A Golden Bearの足跡


UC Berkeley Haas School (MBA) における、2年間の学生生活の記録です。
by golden_bear
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カテゴリ:学校のイベント( 42 )

(念のため告知) 11/23 The Berkeley MBA Tokyo Info Session

日本でのHaas Full-time MBAの公式説明会が、2010年11月23日(祝)7:00PMから、東京渋谷のアゴス・ジャパンにて開催されるそうです。

こちらからのサインアップが必要とのことです。

と思ってサインアップページを見てみると、既に満席のようです。もし、今からでもどうしても出席されたい方がいらっしゃる場合は、「断られてからが営業の始まり」ではないですが、その心意気をアドミッションに直接メールして交渉すれば、当日入れてもらえるかもしれませんので、試してみてはいかがでしょうか。

ただし、説明会に出たかどうかが合否へ直接影響することはほとんどないと思います(人によりますが、もしエッセイでこの点をアピールしたければ書ける、という程度)し、下手な書き方をするとアドミッションに悪印象を与える可能性があることは、ご承知ください。

受験生の皆様のご健闘をお祈りします。
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by golden_bear | 2010-11-14 00:41 | 学校のイベント

卒業式: 一区切りのセレモニー

ついにこの日が来てしまいました。式典自体は昼2時からGreek TheaterというHaasから徒歩5分のところにある屋外公会堂、その後夕方4時半頃からUC Berkeleyの時計塔Sather Tower前の広場でレセプションが開催されました。

個人的には卒業式後に締切のある最終レポートが2つ残っていたため、全然卒業という感じではなく、当日も日韓東南アジア飲みの二日酔いに苦しみながら、昼12時までレポートを書いていました。その後、卒業式用ガウンと帽子(注1)を持って、友人の車に飛び乗る。Greek Theaterの裏山のCyclotron Rdという道に、1日$10の駐車場が仮設されており、集合時刻の1pm直前には既に満車でしたが、「まだ入れるよ」と満員電車のように詰め込まれ、無理やり駐車しました。この駐車場でガウンを装着し、会場に向かいます。
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卒業生は南門、家族等は北門に集合ということで、ここで一旦家族とはお別れ。
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チェックインの際に、「卒業証書受け取りの時にどう発音して欲しいか」も併せて紙に記入します。ガウンを着た生徒達と写真を撮ったり、最後の交流を楽しみます。
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予定通り2時に「威風堂々」のBGMがかかると、1列に並んで入場。
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この屋外の卒業式、例年死ぬほど暑いと言われていましたが、最近はこの時期にしてはとても寒い日々が続いていたので、むしろ寒い方が心配で着込んでいる方が多かったです。しかし、この時間に丁度日が照って来て、最高の卒業式日和に。妻は日焼けしてしまったそうで、日焼け対策は結局必要なようです。

最初は学長の挨拶
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次にゲスト・スピーカーとしてRichard Blum氏。1959年にここBerkeleyでMBAを取得し、Blum Capital Partnersという投資ファンドを1975年に創業。また、the American Himalayan Foundationの創設者でもある方です。18年前にも一度卒業スピーチをしたらしく、この間の世界の変化を踏まえたメッセージでした。
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次に、夜間・週末コースであるEWMBAの方に対する卒業証書授与式。金曜日ですが、1学年240人のほぼ全員が出席していました。最初に学長から「ほぼ皆さんシリコンバレーで働いていることから、5時に仕事を終わらせ1時間ドライブしてHaasに来て、6時から9時半まで授業を受けて、また1時間かけて帰宅する。こちらはフルタイムMBAと全く同じ基準の講義と評価を提供しており、この生活を3年間続けられて修了したあなた方の努力は信じられない」、といった紹介があった後、成績最優秀者の表彰。GPA(注2)が3.95というとんでもない成績をたたき出したのは、eBayのエンジニアの方でした。

続いてのEWMBA学生代表からのスピーチが、とても感動的でした。授業中に教授やクラスメートから受けた印象的な学びやエピソードを話したあと、「3年間、本当に夜間も休日も全て潰してMBAを取得できたのは、教授とスタッフの方々、そして、家族と子供達はじめこの決断を許して支えてくださった人々のおかげです」と言うや否や、全員起立し、参観した家族に全員で感謝の気持ちを述べ、大いに盛り上がりました。
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そして、1人1人に仮の卒業証書が手渡しされます。この時、小学生くらいまでの子供を一緒に壇上に上げて、卒業証書を一緒に受取っている方が2人に1人くらいいました。まさに、家族や子供と2人3脚で3年かけて取得したMBA、という気持ちがひしひしと伝わってきました。
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いよいよ、我々フルタイムMBAの授与式です。まず最初に成績最優秀者。こちらもGPAが3.92というこれまた素晴らしいスコア。彼女はロシアでインターンをして、2年生の時には日本語を勉強し、卒業後はオーストラリアで働く、という、とても国際派な方です。
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次に、成績以外でのHaasへの貢献の意味で素晴らしい活躍をした4名が表彰されました。うち2人はHaasの生徒募集プロセスにて国際的に貢献した方、1人は国際的なビジネスプランコンペで複数入賞している方、そして1人はチャリティーでリーダーシップを取った方達。
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そして、学生代表のスピーチ。3月ごろ、スピーチの候補者が自薦&他薦で選ばれ、生徒全員による予選投票と決選投票で選ばれたのは、カナダ人のS君。授業中から彼の発言は常にほぼ100%の確率で誰もが思いつかない視点。うち3回に2回くらいはジョーク、3回に1回くらいは本質をえぐる発言をしていたので、「最も人と違う」という視点ではとても妥当な選出でした。「何故俺がこんな場所で喋らなきゃいけないのか、未だに理解不能だ」という冒頭に始まり、全編シニカルなブラックジョークだらけで笑いが耐えない、記憶に残るスピーチでした。
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ようやく卒業証書の授与です。EWMBAの真似をして子供を連れて行く人が多かったのですが、EWMBAの方々より平均年齢が低い分、乳幼児が多い。写真には撮れませんでしたが、中には生後1.5ヶ月の赤ちゃんを連れて行く人までいました。
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私は捻挫をしていたため、プロテクターをつけて足を引き摺って入場。記念に残る瞬間です。
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最後に、EWMBAとFTMBAそれぞれで、最もボランティア活動に費やした時間が長かった人々が1人ずつ表彰されて、閉会となりました。これらの方含め、本日壇上で表彰される方々はプロフィールが紹介されたのですが、米国人以外が大半。米国人でも今後海外で働く方が殆どであることに、とても驚きました。

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卒業式終了後は、Sather Tower前の広場でレセプション。
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もう翌日から旅行に出たり翌週からフルタイムの仕事が始まる人もいて、ここで会うのが最後、という方も多いことに気付き、ようやく卒業したんだなあ、という気分になりました。ありったけの友人達を見つけては、一緒に写真をとり、別れを惜しみます。(下記は日本人同期にて)
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大学のイベントとしてはこれにて終了。両親や親戚の方が出席されていることも多いので、夜は家族でディナーを取る人が多い模様。私も妻と、Rocklidgeといううちから車で20分の街にあるイタリアン、Oliveto Cafe & Restaurantに行く。すると、少なくとも2組のクラスメートのご家族がディナーを取っていました。ここにて、ようやく2人で卒業の祝杯を挙げ、落ち着いて美味しい料理を堪能しました。
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こうして無事、卒業式が終わりました。この後は、最終課題、残っている人達で送別会、旅行、引越し、次の仕事に向けた準備と、社会復帰への道が着々と進んでいます。これらで見て面白いと思ったこと、及び、まだ書ききれていなかったことの掲載のため、このブログはもう少しだけ続きます。


(注1) 卒業式のガウンや帽子は、4月1日頃から大学生協で販売されるものを購入します。最も基本的なセットで$62程度、いろいろアクセサリーをつけると、$70~100程度になるようです。

(注2) GPA = Grade Point Average、つまり成績の平均点。A+とAが4.0、A-が3.7、B+が3.3、Bが3、B-が2.7、C+が2.3、Cが2点として、単位数で加重平均を取ったもの。Haasの場合、相対評価で平均がB+となっている。しかし分布はBやB-に比べてややAやA-が多いと思われる(全ての評価項目で満点ならAかA+とならざるを得ない)ため、GPAの平均は3.3~3.5程度と予想される。また、卒業要件はGPA3.0以上。
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by golden_bear | 2010-05-14 22:53 | 学校のイベント

卒業直前(Dis-O-Week)のイベントと捻挫

既にラスベガス・トリップやTalent Showの話は書きましたが、その他の卒業式前のイベントも併せて紹介します。ちなみに、授業自体の最終日が5月10日、卒業式が5月14日、そして、期末試験やレポート等は5月20日までの間のどこかで実施されることになっています。

