話な考えもあったのですが、実際には就職活動でこの点を突っ込まれることは皆無。むしろ米国企業向けには日本人色が強まってよくない場合すらあるかもしれないです。

後者の何故このタイミングか、は、結構衝動的で、決断した瞬間は2回あります。1回目はワイン畑に囲まれたゴルフ場: 初の18ホール体験の記事の最後に、ゴルフとは全く関係なく出てきた韓国料理屋にふらっと現れた某Aさん。2回目は、無力感とやり切れなさを感じた事件(1/2)インド人との交渉の忘年会後に、当日キャンセルした数名から、集金するために1月中旬に開催したランチに現れた、某Tさん。勿論、その他の飲み会でも毎回毎回様々な素晴らしい出会いがあったのですが、その本編と関係ない小規模な集まりで、この御二方と偶然お会いできたことで、「バークレーには今までの人生で全く会った事のない、とんでもない人種が隠されている(Aさん、Oさん、すみません)」ことに確信を持ち、どうにか上手く継続して面白い人々を発掘する仕組みが作れないかなあ、と1回目の時に思い立ち、2回目に実行に移す決断をしたわけです。人間、何かを立ち上げるには、明確な動機ときっかけと他人の後押しが重要なんだと思いました。


(2) 幹事の構成
この直後の1月下旬より、私を含め社会人大学院生と理系のPh.D1年生(注1)より各2名ずつ興味のありそうな人に声をかけて、隔週程度に集まりながら学生団体立ち上げのプロジェクトを進めてきました。幹事4名にしたのは、下記のように継続に重きをおきたかったためです。

- 人の発掘が目的なので、大学の正式団体として登録したかったのだが、それには最低4名が試験に合格して幹事として登録される必要があった。
- 2年制以上のプログラムで毎年日本人の入学が見込める社会人大学院生(MBA,MPPなど)に、持ち回りで代表、副代表をやってもらうようにしたかった
- また、Ph.Dの1年生を巻き込めれば、数年間この会に携わってくれる可能性が高い
- せっかくクラウド・コンピューティングの時代になり、その中心にある地域の研究者団体なのだから、立ち上げ時から運営コストを極力下げた効率の良いスリムな組織にしたかった。4人ならば、トップダウンで立ち上げるために必要十分な広さの意見とスピード、当事者意識がバランス良く得られるはず、との読み。
- あまりある特定の学部の勢力を強くしたくは無かったので、基本的に各学部から1名の選出にした

上の3点については間違っていなかったのですが、下の2点については今後もう少し柔軟な運用ができるように、必ずしもこの形で制限する必要はないと考えています。


(3) スケジュール
予実で振り返ってみます。元々の予定では、スケジュールは下記のようなものでした。
- 2月: 大学への団体登録申請を完了。この間に、組織の存在意義・ミッション・年間計画などのイメージたたき台を4人で共有する
- 3月: Webサイトを立ち上げながら、JGRB発足記念パーティーの企画、告知を行う
- 4月: JGRB発足記念パーティーの開催
- 5月以降: 年に2-3回大きな飲み会、及び、必要に応じてカジュアルな飲み会などを実施

実際には、2月のスケジュールは非常に順調に進み、ここに記載されているミッションなどは上手く共有できました。ところが、2月上旬に、UC Berkeley卒業生の大先輩である北加商工会議所会頭、及び、サンフランシスコ総領事と同時にお会いする機会があり、この立ち上げの話をしたところ、「初回は総領事を御招きして、盛大に立ち上げた方が良いので、全面的に協力する」、との有難いインプットを頂く。次に会頭にお会いした際に、iHouseの理事長を紹介いただき、1回最低数万円は使用料がかかるこの歴史的建造物を、本会の立ち上げ会場に提供していただける、という話になる。と共に、この「総領事を御招きして、盛大に」が、何となく100人規模のパーティーをイメージしていたことがわかり、立ち上げに一気に火がつきました。


