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A Golden Bearの足跡


UC Berkeley Haas School (MBA) における、2年間の学生生活の記録です。
by golden_bear
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Chesbrough教授の講義(2)自分の人生への反映(最終課題を例に)

前回(1)課題設定の妙で挙げた、Chesbrough教授の授業について、続きになります。

先に、この授業の駄目な点で、よく言われていることを幾つか並べてみます。
○ 2時間の中でケースを2-3やるので、1つ1つのケースが浅い議論になる。複数のケースを急いで扱った結果、最後に結局なんだったのか、よく判らないこともある
○ 課題の配点が「授業で扱った考え方を適用できるかどうか」に偏り、最良と思える回答を出し辛い。違う考え方もソースを明示すれば利用可能だが、枚数制限もあり使いづらい
○ 半分の学生がエンジニア、かつ専門分野がコンピューター、バイオ・医療、環境・エネルギー、宇宙工学まで、非常に多岐にわたる。したがって、ある時はMBA生にとって超基本的な話をしなければならないし、またある時は専門技術に偏る。結果、エンジニアとMBAの双方にとって、浅い所で議論が終わる
○ 卒業後メーカーで製品開発やマーケティングで働く人にとって、話が概念的、長期的、特殊ケースに寄りすぎ。自分自身の仕事に直接適用しにくい

確かに、毎回1本に絞ってじっくり議論しきるRassi教授の必修のマーケティング授業などは、似たような授業ながら上記の問題は出ないため、一理あります。しかし、これらの問題点は、「一杯学べる」、「コンセプトを正しく使えるようになる」、「エンジニアから学べる」、「長期的な視点の学びが多い」のメリットの裏返しでもあります。結局、MBAの授業はあくまで叩き台。そこから現実社会に戻った時に、企業および自分自身が何を考えてどう動くかの方が重要、という当たり前のことを、上記の駄目な点が示唆しているように思います。

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この授業では、「ではどう動くか」、という点を、教授自身実践されていて、そこからの学びが多くなっています。前回に引き続き良かった点を、下記並べてみます。

(4) 頭がいい

これは、Chesbrough教授に対して全員が持つ枕詞。もちろん教授という位なので全員頭がいいのですが、「頭がいい」とわざわざ表現される教授はあまり見かけません。そもそも、教授の頭がいいことと、自分の学びの多さには、直接はあまり関係ないですし、たいてい「頭がいい、けれども、、、」という批判の前置きに使われるのは、Chesbrough教授のケースも同じです。

それでも、不思議なほど「頭が良い」と形容される。その秘密は、実際に授業を聞くと即座に理解できます。これを文章で説明するのは難しいのですが、

- フレーミングの巧みさ: 1授業にケース2、3個、と、通常の倍のスピードで、エンジニアとMBAの意見を両方扱う。にも拘らず、他のMBA教授に見られる「くだらない意見はシャットアウトする」という態度ではなく、全ての意見から良い点を抽出して、必ず全体の議論に反映させる。このやり方で授業が時間内に終わる秘密の第一は、やはり質問の巧みさ。前回(1)(2)(3)で書いた「課題設定の巧みさ」が、リアルタイムで発せられる1つ1つの質問全てにまで適用されているからこそ、なせる業。

- 纏めの上手さ: 質問/課題設定に加えて、要点の抽出が上手い。誰かの意見は必ず教授の手でホワイトボードに"3-4語"で書かれる。どんなにだらだら30秒くらい話し続けても、その要点を3-4語以内で纏めてしまう能力は、今までの人生で見た中で一番上手いと思う。

- 議論の展開の広さ: 良い意見には、必ず彼自身による補足事例の説明や追加質問の形で、議論が深められます。これは当然他の教授もやりますが、このときの話の展開のさせ方、類似例&反証例の持ってき方が、尋常でなく凄い所から出てくる。ある時は4-5週前に習った授業内の考え方が一瞬で全く違う形で再現され、またある時は最新ニュースを紐解く切り口にさり気無く突き刺さる。パターンマッチングの事例と処理能力が物凄く豊富で速いのでしょう。

- 説明の明快さ: やや早口だが、全員に聞き取りやすい英語で、判りやすく話す

個人的には、これだけ頭が良ければ、授業の準備に手を抜いても一定のクオリティの授業は展開できるにも関わらず、毎回一生懸命準備して全力で臨む姿勢、が一番凄いと思っています。私自身これらの技術は、是非真似をして、習得に努めたいと思います。