4/30(金) LAHBA Consumption Function
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LAHBAとは、Latin American & Hispanic Business Associationの略。つまり、スペイン&ポルトガル語圏の人々(両国+中南米全体)のクラブを指します。ちなみに、このような地域系のクラブとしては、私の居るPacific Rim Club(環太平洋地域)や、Black BusinessStudents Association(アフリカ), European Business Club, Jewish Business Club, South Asian Business Associationなどがあり、大体各クラブ年に1回校舎で無料の飲み会を主催します。
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ラスベガス・トリップと被っていたので、大半は1年生でしたが、私のように土曜朝出発やラスベガスに行かない2年生も参加していました。
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スペインのテーブルでは、大ナベでパエリアを調理。美味。
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このラテン系の人々とは、今までJapan Trekに来た方や1年生春学期に強制的にチームを組まされた人々以外、あまり接点が無かったので、今更ながら新しい世界を見た印象です。まさに人生の楽しみ方を知っている人々のお祭り、という感じで、独特の雰囲気で盛り上がっていました。
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5/7(金) Cohort Olympics
いよいよ卒業式1週間前で、Disorientation Weekと呼ばれる1週間の始まり。ちなみにこのDis-O-Weekは、入学時のOrientation Weekと違い、全て有志の学生が企画運営していて、大学からのサポートは数万円のクラブ運営費を頂いているのみ。リーダー格のT君はじめ、幹事の方々(含む1年生ボランティア)には、本当に頭が下がります。

内容は、オリエンテーション4日目 - ボランティアと大運動会の記事に書いた同じ場所で同じように、1年生秋学期のクラス対抗で様々な競技を競います。ちなみに、1年生の時と違い必修イベントではないので、参加者は全学生の7割くらいでした。
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何故かバスの中から一気飲み大会が始まり、到着時にはビールを3杯飲み終わる状況。一緒にバーベキューをした後、各競技に散らばります。写真が消えてしまってないのが残念ですが、全員元の4クラスの色別T-シャツを着ています。こうして卒業前に改めて見渡すと、1年生春学期以降はあまりクラス関係なくチームメイトや友人が増えていったんだなあ、と判ります。だからこそ、このイベントでまたクラスで集まるのは、とても懐かしい瞬間でした。

私自身はバレーボールをするつもりだったのですが、何故かバレーボールが競技から無くなり、代わりにサッカーをすることに。酔っ払っていたのと年をとったのとで、あまり調子が上がらないなあ、と思っていたら、なんとピクニック場のデコボコした芝に足を取られて、思いっきり捻挫してしまいました。

隣のチームに昔家庭医として数年働いていた人がいたので、すぐその場で診察してもらいました。足首とかかとの様々な場所を指で押された結果、「どうやら骨は折れていないみたいだから、ただの捻挫。冷やして足を心臓より上に上げておくと良いよ」、とアドバイスを頂きました。ちなみに彼女は普通のMBA学生なのですが、3児の母(3人目は在学中に生まれる)、かつ、昨年夏からHaasの1学年上の先輩と医療機関向けSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)アプリケーションで起業中(しかもこのサッカーでも活躍)、という凄い人。この起業に関しては、秋から冬にかけてはあまりうまく行かず、諦めて解散しようとしていたそうですが、最近顧客がついてビジネスが順調に回りだしたとのこと。今後の大活躍に期待したいと思います。

その後、普通の病院は閉まっている時間でしたので、車で早退する人に家まで送ってもらいました。同乗した2人とは初めて話したのですが、2人ともエネルギー関係の仕事に就くそうで、1人は地元の電力&ガス会社でスマートグリッド関係の仕事、もう1人はスタートアップでスマートグリッドのアプリケーションの1つを開発しています。私のインターン先の仕事とも相当絡んでいたので、「お互いもっと早くから知って話してたら、違った展開になってたかもねえ」という話になりました。

家に帰ると、妻には「年を考えなさい!」と怒られつつ、薬局で氷嚢を買ってきてもらう。このタイプは日本ではあまり見かけないですが、便利です。
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以後、日曜の夕方まではずっと、寝っころがって足を上に上げて、冷やし続ける生活に。目白押しのレポートや宿題をやる気すらなくなることに。

5/8(土) Sonoma Wine-bus tour
この日はワイナリー訪問イベント。朝9時から60人乗りのバスでワイナリーを3軒+ピクニック、というイベントに妻と一緒に行く予定でした。しかし、私は捻挫の腫れが酷く、当然行けません。そこで代わりに、同じくサッカーで足を激しく打って動けない韓国人(ラスベガスに一緒に行った人)の奥様に、妻と一緒に行ってもらうことになりました。とっても楽しんだそうですが、現地で「2人ともどこまで馬鹿なんだか」という話になったことは、言うまでもありません。

5/9(日) Year End Gala Party
昼はうちから車で2分の所にあるGolden Gate Firldsという競馬場へレースを見に行くイベントや、インド料理を食べに行くイベントがあったのですが、捻挫につきキャンセル。しかし、夜にはYear End Gala Partyという、同級生や教授などフルタイムMBAコースに関わる全ての人が集まる大パーティーがあるので、それにだけ頑張って参加することにしました。
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場所は、San Francisco Design Centerというパーティー会場。この日は全員正装ですので、恐らく昼にリムジンでナパのワイナリーツアーに行ってそのまま登場するグループもありました。
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写真はまだ7pm頃の明るい時間帯ですが、このような綺麗な会場に、全部で300人ほどが集まったそうです。
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もちろん大多数は2年生とその家族や恋人達。ここぞとばかりに、色々な方と写真を取りまくる。帰りは11-12pmにバスが数台手配されていて、バスの時間まで存分に最後のパーティーを楽しみました。
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5/10(月) 病院へ
本当はこの日はトランポリン・ドッジボール(!)というイベントがあったのですが、そんなのできるわけ無い。したがって、この日は朝から大学附属の保健所、Tang Centerへ。ちょうど1年前にザンビアに行く予防注射をしに行って以来、1年ぶりです。

"Urgent Care"と書かれたコーナーに行くと、すぐに見てもらえました。怪我をした3日前と同様に、まずは触診でかかとの色々な部分を触られ、「骨には異常なさそうだけど、念のためレントゲンを取りましょう」とのこと。すると、車椅子が出てきて、以後病院内の移動は車椅子で運ばれることになりました。生まれてはじめての体験です。

X線の部屋は別部門に分かれているので、そこまで運ばれた後、順番待ち。終わると今度は、外科のコーナーに運ばれます。ここで面白かったのは、部署をまたがる際に、私のカルテが壁の掲示板ポケットに入れられると、すぐに隣の部門の人がカルテを確認しに来て、私を適切な部門に運びます。要は、病院内の移動に、トヨタのカンバン方式が使われているのです。

最終的な外科医の方の診療結果は、「著しい捻挫で、全治4-6週間。ただ、骨にも靭帯にも全く損傷が無いから、すぐにリハビリは始められる」。そして、詳細なリハビリ方法の書かれた表裏両面の1枚紙
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リハビリ用のゴム
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そして、移動用のプロテクターを貰いました。
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費用は保険が利くので、これら全部合わせて税込み5千円程度でした。また、このリハビリ用の紙には「何が何回ずつできるようになったら、全治とみなす」と具体的な基準が示されていて、とても良いシステムだと思いました。

5/11(火) Amazing Race
昼から同名のテレビ番組と同じゲームを実施(サンフランシスコの8地点を4人組で訪問。目標地点に到着するごとに、幹事から指示をメールで受けて、その写真を撮って送り、次の地点の指示を受ける)し、最終ゴールのバーで夜に飲み会。この日までに全てのテストとレポートが終わった人は参加していたようでしたが、私はこの日からテストやレポートが相次いだため、参加できず。

5/12(水) Mojito Party
全身白尽くめの衣装を着て、カクテル"モヒート"を飲みまくる、1年で最も泥酔して記憶を飛ばす人が多いパーティー。残念ながら行けませんでしたが、50名ほどの参加者は、明け方まで相当盛り上がったようです。

5/13(木) Final Consumption Functionと日韓東南アジア飲み
卒業式前日。卒業式には両親や家族の方が参加するケースが多いので、最後の学校主催の無料パーティーは、2年生限定で家族の参加もOKという形で開催されました。場所も、いつもの校舎から2-3分はなれた、キャンパス内の綺麗な芝生で行われました。
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アフリカやインドから十数人も大挙して訪れる方々などもいて、驚きます。今までお世話になった同級生のご家族の方に感謝の挨拶ができることはもちろん、ご家族の方でも日本相手にビジネスをされている方などが積極的に話しかけてきて、とても話が弾み、面白かったです。

そして、最後の日韓東南アジア飲み。実はこの日は朝からHalf moon bayというとても綺麗なゴルフコースで、このメンバーで最後のゴルフコンペが開かれていました。私は捻挫のせいで残念ながら行けなかったのですが、代わりに韓国人とタイ人のお父様が参加されていたようです。その夜に、例によって成績発表も含めた飲み会が、学生向けの韓国料理屋にて開かれました。最後の最後ということもあり、皆気が狂ったように激しく飲む。この仲間との交流は一生続くことでしょう。
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by golden_bear | 2010-05-13 18:35 | 学校のイベント

第2回 Haas Talent Show: 留学中に芸を磨き表現する意義

「1-2年間、顧客や上司や仕事のノルマから思いっきり解放されて、自分や家族で好きなことが、履歴書を傷つけずにできる」ことは、フルタイムMBA取得の大きなメリットだと思います。そして、一度ストレスフルな社会人を経験した上で、学生に戻って好きなことに打ち込むことは、大概以前よりも圧倒的に集中し、高効率に高い効果を出せることが多そうです。これは、新しいことを始める、及び、昔からしてきたことの継続や再開の双方に、当てはまると思います。