(4) マーケティング
当時既に知ってた人は全員で30名ほどだったので、3倍以上の人集めが目標になりました。これは、まさにマーケティングの基本です。
- Place: iHouseで確定し品格を高める
- Product: 集まる人と、提供されるコンテンツ(食事・酒)で勝負。前者は、地域のネットワークのコアになりそうな方をゲストとして招待すること、日程の調整で工夫をし、後者は地域の安価で美味しい料理を出す店を、他の日本人団体などに聞いて発掘、交渉。
- Promotion: どう70人追加して発掘するか、メーリングリストに聞くことから始まり、iHouse経由で日本人ビザを持っている人全員に告知メールを出す、などで追加募集。また、地域の日本人で興味ある人なら誰に対しても連絡可能、という形で、口コミで、間口を広げました
- Price: 赤字覚悟で1人$20、学部生は1人$15に設定。その代わりに、スポンサーを一杯つけるべく片っ端からあたることに。

というわけで、ゲストの招待やスポンサーの獲得は、同時期に並行して進めていたJapan Trekで身につけたスキルをそのまま横展開しながら進めました。さらに加えて、ここでも他学部の方にお願いすることで、普通ありえないであろう方が支援していただけることになったり、と、まさにネットワークの力を痛感しました。

そして、5/2の当日。名簿を見る限り、私でも半数以上は見たこと、聞いたことの無い人が、合計100人弱も集まることになり、本当に大盛況になり驚きました。(一応、iPhoneで顔の認識できなさそうな写真を掲載しました。盛況ぶりはいまいち伝わりませんが、、、)
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(5) オペレーション
一方のパーティー当日、舞台裏の運営は、ぐだぐだになってしまいました。
- アメリカクオリティを甘く見すぎていた: iHouseと事前に打ち合わせておいたサービスが全くなされず。
-- お願いしていたマイクが出ていなかったため、全員叫んでスピーチをする羽目に 
-- 会場設営は当日の朝終わっているはずが、開場時間の夜6時を過ぎた段階で、全く何も終わっていなかった
- 日本人を甘く見すぎていた: 「6時半開場といっても、皆1時間遅れくらいでばらばらに来るだろう」、と踏んでいたら、総領事効果もあったのか6時半に人が殺到
- ボランティア含め、当日のスタッフは7人(受付3人、中2人、ケータリング2人)で十分回る計画だったのだが、会場設営にほとんどの人員を取られて、受付が大混乱に
- ケータリングも、貴重な寿司は1人4貫まで、と数量制限を設けた上で、他の料理も整列して食べてもらう予定だったのだが、皆待ちきれない状況で一気に提供されて、鯉に餌をやったかのように食べ物テーブルに人が殺到することに。結果、半分くらいの人が残念ながら寿司を食べれなかった模様
- 開会ギリギリまで準備に追われたため、事前に準備していた司会進行の紙を訂正できず。頭の記憶に頼ったアドリブの来賓紹介や会長スピーチになってしまい、年長者に対して突っ込みどころ満載の失礼な紹介・挨拶になってしまった。
- 会が始まってから、予想以上にいろんな方が次々と自分の所に挨拶に来ることを想定しておらず、来賓やスポンサーの方々と重要な挨拶・打ち合わせをする時間がなくなってしまった。(というか優先順位付けがなっていなかった)

結局、初めから最後まで全体を見渡せる人を1人どっしり構えて問題解決をすべきだったのですが、恐らくそれに適任の私が現場に入ってしまった(コスト低減交渉&車を出せるため、ケータリングの食材を取りに回りに行ってしまった、)ことが一番の敗因のように思います。管理者が現場の作業に回ると崩壊することを、身をもって経験しました。


(6) 今後の方針
その後、2週間かけてWebの最終構成やメーリングリストの更新が終了し、現時点で参加者が100名を超える大所帯の団体が無事、立ち上がりました。既に、就職活動情報や地域のイベントの情報などが自発的にメーリスに流れており、立ち上げた身としては嬉しい限りです。今後、この団体がどうすればより居心地よく、また継続できるか、引き続きあと1年の間に少しずつ工夫を凝らしていきたいと考えています。具体的には、年に2-3回の比較的大規模な飲み会(Welcome,忘年会,Fairwell)に加えて、(1)に書いたような出会いや互いをより深く知るような、もっと小規模な飲み会(新橋の居酒屋風)を、定期的に開いてみたい、と考えています。また、この場を活用していろんな催し物をしたい方も、どしどし企画していただきたい、幹事もできる限りサポートしたい、と考えています。というわけで、関係者の方々は、今後もご支援宜しくお願いいたします。