(5) 自分からパーソナルな人間臭い側面をさらけ出す

この教授、授業中に結構個人的な一面をさらけ出します。議論の節々に、「CFOとはこういうものだ」、「スタートアップのCEOはこの場面ではこう考える」、といった形で、実体験や豊富な調査事例をもとに個人的な見解を話すことは、他の教授同様です。しかし、自分が思いっきり失敗したり、苦労した話を堂々と話すところが、他と違うところです。これらの失敗談は、単に知識を伝えるだけなら全く不要ですが、実際に人の考え方や行動を変えるきっかけを与える意味で、とても効果的と思います。

それが一番現れていたのが、ある1回のケース。Chesbrough教授自身が人生で一番ショックを受けた出来事について紹介し、その問題解決のために、自ら「オープン・イノベーション」を実行して取り組んでいる(現在も進行形)内容を、授業で取り扱ったのです。

教授本人のケースということで学生側も多少遠慮があったものの、さすがに「新しいことをあまり見たこともない方法で立ち上げる」、という内容だったため、批判も含め相当多様な意見が出てきました。その1つ1つに対して、授業で扱った学びを元に、「答えはないが、こんな状況のため、こう考えて、こちらのやり方を取っている」と真摯に答える。自分自身がプロジェクトのリーダーとして、ご自身の学説を実際に適用されている姿に、次第に感銘を受けていき、最後に「昨年ある一定の成果が出た」という所では、大きな拍手が起こりました。

この他にも、この教授のファンの方が非公式にTwitterでOpen Innovation関連のトピックを立ち上げて(注1)、そのフォロワーが1万人を超えたため、その方を授業に招待して最初の10分間お祝いのパーティーをしてみる。他のゲストスピーカーも、「最近この議論で話していてとても感銘を受けたから、来ていただいた」という自分の個人的なネットワークから「熱いうち」に呼んで来るあたりも、個人を重視する教授らしさがあらわれています。


(6) 学生の意見を巧みに表に出す

最初の課題が、「レジュメ(履歴書)と写真を教授に送付しろ」というものでした。それを良く覚えているのか、各回の授業で誰にどういう発言をさせる、というシナリオを相当練りこんでいるようです。特に工学部とMBAの共同授業の意味で、その個人の経験を引き出して語る、というのは、相当効果的です。

1つ印象的だったのは、「この考え方を既に取り入れている大企業で働いたことがある人は、ちょっと説明してください」、という質問。あるイノベーションの考え方が対象で、日本だと多くの企業で片手間に検討している部門があるとは想像が付きますが、本気で検討され会社の中核プロセスに直接反映されている企業はあまりないのではないかな、と思っていました。しかし、この授業の場では、「CEO直属部門を作って、毎年数百億円の投資をしている」といったレベルで、もはや中核中の中核プロセスになっている事例が何社も出てくる。しかも、その多くが、過去20年まさに日本企業が戦いに敗れてきた相手達なのです。

もちろん、そのイノベーションの施策が、企業の成長にどれだけ直接繋がったかは、表面的には判りません。しかし、このように、MBAの最新理論を本腰を入れて自社に導入し、過去20年成長し続けている米国企業が複数あることは、「MBAの学びは日本企業のシステムの中では生きない」と良く言われる現状に、「ではどうするのか」という疑問を投げかけている気がします。


(7) Haasやバークレーという場所や、2010年という時代の価値観を、学びのプロセスに照らし合わせる

「オープンイノベーション」は学術用語として正しく定義されており(注2)、この定義は恐らく未来永劫普遍なものと思われます。しかし、これを正しく読み取って、現実に世の中に応用できなければ意味が無い。この定義と応用の関係は、ニュートンやマクスウェル、アインシュタインといった理学部の人が発見した物理法則を、エジソンやライト兄弟などの工学系の人が実現するプロセスであるかのようです。授業ではこのことを何度も、MBAとEngineeringの学生に説いていました。

そして、これは直接語っていないため、私個人の感想ですが、講義全体を通して、「今貴方は地球上の時間軸・場所軸の中でどこに居るのか」が、イノベーションの概念を読み取り解を導き出すために、如何に重要か、ということを伝える瞬間が幾度もあったように思います。それは、何故この教授がHarvardではなくBerkeleyにいるのか、米国の歴史とBerkeleyの歴史、Haasの学長が"Strategic Plan"を打ち出している重要な意味とこの授業での生かし方、等などの熱い小話から、一端が伺えました。


(8) 「あなた個人の人生をこう生きて欲しい」という強いメッセージがある

単なるイノベーションのメカニズムだけでなく、「これは貴方の人生のための授業だ」、というメッセージもとても多い。この直接的な目的は、必要知識の殆どは既に本で出しており、授業の中の学びを通して実際にイノベーションを起こせる人にならなければ意味がない、という意図があるように思います。このことは、ずっとイノベーションのコンセプトを説明したと思えば、その最後に「貴方はどちらの生き方を取りますか?」というスライドを挿入していたり、最終授業のメッセージ(別掲予定)にも色濃く現れていました。