どちらかといえば、MBAの2年間では、まずはじめに昔からの継続より、新しいことを始めてみる人が、多いと思います。これは、仕事をストップして高い資金と時間の投資をして来るからには、過去の継続だけではしょうがない、という意識が高いのだと思います。振り返れば、入学直後のオリエンテーションから、新しいことを始めてみよう、と言う雰囲気が充満していて、実際スタートアップを立ち上げる、大きな転職、新たな趣味やクラブ活動を極める、などなど、何でも良いので1人1つや2つは新しく何かを実現している人が多いと思います。

こと新しく始めた趣味、に関しては、私はブログ、中国語、ゴルフの3つを始めて、質はともかく卒業まで継続できたことは良かったと思います。また、日本人同期の例だけでも、マラソン、料理、スキー、自転車、などなど、皆様それぞれプロ顔負けに極められていています。こう簡単に書いてみましたが、入学時平均29歳という年齢から新しいことを始めるには、結構な苦労が伴います。しかし、米国の中でも「新しいことを始めるには、最も適した場所」と言われているサンフランシスコ・ベイエリア。上述の周りの雰囲気に加え、最高の気候と美味しい食べ物・ワインが、苦労を苦に思わなくさせてくれる意味で、新しいことを始めるのに力強い後押しをしてくれます。

一方、卒業直前の時期になると、MBAは昔からの趣味の再開にも、とても貴重な機会を与えてくれることに気付きます。その1つが、先日紹介したスポーツ大会のC4C。私自身はバレーボールを楽しみましたが、元プロゴルファーやプロ自転車競技者、バスケットボールやスカッシュ等様々な競技で、日本人同期にもサッカーやテニスで、プロ顔負けの活躍をしている友人たちがたくさんいます。

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そして、今年第2回となる、Haas Talent Show。昨年同様、見るもの全てを感動させるような素晴らしい芸術・技術の数々が繰り広げられました。その模様は、下記から演目別に動画でお楽しみいただけます。

Haas Talent Show YouTube Channel (クリックしてリンク先に)

YouTubeで番組が持てると、個人でもこういう面白い使い方があるのだ、と初めて気付きました。便利な世の中になったものです。

幾つかのハイライトを紹介すると、
○ ベリーダンス: 昨年このTalent Showを創設した台湾人の友人のダンス。今年4月に地元ベイエリアでも2週間の公演を行っていた彼女は、去年は台湾の伝統的な踊りを現代芸術に昇華したようなダンスでしたが、今年はとてもSexyなダンスで驚きました。
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○ ボリウッド: 昨年はほとんど女子だけでしたが、今年は男女半々で、より力強さが入って大変盛り上がりました。ここで当日一番のサプライズとして、日本人の同期が1人、インド人に混じって溌剌と踊っていたこと。Talent Showを機会に、新しいことを始めて友人を作る、ということを実践されている、素晴らしいものを観ました。
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○ ジャイブ: 昨年同様、Haasの教授ご夫妻が激しいラテン系のダンスで魅せてくれました。
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○ 学長のギター弾き語り: 昨年は、いつも偉そうにスピーチしている自分の仕事や立場が如何に大変か、とぼやいて、素の自分を上手く表現しながら笑いをとっていました。今年はボブディランの替え歌で、スタッフへの感謝と力強いメッセージでした。
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○ Leading Through Innovation Band: トリを飾った2年生のバンド。3曲演奏した最後の曲では、1時間半前にアリアを歌っていたオペラ歌手のJさんがボーカルで参加し、Guns 'n Rosesの"Paradise City"を熱唱。日本でも学生バンドの定番曲ですが、米国人かつオペラの女性ボーカルがTシャツを引きちぎらんばかりの勢いで歌ったこのナンバーには鳥肌が立ちました。最後は皆でステージに上がって大熱唱
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ここからは個人的な話になりますが、昨年同様妻と2人との連弾で、George Gershwinの"Rhapsody In Blue"で出演しました。当日の演奏はミスだらけでしたが、4月頭から1ヶ月間の準備プロセスは、MBAを終えようとしている自分の現在と深い過去とを結び付けて、この素晴らしい2年間を与えてくれた米国、Haas関係者、そして妻への感謝の気持ちを凝縮させた、1つの集大成の表現に出来たと思います。

○ 選曲:
日本でも「のだめカンタービレ」のテーマソングに使われている有名曲ですが、まさに米国を代表する曲で、後述の通りとても難しい。これを弾くのかどうかは妻とも相当議論がありましたが、下記どうしても弾きたい、という理由がいくつもあり、押し切ることに。

- 自分のルーツがある曲(1)
振り返ると、この曲と初めて出会ったのは、小学校4年生の時。当時マーチング・バンドという、上から見て様々な絵を表現するように歩きながら演奏するバンドに打ち込んでいて、そこでの演奏が最初でした。

過去にもこの、マーチングバンドで100名の小学生がどう一糸乱れず動けるのか、というメカニズムから大学の卒業論文のヒントを得た事がありました。今回タレントショーに選曲してみて、このバンドを立ち上げて指導された3人のやる気に満ちた小学校の先生方に、自分がとても影響を受けていることを、改めて実感しています。この3人の先生方は、音楽は全く専門ではなく、課外活動で水泳やサッカーなどを精力的に教えていましたが、たまたま隣町の小学校がマーチング・バンドの大会で全国優勝し、その演技力の高さに驚く。別の小学校で仲の良い先生も全国大会の常連チームを指導されていたことから話を聞き、見よう見まねで立ち上げ、楽譜の調達から指導方法まで全て手探りで取り組まれていたと思います。

私が4年生の時が創部2年目。翌年5年生の時に初めて地区大会に出て、激戦区の中第2位の評価を受ける(第1位は全国優勝)。が、翌年は周辺校もレベルを上げたため、我々も数段実力向上したものの、評価を下げる。文部省の学習指導要領は全く関係なく、実績も無いこのクラブを、3人で協力しながら、創設から父兄を説得しての生徒集め、強豪校にまで育て上げる。実際、先生が変わった後もブランド・伝統が残ったのかクラブは存続し、十数年経った最近全国優勝したと聞いています。この立ち上げの最初期に、3人の先生方のやり方を肌で感じれたことは、組織を立ち上げてどう大きくするか、という考え方を育む貴重な経験になっている、とMBAを履修し終えて改めて感じています。

Rhapsody In Blueに関しては、小学校4年生の時に初めて演奏した時は、とにかく変な曲だなあという印象でした。何よりも、テンポが一定でなく歩くのが難しいため、以後あまり使われることも無く、記憶の奥底にしまわれていました。恐らく先生方も、有名だから、という理由だけで楽譜を輸入してしまい、練習させたものの本番では使わなかった「失敗」だと想像されます。この「失敗」の印象が、かえって当時の混沌とした立ち上げ時期を、より鮮明に思い出させるのです。

- 自分のルーツがある曲(2)
次にこの曲を意識したのが、米国に初めて赴任した時。赴任地がユナイテッド航空の本拠地があるシカゴだったため、出張や移動でオヘア空港に降り立つたびに、家でテレビをつけるたびに、何度と無くこの曲を聞きました。また、Haasにきた時にも、サンフランシスコもユナイテッドの大拠点だからか、シカゴ同様テレビでも街でもこの曲が一杯かかっている。妻もそれに気付いたのか、「アメリカ人ってガーシュウィン大好きなんだねえ」という感想。本当に良く耳にする上、曲も良いため、いつ聴いても元気になります。

- ピアノ演奏のマイルストーン
大学生以来、ピアノを弾く1つの動機として、数年に1回のペースで大曲を弾きたい、という事を漠然と頭に思い浮かべていました。以後5年おきに、20歳、25歳、30歳では、偶然も手伝ってその目標を達成できたのですが、このラプソディー・イン・ブルーのソロ版を、35歳までのマイルストーンに設定していました。現実的には、35歳の自分にピアノを弾いている余裕はない、と思っており、その意味で妻との連弾の短縮バージョンという形にしろ、前倒しで達成できたのは、非常に嬉しい機会でした。次は40歳までに何弾こうか、と思いをめぐらせています。

- 米国人向けのプレゼン:
今年キム・ヨナさんがオリンピックで金メダルはともかく、ものすごい高い得点をたたき出したのは、選曲がガーシュウィンのへ調のピアノコンチェルトだった、ということが一因のような気がします。それくらい、アメリカ人はアメリカ、ガーシュインが好き。私自身も、このアメリカに2年間どっぷりつかっている瞬間だからこそ、アメリカ人に対してこの曲を演奏する、ということは、まさに今しかできないこと。自分を2年住まわせてくれた米国という地に対する感謝だと思っています。

○ 曲の編集
連弾編曲は様々な版がある中、作曲者本人許可の下編曲したHenry Levine版を使うことに。これは実は、元々同氏編曲による2台ピアノ用の楽譜を、無理やり1台ピアノに詰め込んだ、超高難易度のもの。世の中"Rhapsody In Blue”の"Piano Duo"のCDは無数にあるのですが、その殆ど全てが2台4手。この1台4手版は、プロだと弾こうとすらしない曲のようなのです。

とりあえず、元々15分もある原曲を全て弾くことはできないことから、6分に削ぎ落として、楽譜の中で弾けそうで効果が高い部分をつなぎ合わせることに。しかし、これまた一苦労。
 - 印象的な部分が多すぎて削るのが勿体無い
 - オーケストラ版では「ここがかっこいい」と思っていたところは、実はピアノ連弾にするとヘボイ、
 - しかも連弾譜だとピアノ・ソロと違い、ぱっと見ただけではどういう演奏効果かわからない、、、