(注1) こちらでは理系学部のPh.Dの1年生は、日本で言う修士1年生と同等の意味になります。修士コースを設ける大学があまり無く、学部を卒業したらすぐにPh.Dコースに入り、そこで5年程度かけてPh.Dの取得を目指すためです。
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by golden_bear | 2009-05-16 02:35 | 学校以外のイベント

Japan Trek 2009 まとめと振り返り

既に帰国から1ヶ月半が経ってしまっていますが、3月末に無事実施できたJapan Trek 2009について、幹事が当日の間どういう行動をしたのか、UC Berkeley Haas School of Business - Japan Trek 2009 - 幹事視点の日記帳にまとめてみました。今秋以降MBAに来てJapan Trekを企画する必要のある方など、興味のある方は、是非一度覗いて見てください。既に多くのMBAブログ等で、「Japan Trekの幹事は大変!」と紹介されているのですが、より具体的に何がどう大変なのかの一端が垣間見れると思います。一方、こちらのブログでは、私個人としてJapan Trekに対して何を期待し、何をしてきたかの概要を、簡単にまとめてみたいと思います。

私自身、このJapan Trek 2009については、少なくとも当初はあまり乗り気ではありませんでした。少人数制の本校では、2008年3月に第1回が行われた直後に連続でやらなくても、隔年で良いのでは、と思ってました。また同期の日本人のモチベーションが高かったことから、私費留学生である私自身は自分の就職活動を優先して、気になる所のみ手伝える範囲で手伝おう、と考え、実際にそうしていました。しかし、2008年9月以降の金融危機の中、就職難・円高・原油高・(スポンサー離れ)の4重苦により、最終的に3割程度の参加者予定者がキャンセルせざるを得ない非常事態。そしてそれでも尚、単位も出ないこの旅行に、高い費用と貴重な時間を投資して、日本に興味を持って来てくれる残り7割の参加者に対しては、他では味わえない最高のJapan Trekを経験させてやろう、という考え方に変わりました。そこで、幹事の中での自分の役割としてスポンサー集めと東京のオプションツアー作成を選択し、下記3つの「こだわり」を持ってJapan Trekという商品開発を行ってきました。

(1) 「日本とはどういう国か」に対する答えを全員が各々感じるために、出し惜しみせず十分な機会を準備する

 自分自身がもし「日本の良いところは何か」と聞かれたときに見せたいものは、旅の本編にも結構反映させました。それは例えば、広島訪問を全員必修にして平和に造詣が深い人とのディスカッションを設けたこと、自分ですら行ったことのない「杉並アニメーションミュージアム」、「歌舞伎」をリスクを取りながらオプションツアーに追加したこと、事前に参加者アンケートを取り希望のあった企業(トヨタ以外)の訪問を無理を承知でメールを数十通やり取りしてお願いし実現させたところ、などなど。このように、「Japan Trek」という名目を借りて、ある種日本をどう見せるか、という実験を行いまくったおかげで、自分自身の日本の理解、海外への日本発信の手段を一番勉強できたような気がしています。


(2) 他では真似できない、Haas MBAだからこそできるJapan Trekに作りあげる

 元々50名の登録があったのですが、最終的の参加者は33名。これ以上キャンセルされると、赤字幅が大変大きくなることから、まずはサービスの質を上げてキャンセルを防ぐことを考えました。それ以上に、去年のJapan Trip2008があまりにも評判が高く、またどのMBAでもJapan Tripの満足度が高いことは常識になっているので、今回のTrekにもある種「ヘボかったら承知しないぞ」といった参加者からの脅迫に近いくらい高い期待感がありました。そこで、我々が取った戦術は、「Haasにしかできないやり方で、身をもって日本の良さを示す」