イノベーションというMOTの題材において、最後は個人の資質を変えるところが一番重要という結論は、考えてみれば当然です。そして、より大きなメッセージとして、Open Innovationのコンセプトの中には、イノベーションを実現するリーダーになる方法論と共に、「社会の中で家族と幸せに生きる方法のヒントも入っている」、という話を受け取りました。この言葉を受けて、今後もたびたびオープンイノベーションの考え方を振り返ろう、と思っています。

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前回の記事の(1)-(3)で設定された課題を、(4)の頭の良さを生かして、(5)-(8)の人間臭い方法で解決する。この一連のプロセスが一番発揮されたのが、最終課題でした。その課題をくだいて書くと、下記のようになります

「内部情報にアクセス可能な程度に自分が良く知っている、1つの企業か組織を対象に、授業で習った考え方を当てはめて、下記をチームで纏めること
○ 現在どのようなイノベーションを起こす仕組みがあるか
○ その仕組みがどうビジネスモデルに反映されているか
○ 今後イノベーションの加速のために、どうすべきか
チームは2名-4名で組み、必ずMBAとエンジニアが各1名以上入る事」

多くのチームは、元いた/現在いる企業や、今後就職先となる企業を対象にしていたようです。特に、エンジニアに就業経験がある場合、その企業についてMBAの人がインタビュー等を加えて分析する、というやり方が多いようです。たとえば、あるチームはNASAを対象にして、あまりの組織の複雑さに大変な課題になったそうです。

私のチームは、エンジニア2人(中国人、米国人)と私の3人の構成。対象企業は、チームメンバーの中国人エンジニアが、現在研究室内でエンジェル顧客2社と共に立ち上げ中のスタートアップ。すなわち、Chesbrough教授の授業内容を、この秋にPh.Dを取得後はそのままCEOになる彼の人生そのものに当てはめてみる、という、とても責任感の重いレポートでした。このチームの分析や提案が彼の人生のリスクのとり方を大きく変えてしまうため、当然、彼自身とても本気で取り組んでいましたし、それに答える形で、私も3人の子供がいるアメリカ人エンジニアも、毎日深夜まで喧々諤々の議論を繰り広げました。

完成したレポートの内容を、技術の中身に触れないように書くと、

○ イノベーションの仕組み:
彼が持っている技術は、大企業の既存インフラの上に載せることで、高効率化を達成するもの。自身が持つ技術に、世の中に一般公開されている技術を組み合わせることで、数種類の既存インフラに対して導入が可能。しかし、実際にこれを実現するとなると、自社、顧客企業、既存インフラ提供者、一般公開技術の4者の間で、IP(知的財産権)管理の取り決めが重要な課題となる。ただでさえベンチャーの技術、かつ特許権関連で訴えられる可能性があるものは、売れるわけがない。従って、レポートの半分は、このIP管理をどう設計するか、授業の内容を元に、弁護士や現在の顧客と相談しながら、組み立てていく

○ ビジネスモデル: 
似たような技術を持つ企業や研究所は多数あるようだが、多くの場合は自社で全てブラックボックス化して、製品の形で売っている。しかし、これでは顧客は新規購入が必要でリスクが高く、ニッチな市場でしか売られていないようだ。授業で習ったオープン・ビジネスモデルの枠組みを用いて、既存インフラに導入可能なビジネスモデルを再構築し、現在の顧客との契約更新のときに第1歩を提案できるようにする

○ 今後への提案: 
前の2章がとても実務よりになったので、ここでは、もし授業で習ったことが正しいとすると、この企業は今後何を目指して成長するべきか、という、大上段の目標設定

ほとんどスタートアップを1社立ち上げている気分でしたが、流石にPh.Dを取得しながらスタートアップを立ち上げ、前回の課題でも優秀レポートに選ばれるこの中国人エンジニアとの共同作業は、凄く良い経験でした。一緒に授業で習ったことを叩き台に議論を繰り返すことで、実際に彼自身が試したくなるような面白いアイデアがいくつも出てきて、彼も大満足だった模様です。

私自身にも、ここで検討したIP管理やオープンビジネスモデルの考え方は、大変参考になりました。このビジネスモデルはまだあまり一般的ではないため、彼の会社の今後の成長を見守りつつ、将来私自身も別の業界で試して見ると面白いかも、と考えています。

(注1) @openinno

(注2) "the use of purposive inflows and outflows of knowledge to accelerate internal innovation and expand the markets for external use of innovation, respectively."
by golden_bear | 2010-05-10 23:44 | 学業
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