偶然このHenry Levine版のMIDI(コンピューター自動演奏)を無料でダウンロードできたので、それを聞きながら編集できたのですが、これが無ければあきらめてたかもしれません。

このようにして演奏箇所が決まると、大学そばのコピーセンターで楽譜をコピーし切り貼り。ここでは、1枚3セントでコピーができることを知り、格安ぶりに驚きました。

○ 編曲 
こうして6分間の編曲ができたものの、何かもう1パンチ足りないなあ、と思っていたところ、なんと「のだめカンタービレ」のCDでは、この曲の冒頭の有名なクラリネット部分を、ピアニカで演奏されている、ということを知る。ピアニカでできるならアコーディオンでも良いのではないか、と考えて、最初の部分だけアコーディオンを使うことに急遽決定。恐らく前代未聞のRhapsody In Blue Accordion Versionの完成です。これも仕事の宴会芸で身に着けた功ですが、わざわざアメリカまで持ってきた甲斐がありました。

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6分強の演奏を終え、演奏としては去年の方が上手くいった気がしますが、選曲の妙だったのか、今年の方がよりたくさんの人に様々な感想を頂いています。
「アコーディオンの最初の旋律で、何の曲かわかって良かった」
「日本人もこれ、飛行機の曲だって知ってたというのは驚きだ」
「めちゃくちゃ長くなる、と思ったけど、うまくハイライトされていて良かった」
「普段一部分ずつしか聞いていなかったので、まとめて聴いてこういうつながりになる、とは初めて聴いた」

やっぱり、アメリカにいるからには、アメリカ人の心をつかむ工夫が重要なんだなあ、と改めて感じました。そして、当日学業もビジネスも関係ない同級生の多彩な才能に感化され、自分もますます仕事に趣味に、家族と共に卒業後の人生を充実させていかなければなあ、と、心を新たにしています。

(後日談) 早速、その第一歩として、Craigslistでピアノを売却し、その資金で妻への感謝の気持ちを込めてiPadをプレゼントすることに。その話は後日レポートしたいと思います。
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by golden_bear | 2010-05-06 23:07 | 学校のイベント

ラスベガスへの卒業前同期旅行(3/3) ラスベガスでの米国人との交流

最後に、この旅の一番の目的、クラスメートとの交流について書いて見ます。

これまで授業のチームや各種イベントで多数の交流機会があったのに、今更ながらこの忙しい時期にわざわざラスベガスに行く大きな動機は、最近になって「生粋の米国人と交流する機会がそれほど多くなかった」と感じていたから。もともと授業で日本人・韓国人同士で固まることは避けてきたのですが、Haasは留学生の数が多いこともあり、意識しなくても比較的容易に様々な国のメンバーとチームを組めます。また、米国人とも、向こうが元々国際的な仕事や世界に興味があったり、Japan Trek等を通じて仲良くなっていれば、自然にチームが組めます。しかし、少数派ではありますが、必要に迫られない限り留学生には興味を示さず、米国人同士のみで付き合う米国人もいます。彼らは大抵イディオムやスラングを多用して米国人だけに通じる話題をするような感じで、我々から意識しない限りなかなか交流機会が無いのです。日本の大学に留学生が来た時の普通の日本人の対応を考えれば、まあごく自然なことと思いますが、UC Berkeleyは元々アジア人&アジア系米国人が5割弱もいる米国(&世界)でも特殊な空間なので、これに気付くのが遅かったのです。

実はそんな彼らと仲良くなる機会としては、毎週火曜&木曜の週2回、Bar of The Weekという機会がありました。この日は指定したバーに数人~数十人集まっており、行けば大抵独身の米国人が一杯います。しかし、私も今までブログでこのBar of the Weekをほとんど取り上げなかったように、2年間で3~4回しか行っていません。というのは、夜は授業や別のイベントがあることが多く行けない、授業もイベントも無い日くらいは妻と過ごす時間にしたい、そして行ったら家族寮までの帰りの足の確保が難しい、といった理由。友人がショー内で生演奏をする日や、何か祝い事がある日のみ参加する感じでした。

ところが、このラスベガス旅行は、MBA行事にしては珍しく「家族向けではない」学生主導の旅行。従って、普段会えなかった米国人と存分に交流できるだろう、という目論見に加え、前記事に書いた通り「普段は白人だけしか立ち入ることのできない秘密クラブに、特別に入れるらしい」、という話であれば、卒業前の忙しい中でも行く動機としては十分です。

実際行ってみて、やったことを下記に並べてみます。
(1) ディナー
他の皆が金曜日中に到着する中、我々の到着は土曜日の夕方。どこに誰が集まっているのかわからない中、とりあえず偶然すれ違った集団のディナーに合流。高級レストランに、6:30以前に入れば半額のメニューがある、ということで、ビジネスカジュアルの格好で急いで向かう。
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すると、上に書いた私の当初の目的に反して、なんとこの団体(20名程度)の殆どのメンバーが留学生。しかも、私や一緒に来た韓国人同様、「家族がいるのに『学生だけの最後の機会だから』と言われて、わざわざ1人で来た」人々ばかり。いや、むしろ独身で彼氏彼女がいる人は一緒に来ているケースがあるが、結婚して夫婦で来ている人は誰も居なかった、というのが正しい表現かも。これはこれで、皆家族と離れて羽を伸ばしたならではの独特の会話(例えば、独身カップルに「結婚したら大変」と言ったりする。通常、米国のパーティーは家族同伴で、皆幸せそうに振舞っているので、こういう話題が出ることは多くない。)をするので、面白いシチュエーションでした。
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(2) カジノ
上記ディナーの最中に、相方の韓国人に別の米国人のパーティーの誘いが入り、途中退出して向かうことに。しかし、あまりにも似た名前のバーが多く、結局合流できず、仕方なく次のコメディーショーの建物で待つことに。

建物のカジノの中で何人かの同期に出会う。たまたま見た5人が5人とも、$100ずつくらいテーブルに置いてあり、結果大勝ちした人も大負けした人もいなかったそうだ。1時間位の待ち時間に$100を賭けるのが、ベガスでギャンブルを楽しむ普通の社会人学生の相場、ということでしょうか。
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(3) コメディー催眠術ショー
本日のメインイベントその1。"The Mark Savard Comedy Hypnotist Show(Mark Savardさんのコメディー催眠術ショー)"と名づけられたこのショーに、学生100名で乗り込む。全体で3~400人くらい入りそうな劇場の3割程度が我々。
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”See the show or be the show! Marc Savard Comedy Hypnosis is an energetic mix of comedy, hypnosis and chaos in Las Vegas.”

内容は明かさないこと、という注意書きがあったのですが、流石にラスベガスのショー。良く練られていて面白かったので、ポイントだけ下記に紹介します。

○ 最初から最後まで観客参加型のショー
"催眠術ショー"というからには、催眠術にかかっていることに信憑性が無ければ意味が無い。この点を見事に克服したのが、下記の流れ
 - 最初5分に、観客全員対象に、簡単な催眠術が気付かないうちにほどこされている。少なくとも、私は完全にひっかかった。
 - 次に、催眠術にかかってみたい方数十人に、ボランティアでステージに上がってもらい、実際に施される。
 - この中で、セレクションが行われ、本当に良く催眠術にかかる男女各7名ずつのみがステージに残る。Haasの同級生からも、12-3名ほどステージに上がったが、結果最後にステージに残ったのは、1名。彼はInternational Financeの授業のチームメンバーとしてもお世話になっている元投資銀行出身の友人で、全く催眠術とは無縁そうな人だったので、とても驚きました。

そして、"コメディー"を謳うからには、全編笑いの数々がちりばめられています。日本で"催眠術"というと、神妙でシリアスなイメージがありますが、ここはラスベガス。ノンストップで繰り広げられる、ど派手な演出の連続に、観客からの声援が鳴り止まず、笑いが耐えません。後でステージ上にいた友人に聴くと、この「観客の異常な雰囲気も催眠術を後押しした」、とのこと。これを達成する演出に、恐れ入りました。

○ 21歳以上限定
もう一つのポイントとして、このショーそのものが、21歳以上限定(入場時にIDを確認される)。16歳でも18歳でもなく21歳になっているのは、単にお酒が飲めるだけではなく、人類共通の笑い、下ネタを使うことにありました。しかも、ここはラスベガス。下ネタとはいえ1つ1つのネタの気合の入り方が違う。もちろんステージ上も観客も男女半々なので、男性(女性)のみが喜ぶような演出は一切無いのですが、そのギリギリの線で「大人の笑い」を、観客も巻き込むという不確実要素が大きい中で達成してしまう、プロ根性に、ラスベガスの意地のようなものを見た気がします。


ちなみに、このショーで使われていたある汚い英語表現を、ショー終了後に隣にいた米国人女子学生に使ってみた所、恐ろしく嫌な顔をされ停められた。こういう表現に寛容なのも米国、とても厳しいのも米国。ショーの中ではOKだが、日常生活では使うべきではない、というTPOの見極めが重要、と理解しました。