 「Haasにしかできないやり方」、とは、合計33人という多すぎず少なすぎない参加者数に対して、比較的勤続年数が長く全員家族持ちながら互いに近所に住む日本人幹事5人(全員男)ならではのイベントや小ネタを旅行中の随所に用意したことになります。そして、「身をもって日本の良さを示す」ために、今回の旅の目的を「Love -> おもてなし(Hospitality & Customization)と規範(Standardization)」と定義、すなわち「日本のよさはHospitalityを持って何でもCustomizeし、それを高いStandardでやること。だから、幹事5人も同様にお前らの要求は全てHospitalityを持って聞き入れてカスタマイズするから、その代わりStandardは守って日本にいる限り極力日本人らしく過ごしてくれ」、というメッセージを発信し続けました。

 こんなことを言ってしまったものだから、観光案内に始まり、時間の変更、食事、通訳、使いっ走り、などなど、ある一部の参加者からは「よくこんなこと思いつくな、天才だ」と思うくらい、本当にあきれるほど団体行動を乱すための際限ない様々な要求を突きつけられ、非常に大変な思いをしました。しかし、こちらもムキになって根性比べのようにできるかぎり対応し続けた(勿論、できないものは断った)ことで、友人達と後々にも繋がる信頼関係を構築できたと共に、日本人対欧米人という関係における人の心を動かすセールス&マーケティングの奥深さを学んだ気がします。

(3) 徹底的に無駄を排除し、費用対効果を最大化する

 当たり前ですが、MBA足るものマネージャーとして収益管理ができることは基本、ということで、今回は利用した業者の可能なところすべてに対して、最低2社以上相見積もりを取ったり、自分で調べて安い料金が出てきたらそれを元に相対交渉したり、単価が下げれないならサービスをつけてもらったり。その一方で、前年にスポンサーをしていただいた投資銀行・コンサルティングファームからの、今年度のスポンサーはゼロになってしまったので、新たに可能性のありそうな20社程度の企業やアルムナイの方々にも多数、資金援助のお願いに奔走しました。結果、前年より質・量ともに多いスポンサーを実現しました。

ここまでやったにもかかわらず、計画開始時の2008年9月に$1=110円弱だった所から、あれよあれよと言う間に$1=90円を切るまで下がって行ったドルの価値との競争になり、本当にしんどかったのです。前職のオペレーション・コンサルタントの時には、「鋼材価格が上がってもそれは別枠で切り分けて考えるべき」など冷静に対処策を話すだけでよかったのですが、いざ実際に購買と営業の実務に近い経験をしてみて、実業における当事者意識とコンサルティングとの違い(及び両者の存在価値)をしみじみと味わいました。結局、最後運良く多少円安になったので、無事予定通り使うべき所(主に飲食)にはきちんと使いながら補助を出して、満足度を高められたと思います。


こうして修羅場の1週間を乗り越え無事帰ってきた3週間、4/23(木)に、Japan Trek参加者が、我々に対して自主的に御疲れ様会を開いてくれました。その際に、サプライズとしてこのような素敵な贈り物を頂き、涙が出そうになりました。
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その他、多数頂いた投稿記事の一部は、ここから読めます

最後に、今回スポンサーになっていただいた企業・アルムナイの方々、訪問させて頂いた企業・団体の方々、そして、幹事含む参加者全員に、この場をお借りして御礼申し上げます。
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by golden_bear | 2009-05-15 19:06 | 学校のイベント

ザンビア行きに必要な予防接種とは:IBD体験記(2)

1月末の記事以来、ザンビア行きプロジェクトについてはあまり書けませんでした。というのは、話が四転五転してプロジェクト自体が全然まとまらないのが大きな要因なのですが、もう来週金曜日から出発になってしまうので、確定したところから記したいと思います。

本日は予防接種について。IBDではほぼ全員が様々な発展途上国に滞在するために、行く国それぞれに必要な予防接種をうっておく必要があります。私の場合のスケジュールは、下記のようなものでした。