(4) クラブ
本日のメインイベントその2。"Tao Nightclub at the Venetian:Tao always attracts some of the biggest celebrities, throws some of the most outlandish parties and continues to build their name in Vegas” という説明書きにある通り、2005年にオープンした、5つ星ホテルVenetianにある、ドレスコード付きのVIP専用クラブです。さらに、2007年には建物の屋上にTao Beachという、プールサイドの屋外クラブも併設されました。
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「さては、これが『普段は白人だけしか立ち入ることのできない秘密クラブ』の正体か」、と期待しつつコメディショーの会場からマイクロバスで移動し、待ち受けていたものは、会場に大量に群がる人、人、人、、、
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一応VIP料金だったらしい我々は、他の人に比べれば優先的に入れましたが、それでも外で30分程度は待たされました。その後中に入ると、もっと大群の人々
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結局白人かどうかなどは全く関係なく、老若男女人種も問わず、誰もが狂ったように踊り叫ぶ、、といいたい所ですが、あまりに人が多すぎて身動きが取れません。高級クラブだ、といっても、大量に人を集める宣伝文句&実際に入りきらないキャパを制限するためのものだったのです(注1)。

2階のDJスペースには人があふれて入らないので、3階のプールサイドに行くと、少しはスペースに余裕がある。従って、我々100名の学生は、次第に3階に集まるようになりました。
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この時点で1:30amと真夜中もいいところでしたが、ここでようやく当初の目論見どおり、今まであまり話せなかった米国人の友人達と一緒に踊りながら、思い出話や将来の話を語り合うことができた気がします。

3:30am過ぎからは、下のDJスペースに空きができて来た、ということで皆で下に移動し、とにかく狂ったように踊り続ける。一緒に踊った皆とは妙な連帯感が生まれ、朝5amには皆抱き合って解散。翌週から皆ともう少しフランクに挨拶ができるようになりました。
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このように老若男女問わず朝まで踊っている場を経験し、欧米人がクラブに行くことは、日本人が仕事帰りに居酒屋からカラオケに行くように、ビジネスパーソン同士が交流を深めることに重要なツールになりうる事を、改めて実感しました。そして、日本が外国人から敬遠される理由として、英語が通じないとか法人税が高いといった表向きの理由以外にも、単純に「(巨大都市にもかかわらず)大型のクラブが無い」、という面も、意外と大きいのでは、と思い当たりました。これは、下記の実体験を思い出したことによります(やや情報が古く、現状と違うかもしれません)。

○ 我々日本人が海外に生活すると、「いい居酒屋(or少なくとも静かに飲んで語れる場)が無いなあ」と思うことの裏返し
○ 2007年に東京に短期出張に来た外国人の同僚が、「クラブに行きたい」、というので、六本木近辺の店を探してみたら、大きな所が2件つぶれていた。3件目に開いている所を見つけたら、木曜日ではあったものの、広い店全体に数人しかいなかった
○ 一方、欧米の各大都市にはもちろん、香港や上海、シンガポールといったアジアの中でも国際都市と呼ばれる所では、必ず巨大なクラブが存在し、軒並み繁盛していた

しかし、日本で日本人のビジネスパーソンの大多数が仕事帰りにクラブで踊ること、米国で居酒屋が日本のように使われることは、共に考えにくい。したがって結局、「どんな国に行っても、その国のやり方でお酒を夜通し飲んでみることが重要」という、当たり前の結論に行き着くのですが、実際にこの卒業前にラスベガスでそうして色々な人と話すことができたのは、損得勘定度外視で一生の記念になったと思います。卒業まであとわずか、引き続き今ここでしかできないことを、やり残さないように、色々やって行きたいと思います。


(注1) もしかしたら、「白人だけしか立ち入ることのできない秘密クラブ」が本当に存在し、留学生がディナーを楽しんでいる間に白人達がそこに出入りしていたのかもしれません。が、そうだとしても、私には知る由がありません、、、
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by golden_bear | 2010-05-03 15:45 | 学校のイベント

ラスベガスへの卒業前同期旅行(2/3) 韓国人との20時間ドライブ

ラスベガス旅行当日について、下記2つの場面に分けて思ったことを書いて見ます。
(1) 韓国人との20時間ドライブ
(2) ラスベガスでの米国人との交流

(1) 韓国人との20時間ドライブ
行きは土曜の朝6:15出発、途中1時間のランチを経て、3:45pmにラスベガス到着。帰りは日曜昼12:30pm出発後、長い渋滞に巻き込まれて夜到着は11:00pm。合計20時間、韓国人と交代でドライブ。こんなに一緒にいたら話すことがなくなるのではないか、と心配したのですが、そうでもなく、下記のように結構色々な学びがありました。

○ 韓国人に日本語の歌を教えてみる(1) 韓国人の好み
私の中国語クラスと同じ、学部1年生向けの日本語クラスを丁度履修し終わった彼に、道中ずっと日本の曲をかけて、カラオケを教えることに。特に、サザンオールスターズとMr.Childrenは、彼から「いっぱい教えてくれ」、と要望があったので、幾つか持ってたベスト盤をかけるだけで、7-8時間はつぶすことはできました。

彼が何故この2組のアーティストに興味があったかというと、学生時代ロシアに1年間留学していたらしく、そこで知り合った日本人の友人達にカセットテープでお勧めの曲としてもらった中に入っていて、よく聞いていたからだそうです。というわけで、この2組が必ずしも韓国人全体に有名なわけではないようです。ずっと聞いていた中で彼が好きな曲は、サザンでは、
- "真夏の果実"
- "みんなのうた"
- "Miss Brand New Day"
- "逢いたくなった時に君はここにいない"
ミスチルでは
- "Tomorrow Never Knows"
- "CROSS ROAD"
- "es"
一応デビューから2000年くらいまでのベスト盤に入っている曲を全部かけたのですが、好みが90年前後のヒット曲に集中しているところが面白い。彼の年齢(35歳前後)の影響もあるのか、はたまたこの2組のアーティストのメロディ作りのピークがこの時代にあったのかも知れませんが、少なくとも名曲は世界の誰に聞かせても良い(売れるかどうか別にして)、という普遍性のようなものを、感じることはできました。

○ 韓国人に日本語の歌を教えてみる(2) 外国人に説明して気付いた日本語の歌の特徴
彼は簡単な日本語は聞いてすぐ理解できるとはいえ、流石に歌を聴いて全部は理解できないので、私が助手席で同時通訳を試みることに。しかし、これが案外難しく、勉強になる。

まず、サザンの曲は外国人に説明することがとても難しい。
 - 「修羅場穴場女子浮遊」とか「生まれく叙情詩とは蒼き星の挿話、夏の旋律とは愛の言霊」とか、そもそも日本語でも意味不明
 - 「風に戸惑う弱気な僕通りすがるあの日の幻影」とか「マジで怒った時ほど素顔が愛しくて」とか、直訳できるが、意味が本当に伝わるように英語で説明するのがとても難しい

それでも、「砂に書いた名前消して、波はどこへ帰るのか」とか、単語の意味を教えるだけで「おお、その日本語凄くいいねえ」という反応が返ってくるのは、さすが日本語を学ぶ意欲がある人。とても教えがいがありました。

次に、ミスチルの曲はサザンに比べると日本語の意味そのままなことが多く、説明しやすいし、聞くほうも楽との事でした。しかし、彼は全体的に曲はサザンの方が好きらしく、意味がわからなくても一生懸命覚えようとしていた。このことから、曲が好きであれば、覚える意欲も上がるのは確かなようです。

一方で、やはり意味がわかったほうが印象に残ることも確かなようです。Dream Comes Trueの日本語は聞き取りが難しく、竹内まりやはとても判りやすい、とのことで、この2者の比較では竹内まりやの方がより深く印象に残ったようです。(どう聴いても男性向けの歌詞ではないのですが、、、)

余談ですが、通訳してみることで、全体を通して誰の曲を聴いても、「涙」とか「会いたい」とか「太陽」とか、似たような単語が聴き飽きるほど何十回も出てくることを改めて実感。これは、カラオケから言語を学ぶ時に良くも悪くも影響あるだろうな、と思いました。

○ 韓国企業のシステム
彼は今や世界を代表する韓国企業から派遣されて来ており、MBAに来る前は東欧の販路拡大を一手に引き受けていたとのこと。従って、私のほうから、この機会を生かして韓国企業や新興国について、思いつくままに色々質問しました。もちろん彼が見ているのは大企業の一部のみで、答えられない/答えたくない質問も多数あったのですが、面白い話も一杯聴くことができました。総合して受けた、とてもハイレベルな韓国企業の印象としては、

- グローバルの管理システムは欧米式: トップ層は、米国式経営手法を勉強し、それをものすごいトップダウンで全社に浸透させようとしている
- 企業文化は日本式: 1人1人の社員は、年功序列など日本のシステムの良い点を、(成功していた時代の)日本よりも愚直に上手くやろうとしている
- 今後の成長のスキルは?: 今は勢いがあっても、将来に関してはとても不安。特に、韓国発でイノベーションを起こして世界的に成功させた経験は、米国や日本に比べると無いに等しい。これが無いと、今日本が苦労しているように、将来韓国も新興国にやられる。国も企業もまだ解が無く模索中。

つまり、日本企業文化の良い所と、英語で活躍できる人材が多い韓国の強みを上手く融合させつつ、なおかつ危機感が高い、ということで、数年前に賞賛されていた頃のトヨタをさらに改良しているような印象を受けました。トヨタは散々「生産システムの良さは認めるが他は面白いイノベーションが無い」と言われ続けた後に、ハイブリッドカーを世に送り出しましたが、韓国企業がそのような発明を世に出す日も遠くないのかもしれません。

○ 韓国人の資質
そして、東欧で事業を成功させた秘訣については、色々聴けましたが、一番印象に残っているのは、「目的の達成に手段は厭わない」韓国人・韓国企業の営業への姿勢と感じました。それは、前回の記事の通り、私が航空券を買っていようと車で一緒に行くように説得した姿勢もそうですし、取った選択科目は徹底的に自分のものにすると公言し、実際に全部Aを取っている彼の学業に対する凄まじい徹底ぶり(例:私が3時間で適当に終わらせてB+を取ったレポートを、彼は20時間かけてA+を取った)にも現れていると思います。

このように、彼はまさに社費派遣の鏡のように、MBAの2年間を勉学とネットワークに存分に費やし、今後韓国企業に戻っても、大活躍が期待されます。私費で来ている私とは、当然MBAの利用法も全然違ったのですが、今回話してみて、卒業後に戦う立場ややり方も全く違う(=一度転職市場に出てしまうと、彼のように生え抜きで頑張る人が活躍する世界では絶対に勝てない)のだ、と改めて実感。そして、お互い全く被らない世界にいくからこそ、日本人と韓国人とはいえ、今後も一生良い友人でい続けられるだろう、と感じた、20時間の車中でした。

(余談)
帰りの前に、2人で立ち寄ったのは、日本食の店。前回ラスベガス訪問時(冬の西海岸ドライブ(4/5) Las Vegas観光に書いた"Togoshi Ramen"が、残念ながら閉店になっていたため、今回は"Sushi Yokohama Kaigenro"に行きました。
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昼食時はラーメン(しょうゆ、しお、とんこつ、みそ)+ご飯もの(チャーハン、カレー、牛丼)のセットで$9.50と、大変良心的な上、味もスピードもサービスも良く、お勧めです。
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店内には、イチローや野茂をはじめ多数の日本人メジャーリーガー、及び、中村玉緒さんや梨元勝さんなど芸能界関係の方々のサインが多数飾ってありました。
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by golden_bear | 2010-05-02 08:18 | 学校のイベント

ラスベガスへの卒業前同期旅行(1/3) 行く決断までの経緯

「どうやら普段は白人だけしか立ち入ることのできない秘密クラブに、特別に入れるらしい。車出すから、一緒に行こうぜ」

4月30日(金)~5月2日(日)(注1)まで、同期全員が参加可能な最後の旅行、ラスベガス・トリップがあることは、3ヶ月前からわかっていました。しかし、上記のように韓国人の友人Jに誘われて、行く事を確定させたのは10日前。下記の理由で、直前までずっと行くかどうか迷っていたためです

○ ラスベガスに乗り気でない: Reno市も含めれば、既にネバダ州のカジノ地帯は過去3回滞在経験あり。その上、昨年12月に9泊10日した南カリブ海クルーズの船の中も、ショーにカジノにほとんどラスベガス状態。というわけで、妻ともどもこの人工的な空間は食傷気味なのでした。
○ 独身者向けのイベントでは?: 普段は家族もOKという飲み会が多い中、この旅行は「家族は連れてきてもいいけど、家族向けではない」と予め断り書きがなされていました。全体的に平均年齢の高いHaasとはいえ、留学生=高齢多し=家族/子供有多し、米国人=若め=独身多し、という分布が成り立ち(注2)、今回は完全に米国人独身組が企画運営しているイベントだったことから、身近にいる留学生&既婚者はあまり行かない、という印象があり。
○ 移動が高い: 普段は往復$150くらいなのですが、この週末は人気が高いのか、3月下旬時点で既に飛行機代だけで$300-400。$200台だと、早朝or深夜かつ乗換えが必要。日本で考えると、東京から静岡に行くのに羽田→茨城空港→静岡空港と行き、往復で3万円、というイメージで、とてもばかばかしい。
○ ホテルが高い: 100人以上収容のため、Palazzoという5つ星ホテルが正規のホテルに。ラスベガスは5つ星のスイートでもそんなに高くないとはいえ、それでも1部屋3-4人で1泊$300程度。
○ スキミングでお金を盗まれた(過去記事参照)
○ イベントが直前まで決まらない: 幹事のほうも何人くらい来るか決まるまでイベントを練れない、ということもあり仕方ないが、本当に1週間前までわからなかった。
○ 他の選択肢の可能性: この裏で他に面白いパーティーなどが入ったら、キャンセルする必要あり。また、インターンや試験・レポートやTalent Showの練習が忙しくて、それどころでない可能性あり

それでも一応行くつもりで、4月7日に土曜出発、月曜帰還の航空券を$220で購入しました。前向きに考えた理由としては、
○ 先輩からの助言: 「ラスベガス・トリップは妻をおいて1人で行ってきたけど、学生最後の思い出に良かった」、という日本人先輩のアドバイスあり
○ 同期友人からの誘い: 入学当初からの友人たちはあまり行かない一方、2年生以降最近知り合いになったような友人は多数参加。お互い知らないのでこれを機に改めて仲良くなる機会だし、向こうもそう思っているのか「是非来てよ」と誘われること多し
○ 妻からの許可: 「学生最後の旅行なんだから、是非行ってきなさい」という、有難い後押しがあり
○ 日程: 土曜発なら最悪金曜日に色々やれば大丈夫だし、1泊分浮くはず、という目論見。そして、4/30に中国語の期末試験が終わるので、丁度打ち上げ気分になれる。

この間、冒頭の韓国人Jとは、私が中国語を受講している毎朝8-9amの時間帯に彼が日本語の授業を受講していることもあり、通学バスの中などでよく「ラスベガスどうしようか」という話をしていました。が、彼が航空券を買おうとした4月14日には、もうチケットは$400近くまで値上がりしていた。こんなには払いたくない、という彼は、「航空券を捨てて一緒に車でどうか。行くなら金曜発日曜帰還が良い」、と誘う。私が既に航空券を買っているのを知りつつ、このような話を持ちかけてきたのです。

ここで考えたことは、下記のようなトレードオフでした。
○ 航空券を捨てるのはやぶさかではない: どうせキャンセルしたら$220は丸損。この飛行機で行っても乗り継ぎ空港で3時間くらい待つので、5-6時間はかかる。これだと車の8-9時間と大差ない。そして、彼のオファーを断って飛行機で行った場合、空港からの移動コストが別途かかる
○ 日程は難あり: 金曜は結局本当に忙しくなったので、できれば避けたい。そして、日曜帰りだと、日曜日昼のアトラクションに参加できない。土曜発日曜着の1泊2日だと、とても移動大変
○ 車で行くメリットを探す
 (1) 車でゴルフバッグを持って現地で昼にゴルフをする
 (2) 離れて安く泊まる可能性もあり。
 (3) ドライブ自体を楽しむ

喧々諤々の議論の後、結局、
○ 日程: 土曜早朝初、9時間ドライブし、土曜夕方にラスベガス着。夜のアトラクションに参加。翌朝寝て、日曜昼に出発、夜帰宅
○ メリットの中では、
 (1)のゴルフは諦める。(他にゴルフをしたいメンバーがあまりラスベガスに行かないことが判明)
 (2) 離れて安く泊まる: 一番安いモーテルを確保
 (3) ドライブを楽しむ: 韓国人の車(BMW(注3))で快適にドライブしながら、彼に日本語のカラオケで歌える歌を教えることに
という形で、行くことが決定しました。その様子は、次回に、、、

(注1) 人によっては29(木)から、あるいは3(月)まで滞在する人もいる
(注2) 我々の学年は、それぞれ留学生4割、30歳以上=3-4割、既婚=4割、という印象です
(注3) 韓国人の社費の人は大抵裕福かつ、同じ左ハンドルで米国で韓国価格の50%引きくらいの値段で買って持って帰れる、という理由で、レクサスかBMWに乗っていることが多いようです。
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by golden_bear | 2010-05-01 10:40 | 学校のイベント

C4C(Challenge for Charity)2年目に気付いたこと

今年も、西海岸9校のMBA生がスタンフォード大に集結して、チャリティーのために30種目以上のスポーツを競い合うイベント、C4C(Challenge for Charity)に参加しました。去年は、この記事に書いた通り、勝手が良くわからないまま卓球、ボーリングとバレーボールの3種目に出ました。皆ビール飲みながらも結構真剣にやっていたので、今年は、怪我の危険やチームへの貢献を考え、バレーボールの1種目に絞って出ることにしました。

この大会に出るためには、1学年の間に指定されたボランティア活動を合計5時間以上(注1)行う必要があります。私の場合は下記3つのボランティアで時間を稼ぎました。
 (1) 身体障害者学校の学生をボーリングに連れて行き、やり方を教える:2時間
 (2) チャリティーオークションイベント(C4C Auction)の後片付け:2時間
 (3) C4Cチケット販売の受付:1時間
この3つ、単にボランティアというよりは、同級生と仲良くなれるメリットが大きかった。例えば、(1)ではゴルフをアンダーパーで回れる米国人の友人と仲良くなり、教えてもらえることになりました。また、(2)ではイタリア人、スイス人、スペイン人、ブラジル人の4人が"お前がエントリーしてるのを見て、楽しそうだと思ってエントリーしたよ"。日本人だとさっさと片付けて帰ろう、という感じですが、陽気なラテン系の彼らは、本当に楽しそうに遊び8割、片付け2割という感じで動く、、この輪に入ったこと自体、良い学びでした。このように、ボランティア、という文化も、奥が深いと感じます。
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そして、大会当日。昨年は、土曜日を丸一日を使って、芝生にネットを組み立ててやりましたが、今年は金曜夜と土曜早朝に、ビーチバレー用の砂浜コートで行われました。屋外ビーチバレーコートにナイター施設まであるスタンフォード大の充実ぶりには驚きます。