(1) 4/27(月) 感染症と予防接種の講義(IBD参加者全員向け)
(2) 4/28(火)-30(木) 旅行届(Waiver Form)の提出と、予防接種カウンセリングの予約
(3) 5/5(火) カウンセリング
(4) 5/8(金) 予防接種、Hepatitis Aの摂取開始
(5) 5/14(木) Hepatitis Aの摂取終了

(1) 感染症と予防接種の講義(IBD参加者全員向け)
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一般的な途上国への旅に関する心構えと共に、この写真にある病気一つ一つについて、どの地域で発生するのか、どのようなものか、どう対処すべきか、など一般的な講義。知らない単語だらけで、怖いのか怖くないのかもわからなかったのですが、後で単語を調べると日本の保健所でも教えてくれそうな内容であることがわかりました。

Yellow Fever: 黄熱病
Hepatitis A/B: 肝炎
Typhoid: 腸チフス
Japanese Encephalitis: 日本脳炎
Rabies: 狂犬病
Meningococcal: 髄膜炎菌感染症
Diphtheria Tetanus: ジフテリア・破傷風
Pertussis: 百日咳
MMR: おたふく風邪{かぜ}
Polio IPV: ポリオ
Varivax: 水痘

当たり前ですが、Swine Flu(豚インフルエンザ)のワクチンは無いとのことでした、、、

(2) 旅行届(Waiver Form)の提出と、予防接種カウンセリングの予約
 長々と4ページにもわたるWaiver Formを読んで、サインして出してしまったので、ここから先は自己責任。ということで、カウンセリングの予約の電話をするのですが、これが一苦労。電話でしか受け付けない、といわれたので、電話をしたのですが、

- アメリカの電話でよくありがちな自動応答システムで、どこにつないだらいいかわからない。毎回間違ったところに繋がってしまい、後から転送してもらう
- 転送先の電話が出てくれるまで、最低10分かかる。酷い時には、24分放置された
- 友人と一緒に受ける予定で、予約を追加してもらおうと思ったら、元の友人の予約が勝手にキャンセルされており、一から取り直し
- その友人、別の会に行こうとしたら、電話では3人でOKと言われたのに当日2人しか駄目、といわれ、カウンセリングを受けれず。しかも、キャンセル料を$20取られる羽目に。

というわけで、予約を取るのに計5回の電話、70分程度待たされました。初めから電話に頼らず、保健所の建物に直談判しに行くほうが良かったと思います。

(3) カウンセリング
キャンセルされたらたまらない、ということで、早めに気合を入れて行きました。行く前にも、4ページくらい色々書類を書かされて、当日にも1ページ問診表を書いて、どんなカウンセリングが始まるのか、と思いきや、上記(1)の写真の紙を見ながら、一つ一つ、ザンビアで発生可能性があるか、私が過去にいつ打った(可能性)かどうか確認して、絶対必要な薬、任意の薬を選ぶ。ということで、30分くらいでどの薬がいるかを確認して終了。任意の薬で今選べないものは、日本にいる母親に確認し後日連絡、ということになりました。

たったこれだけのカウンセリングに、$55取られました(涙)。アメリカの医療制度に文句を言う人が多いのにはうなづけます。

(4) 予防接種
事前に母親に過去の予防接種歴を確認しておけば、カウンセリング当日に予防接種を受けることもできたのですが、どちらにしてもその週は課題が多かったので、金曜日に日を改めて摂取してきました。合計5本の注射を、左に2本、右に2本、左に1本の順番で打っていきます。日本でよく注射を打たれるのは、二の腕の真ん中か肘に近いあたりですが、この日はむしろ肩の近くに打たれて、全然痛みを感じませんでした。「さすがアメリカ、医療技術も注射針も痛くないものにしてるのかな?」、と思っていたのもつかの間、1時間くらいすると両腕がものすごい勢いでむくんできて、「よく動かせ」といわれたとおり、動かさないと本当に固まってしまうのではないか、という勢い。その後、家に帰ると急に眠くなり、昼の2時から昏睡に入る。目が覚めると夕方で、ご飯を食べた後ちょっと出かけてしてまた家に帰るとまた昏睡。気付くと朝になっていて、結局14時間くらい寝た計算になります。

かかった注射代は、トータルで$65。私の場合は大学の健康保険が有効の薬ばかりだったため、2割負担で済み助かりました。

(5) Hepatitis Aの摂取終了
注射以外に摂取しなければならない薬に、Hepatitis Aと、マラリア向け抗生物質の2種類があります。このうち後者は現地到着後+帰国後1週間毎日飲み続けるものなのですが、前者は出発1週間以上前に、2日に1回*計4回、すなわち1週間かけて飲みきる必要がありました。この薬には下記のような条件があり、

- 空腹時以外摂取禁止
- この薬を飲んだ日は飲酒禁止。飲んでいない日も、飲酒量を少なめにすること
- 飲んだ直後に、水を大量に飲みまくる必要がある

金、日、火、木と4回飲んだのですが、毎日が送別会のこのシーズンに飲酒禁止は、結構悲しいです。(下記は5/14 End of Year Galaパーティーの様子)
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ちなみに、この薬は保険が効かないものも含まれ、トータルで$60かかりました。


結局、出費自体は合計で、$55+$65+$60=$180、と想定内に収まりました。ただ、それ以上に煩雑なプロセス含め、時間をやりくりするのが大変でした。来年以降もしIBDで途上国に行く人がいれば、少し全体のスケジュールを前倒しにして、(1)の説明を受ける以前に予防接種をしてしまったほうがいいと思いました。
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by golden_bear | 2009-05-14 22:47 | IBD(ザンビアプロジェクト)

オイル依存脱却記念日!? Better Place Live Video Conference雑感

最近Better Place社の記事ばかりになってしまっていますが、ついでにもう1つ。日本時間5月13日午後2時半(カリフォルニア時間5月12日午後10時半)より、日本でBetter Place社のプレス発表が行われており、それをWeb Live Streamingしていましたので、期末試験勉強の合間に見てみました。(詳細は、日本時間14日午後2時半以降Better Place社ホームページより見れるようです)

1時間半ほどの第1部、及び第2部の最初の10分のみ見たのですが、内容は下記のような感じでした。
第1部
- Better Place社の紹介ビデオ
- アジア地区社長藤井清孝氏、環境庁副長官?、CEO Shai Agassi氏、スピーチ
- テープカット
- (今回の目玉)CEOによるバッテリー交換技術実証デモンストレーション: 電気自動車インフラ業界の中で、Better Place社の独自性として売りに出している技術andビジネスモデル、Swapping Station(バッテリー交換ステーション)を実演していました。これは、電気自動車の利便性がガソリン車に劣る1つの理由である充電時間を、バッテリーごと充電済みのものに交換してしまうことで、ゼロにしてしまおう、というもの。今回は、全自動交換で、交換開始から終了、発車までの時間が、トータルで1分を切った、ということを、実際に車を走らせて見せていました。
- 詳細技術の解説(フランス人?)
- Q&A
第2部
- 世界の要人挨拶: 「2009年5月13日は、オイル依存社会からの脱却の日だ」、イスラエルの大統領が5日間滞在しクリーンテック技術(注2)日本との連携を議論したこと、などの発言
- レセプション

感想として、まず真っ先にあげたいのは、このデモが横浜で行われた意義です。既に導入を開始しているイスラエルやデンマークの要人が来賓として参加、最前列の投資家は全員外国人、プレスからの質問の半分はフランスやドイツの記者、などなど、この記者発表は全く日本でやる必要が無かったもののようです(注1)。にもかかわらず、今回は「日本の環境省に対する説明ができる」(CEO)ということで、わざわざ世界中の社員や関係者、記者が日本に大集結する。このBetter Placeの影響力の強さを認識すると共に、最近何かと叩かれることの多い環境省に対しても、ここではGood Jobと言っておきましょう。ただし、Q&Aのなかで、「日本で日産が電気自動車を推進できるかどうかは、政府の補助にかかっており、環境省と一緒に日産を説得したい」(CEO)という言い方をされていましたが、このような点で今後環境省、日本政府、横浜市がどれだけ迅速にリーダーシップを取っていくのか、いち横浜出身の日本人としては、それなりの期待と多大な不安で一杯なところです。