先に結果の紹介。私が出た男子と男女混合の大会は、共に男子に身長190cm以上の経験者を3人揃えたスタンフォード大が圧勝。1月からセレクションと特訓でこの大会に備えたUCLAが第2位でした。我がHaasチームは、男女ともこの上位2校以外には負けない強さのチームに見えましたが、男子は予選(3チームx3組)で、いきなりこの2校のいる組に入ってしまい、スタンフォードは25-14で負け。UCLA戦では一時21-18でリードしたものの、結局25-23で敗れました。混合でもスタンフォードに負けた後、UC Davisに圧勝するものの、得失点差で決勝に残れず。
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大会を経ての気付きを下記に

○ やはり日本人は細かさ・完成度の高さで勝負する民族!?
今年のチームはメンバー6人とも全員中~上級者。去年、1人のスーパーエース+私+初心者4人、というチームで私がセッターをやったときにはあまり気付かなかったのですが、この草バレーの中では、私のレシーブ力が突出して高いことを、周りに指摘されます。

何を隠そう、私が今まで日本の中学・高校の部活動や大学のサークルでは、レシーブはチーム一下手でした。高校では前衛専門のピンチブロッカー要員でしたし、大学でも私が後衛の時にはリベロと入れ替わってました。基本的に私が経験した部活の練習では、「セッターの構えた手の所に寸分違わず返るまで、何度でもレシーブ練習を繰り返す」というやり方で、例えば、サーブレシーブであれば、15cmセッターの手がずれたら失格、という基準でした。私はこれが全然できず、一応他の人の3倍(50cm)位の許容範囲には入るのですが、他の人がもっと普通にできる分、私は全然話になりませんでした。

ところが、この大会ではこんな私ですら、チームで一番レシーブが正確。日本ではまず考えられないのですが、レシーブ要員として活躍することになり、大変驚きました。

もちろん、バレーボールの世界では、昔から日本人は体の大きい欧米人に対抗するため、世界選手権レベルでも"Aクイック"などをはじめとするコンビバレーを発明して来ましたし、「レシーブが正確でないと世界で勝てない」とは、テレビのナショナルチームの試合で解説者がよく喋る台詞です。恐らく草バレーのレベルでもこれと同じことが起こっている、というのは、新鮮な驚きでした。そして、"15cmセッターの手がずれたら失格"、というレベルの正確さをアマチュアレベルの練習に求めているのは、多分日本及び韓国・中国などの東アジア人だけじゃないかなあ、と、チームメンバーを見てなんとなく思いました。

よく、イチローの活躍やWBCを日本が2連覇していることから、「日本の精密で繊細な野球がベースボールに勝った」と言った比較をされることがあります。私個人は、これはトップレベルのみそうで、一般人には関係ないんじゃないか、と思っていたのですが、もし中学・高校の部活動=普通の学校教育の段階でこの精密さ、繊細さが自然と日本人に刷り込まれているのだとしたら、、、
 - その良い面は活かし、その欠点は補うことを考える
 - 時代と共に教育が少しずつ変化(例:「ゆとり教育」)しても、この点は受け継がれるのかどうか
は、常に意識して見て考えたい、と思いました。

○ 米国人向けイベントで留学生と仲良くなる
昨年の記事にも少し書いたのですが、このイベント、米国人が参加者の大半を占め、留学生は私のように特定の種目に思い入れがあって、どうしても出たい、という人しか見かけないです。これは、米国でのチャリティーという非常に米国人っぽいイベントで、わざわざ留学生が参加する意義が乏しいのかもしれません。しかし、こういう米国独自のイベントって、実は米国ではかえって珍しい気がします。皆が使う言葉や話題もドメスティックなものが多く、普段外国人に優しいバークレーには無い異文化の世界に突然来た感覚も新鮮です。

こうして留学生はマイノリティーとなってしまい、お互い自然と集まってしまいます。今回のバレーボールチームでも、男女合わせて15人居た中で、留学生は私とイタリア人、インド人の3人のみ。初日に知り合ったばかりのこの3人とは自然と話すようになり、2日目には一緒に1台の車で参加。往復2時間の車中で結構いろんな話で盛り上がりました

○ 就活状況の印象
去年は1年生、2年生が半々で参加しているような印象がありましたが、今年の参加者は大半が1年生。今年の2年生は、単純に私の学年がチャリティーに興味が無い人が多い(留学生率が39%と非常に高い)ということもあります。が、よほどチャリティーに深いコミットがある人以外は、卒業後の職が決まっている人のみ参加している感じで、昨年精力的にやっていた人が今年いないのを見たときには残念な気になりました。1月時点よりは多少ましになったとはいえ、現時点でフルタイムの仕事が決定している人は、7割程度(8割を越える例年よりは悪いが、昨年よりはマシ、といった感じ)に見えます。

1年生に話を聞くと、「インターン先が増えてきて、複数内定を取る人が一杯出てきた」とのこと。確かに、去年は全く募集していなかったり募集を途中で取り消したような企業が、この時期にインターンの募集を追加しているようで、「就職課も1年生についてはあまり心配しておらず、むしろ2年生や卒業生を心配している」ということのようです。

(注1) この5時間はHaasの場合。主催校のスタンフォード大は、10時間必要とのこと。なお、Haasの場合、1年生は入学直前に強制的に3時間ボランティアをやるので、追加ボランティアは2時間で良い。また、一定時間以上のボランティアが奨学金獲得条件になっているような場合、その時間と重複申請も可能。

(おまけ)
バークレーからスタンフォード大のあるパロアルト市に行くには、I-880という高速道路を南下し、海を隔てた東側からdumbarton bridgeという橋を渡ることが多いのですが、この橋を渡りきった所で、Sun Microsystems社とその大きな看板がいつも出迎えてくれていました。そのSunの看板に、上からORACLEと書かれた覆いが被されていて、思わず運転席からiPhoneで撮影。この劇的な買収劇から、丁度1年。時代が先に進んでいることを感じます。
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by golden_bear | 2010-04-18 14:05 | 学校のイベント

Bill Gates on "giving back" (2010年4月19日スピーチ予定)

来週月曜日、4月19日にビル・ゲイツ氏がUCバークレーのキャンパスを来訪し、スピーチするらしいです。

テーマは、「世界で最も大きな問題を解く最良の方法を探すこと」。大学講演ツアーの初日にバークレーを選んだとのことで、英語では下記のように紹介されています。

Bill Gates on "giving back"—Berkeley is first stop in college tour

Bill Gates, co-chair of the Bill & Melinda Gates Foundation and founder of Microsoft, will speak at Berkeley on Monday, April 19. The talk, on finding the best way to solve the world’s biggest problems, is Gates’ first on a cross-country tour of universities.

Chairman of Microsoftではなく、Gates Foundationを肩書きの最初に出しているのが、現在の彼の興味やスタンスを感じさせます。

この放送を、webcast.berkeley.eduにおけるライブ放送や、西海岸時間4/21夕方5時以降には、webcast.berkeley.edu、iTunes UでポッドキャストにしたりYouTubeのUC Berkeleyチャネルでも見れるそうです。

ちなみに、これらのサイトでは、本年2月に来たビル・クリントン氏や、昨年11月に来たアル・ゴア氏など、数々の著名人来訪時のスピーチを見ることが可能で、便利な世の中になったと実感します。英語の表現の仕方やリスニングの勉強にはもちろん、自分でスピーチをする前に見てイメージトレーニングする、など、色々実践で使えそうです。
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by golden_bear | 2010-04-13 10:11 | 学校のイベント

同期の友人たちの身近な活躍の紹介

Haasの1学年240人の友人達は、皆個性的。普通のMBA生が目指す典型的な就職先(金融・コンサル等)を志望する人がそれほど多くなく、1人1人全員、バックグラウンドはもちろん、生き方、考え方や成功の尺度など、目指すところが全然違う。従って、基本的に自分は自分で他人は他人。就職先や良い成績を争うなど友人同士で熾烈な競争をするケースは比較的少ない一方、互いに足りないものを親切に補いあうような、協力関係が生まれやすい場所と思います。これは、仕事能力的には遜色ない4,000人強が毎年受験する中で、できるだけ全員が満足するように、Haasの文化にあった合格者を選ぶ、アドミッションや卒業生の努力の賜物と思います。

今回は、この校風を改めて意識し元気を与えてくれた、4組の友人達のごく身近な活躍を紹介します。

(1) Berkeley Team Wins Inaugural Energy Competition, Trip to Macedonia(バークレーチームが今年初開催のエナジーコンペを勝ち抜き、マケドニアへ)

元々Corporate Financeの授業で一緒だったChristy MartellとJeff Olsonの2人が、"International Renewable Energy Case Competition"のトロント大学における準決勝を勝ち抜き、マケドニアで開催される決勝大会に進むことになりました。

2人のうち片方は、創業間もないクリーンテックのスタートアップでインターンをしています。これが私との共通項だったことで仲良くなり、彼が働いているスタートアップがKliner ParkinsやSequoiaといった有力ベンチャーキャピタル(VC)を巡る際に、相談にのってあげたりしていました。

このように、有力VCを行脚できるほどのスタートアップで働いている人が、この大会に出る決断をして、実際に勝ち残ったと聞き、本当に凄い&良かったと思いました。というのは、下記のどのケースだったとしても(注1)、とてもハイリスクな決断の後に得たハイリターンだからです。

○ 今働いているスタートアップのアイデアで出場している場合
- 有力VCに行く前の場合: 目的は、コンペで実績を積むことを有力VCを回るステップとするため、と考えられる。しかし、ここで負けてしまうと、悪評判がついて、有力VCを回れなくなってしまう
- 有力VCにコンタクト済の場合: 目的は、有力VCからの投資を保留されたため、他のVCをあたる一環として、コンテストで実績を積む道を選んだと考えられる。しかし、コンテストに出ることで、アイデアを知ってしまう人が増えるため、上手くやらないとアイデアだけ盗まれる可能性もあり、諸刃の剣。従って、ここでも、勝たないのであれば、出ない方がまし

○ 今働いているスタートアップのアイデアではなく、新たなアイデアを出した場合
これらのコンペは勝ち抜くには相当の準備が必要。学生中心の大会とはいえ、数百万円の賞金/投資と企業家としての名声が得られる熾烈な争い。昨年UC Berkeley Business Plan Competitionに出た経験から考えて、ましてやクリーンテックという先の見えない難しい分野のビジネスプラン作りでは、今働いているスタートアップを辞めているか、あるいは学業か家族か、何かを犠牲にしている可能性が高い

シリコンバレーでは毎年数万社分の起業アイデアが生まれると言われていて、有力VCともなれば、1人の投資家あたり年間2,000のアイデアに目を通すそうです。その中で、実際にVCが投資するのは1社あたり多くとも年間十数件。さらにその中で成功するのは10社に1-2社あれば良い方。そして、3割以上当てるほどの目利きである超有力VCは、イチロー並みの天才打者。大成功を目指す起業家は、皆、それら超有力VCに投資して貰うために、まさに死に物狂いの争いを繰り広げています。この有力VCが1社に投資する裏には、999社の敗者の屍が積みあがる、ものすごい競争社会があるのです。

この、非常に限られた席を勝ち取るためには、権謀術数の限りが尽くされます。軽い考えで起業アイデアを他人に相談し、その相手や順番を間違えてしまったばっかりに、過去の努力の全てがパーになってしまうことは、よくある悲劇。そして、研究機関で地位や特許を獲得済みで、さらに起業を選ぼうとするエンジニア/研究者のような気合の入った優秀な方でさえ、1回アイデアが駄目になりその烙印を押されてしまうと、再起は不可能ではないまでも相当の根気と時間が必要。従って、アイデアを誰には見せるが誰には絶対に秘密にするか、それはどのタイミングか、どのVCから順番にアプローチすべきか、などなど、計画段階では全てを慎重に綿密に練ることになります。

よく「シリコンバレーは起業の数も質もインフラも整っており起業しやすい」という話になりがちですが、それは相対的に他の地域よりやりやすいというだけの話。大成功を目指した場合に、絶対的に大変なこと、99%は負けということに変わりは無い。しかし、それでも当事者は皆負けたくないし、負けられない。こう考えると、技術やアイデア次第では、競争者の少ない日本で起業したほうが、むしろ楽に資金調達できる可能性すらあります。

このような熾烈な競争を掻い潜る形でビジネスプランコンペへの参加をリスクをとって選択し、無事決勝大会まで残った友人2人には、本当に頭が下がります。過去様々な第1回大会の決勝大会出場者(優勝でなくても良い)から、大成功するベンチャー企業が多数生まれています。彼らのアイデアがそうなる日も遠くないのかもしれません。


(2) PUZUX
こちらも友人たちが作ったベンチャー企業の話ですが、(1)とは全然毛色が違います。なぜなら、そもそも(1)が目指すような大成功が目的ではない(と思われる)からです。創業者はイスラエル人の同級生2人で、うち片方はスタディグループからずっと一緒の戦友です。

彼らのビジネスは、単純明快、「Amazon Kindle上で動くパズルゲームを売る」ことです。流通経路は「電子書籍」と同じ方法でダウンロードするだけ。今既にAmazon.comから、彼らの「電子書籍」を購入する(2010年3月15日現在24冊、1冊$0.99)ことができるので、Kindleを持ってる方は、どうぞお試しあれ。

現在iPhone向けには、誰でも比較的容易にアプリが作れてしまうため、競争が激しくなりすぎ、もはや今からの新規参入は難しい。しかし、Amazon KindleはiPhoneやiPad、Androidと違い、電子ブックリーダー専用機。プログラム言語もKindle用の特殊なもので、わざわざこれをマスターして中のプログラムをいじってゲームを作ろう、と考える人はそんなに多くない。「普通にあって良さそうなのにまだ無く、その理由がめんどくさいからで、一番最初にやれば参入障壁が作れそう」。ただそれだけの理由で、とにかくやってみたとのこと。

要はシェアウェアのPCソフトをAmazon経由で売るだけなので、人件費を考えずに趣味で最小限の開発環境でやったと考えれば、開発・製造コスト及び設備投資はほぼゼロ。しかも、Amazonウェブサイト内のKindleコーナーで、Puzzlesなどの単語を打ち込んだ検索結果の大半が彼らのソフトになるので、通常初期に一番頭の痛いマーケティングコストもゼロ。こうして、立ち上げ直後に売り上げが立ち、即黒字化。以後、バグ報告の修正など対応に追われる日々が続いたものの、大きな問題もなし。このままでよいのであれば、当面VCの投資など受ける必要もない企業の完成です。

そして、この企業のもう1つの面白いところは、開発陣。なんと、我々同期MBA女性2人の旦那様方が参加しています。片方はイギリス人、もう片方はオーストリア人のご夫妻で、共にHaasにMBAを取りに来た奥様についてきて、就労ビザを取ってこちらで働いている旦那様方です。フルタイムの仕事も持ち、今どれだけコミットしているかは不明ですが、2人ともプログラミングスキルがあったことから、少なくとも企業設立当初、この特殊なプログラム言語を調査して使えるようにしたそうです。

今後もちろんKindleが汎用プログラミング言語に対応したり、また儲かりそうなら現状のままでも他社が参入することも当然わかっているそうですが、その時はその時。やれるだけやって仮にうまく行かなくても、この経験を次の起業なり就職なりに生かすことができる、良いMBAの時間の使い方だ、と感心します。


(3) オペラ・アリアのコンサート
UC Berkeleyでは、Haasの建物のすぐ近くに音楽学部があり、立派な図書館とコンサート・ホールがついています。図書館の方には私もたまに珍しい楽譜を借りに行ったりしていたのですが、ホールの方では毎週水曜日の12時から1時まで、音楽学部の生徒や卒業生、地域の音楽家の方々が、無料の演奏会を開催しています。この演奏会、今まで話にだけ聞くところでは、流石バークレーだけあり、現代音楽の意味不明な曲ばかり演奏される、という噂で行ったことは無かったのです。しかし、今回、同級生がオペラのアリアを歌うことになり、30人ほどで見に行きました。
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2-300人位の観客のうち、半分くらいは音楽学部の生徒。残り半分も常連の聴衆と思われる。彼女の前座に音楽学部の学生の素晴らしいフルート演奏があり、そこでの盛り上がりの直後に彼女が登場したときの拍手は、思いのほか小さい。MBA生の30人以外は、まるでみんな敵、という、アウェーでの戦いの雰囲気が充満していました。しかも馴染みの薄いフランスの近代曲が6曲続き、言葉はわからない。
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こんな中でも、彼女の迫力のある声と表情に、会場からは次第にため息が出はじめ、そして4曲目以降に盛り上がる曲から、笑いと歓声が起きはじめ、最後はスタンディング・オベーションとなりました。

彼女は工学部と音楽学部のDual Degreeを経て、オペラハウスに勤務後Haasに来て、西海岸では一番人気の企業でインターンをし、MBA取得後の活躍も楽しみな方です。一方で、結婚し旦那様と良い家庭を築きながら、趣味の時間も精一杯頑張っている姿に、とても勇気付けられます。


(4) 裏学生新聞
Haasには"Haas Week"という学生新聞が不定期に発行されています。が、最近はどういうわけか更新が滞っています。この状況に不満を持った、毎回ダジャレのコラムを書いていた友人が、ついに裏学生新聞を独断で発刊。「もはや紙の新聞の時代は終わった、と言われる時代。しかし、学長の英断でHaasでの印刷代が無料になり、お前らの面白さと仕事の速さを考えたら、紙の新聞を続けない理由はないだろう」、と突然、問題提起をした友人が、自分が編集者となって読者投稿欄のみを継続。個別に記事を集めまわりはじめました。

前回のブログに書いたとおり、我々日本人のところにも「日本人と韓国人で面白い飲み会をやっているようだが、その内容を書いてくれ」、という依頼が来たので、速攻で記事を書いたら、いろんな人から反響がありました。(一応内輪向けの新聞なので、非公開にしておきます。)

現在までに彼の個人新聞は第2回まで発刊。1回目は5人、2回目は8人の投稿者と、増えています。そこでは、今誰がどんな起業をしているか、私にはどうでも良い米国のニュースがカナダ人にどれだけ衝撃を与えたか、などなど、本日上で紹介した3人以外の面白い生活や新たな一面がとてもよく判ります。非常に有難く、勇気付けられ、卒業までにこの同期たちともう一歩踏み込んで仲良くなりたい、と思うようになりました。

(注1) アイデア自体は非公開
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by golden_bear | 2010-03-16 16:19 | 学校のイベント


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