次に、ストリーミングの質の向上に驚きました。今回300kbpsでリアルタイムで流れていましたが、日本からの通信にも関わらず全く途切れることなく、普通に一昔前に外国のテレビをCSで見ているのと同じような画質、同時性、安定性が達成されていたような気がします。BetterPlace社が世界同時配信を意識して、何か特別な通信技術を使ったのかどうかはわかりませんが、こういうのを見ると世界が縮まっていることを目と耳で改めて実感します。

一方で質が向上した分、ストリーミングで見たものは違和感ありまくりでした。まずは、Shai Agassi氏がスーツを着ていたところ。カリフォルニアでの姿の印象が強いため、日本人に併せて濃紺のスーツにネクタイ、お辞儀もする、というのが全く似合わず、滑稽な感じでした。こう感じるのは、私がカリフォルニアに毒されている証拠かもしれません。

次に、言語。これだけ国際的な会議なのに、司会進行は全て日本語、日本人は記者もスピーチも徹底的に日本語で行っていたこと。ストリーミング上はこの日本語をかき消さんと言うかのように、大声の英語が流れており、実際現地の様子はわかりませんが、とても耳障りな放送でした。恐らく英語を話せる方も他の話せない方に配慮して日本語に統一した、正確を期すため、日本だから、といろいろ言い分はあると思われますが、これだけ国際人が集まる場、しかも主な発言者は全員母国語が英語で無い中、日本人のみ通訳に頼りまくっているのは、何だか国として申し訳無い気分になってしまいました。まずは自ら、私自身の英語力を向上させねばならないな、と反省です。

質疑応答に関しては、明日のメディアがどう報じるかを楽しみにするとして、個人的に興味を惹かれた点を3つほど。
- ドイツの記者が、Better Placeによる「独占」を相当気にしていたこと。BetterPlace側は一部の特許技術に対してライセンシングを行う以外は、全く自動車会社に制約は無い、との発言。
- 衝突に関する安全性は、車の骨格(シャシー)に沿ってバッテリを配置することで、25Gまで大丈夫。現在携帯電話で採用されているデザインと同じ発想。これは、前方にエンジン、後方にオイルタンクがある現在の乗用車が、その周辺を大変丈夫に作っているのに対して、新たな自動車の形状を提案する可能性がある
- 将来的な課金モデルとしては、"kmを売る"会社を目指したい。kmを移動するのに幾ら、という料金体系で、既存の移動サービスより良い提案ができる企業でありたい

特に最後の点は、どれだけ記事になるのかわかりませんが、環境問題を改善し、かつ企業として成り立つために、個人的にはとても面白い将来ビジョンだと思っています。

バッテリー交換技術のデモそのものに関しては、もう既にYouTubeに上がってましたので、下記ご参照ください。
Video: Better Place's automated electric vehicle battery switch station is faster than Melvin Dummar
素人目には、現時点で十分ガソリン交換より早そうなので、必要在庫や利便性を考えれば、これ以上早く交換する必要は無いレベルの気がします。後は技術的には安全性向上とコスト減、各社向けバッテリへの対応が課題といったところでしょうか。

最後に、興味ある方は、6月20日(土)まで横浜で一般の方も自由に見れるそうですので、下記リンクをご参照ください。私は残念ながら行けそうにないので、もしご覧になられた方がいましたら、感想等コメント頂けると幸いです。

環境省実証試験 一般公開概要(Better Place社ホームページ)

(注1) プロジェクトの雑談の中の話ですが、数週間前までシリコンバレーでやる予定だったような話も聞いていました
(注2) イスラエルでは、大統領の支持により2009年2月に19社がBetter Placeの導入を決定していることから、当然Better Placeを日本で紹介していると思われる
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by golden_bear | 2009-05-13 17:55 | 社会・風土


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