A Golden Bearの足跡


UC Berkeley Haas School (MBA) における、2年間の学生生活の記録です。
by golden_bear
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JGRB 立ち上げの舞台裏と振り返り

以前お伝えしていた春学期のプロジェクト(授業以外)の1つに、さりげなくJGRB (Japanese Graduates and Researchers society at Berkeley:バークレー日本人研究者会)を立ち上げる、というものがありました。本日、JGRBホームページを一般公開することで、1つの区切りがつきました。本日は、立ち上げの舞台裏について、経緯について記してみたいと思います。
(1) 立ち上げの動機ときっかけ
(2) 幹事の構成
(3) スケジュール
(4) マーケティング
(5) オペレーション
(6) 今後の指針


(1) 立ち上げの動機ときっかけ
設立の経緯につきましては前の記事(最後のパラグラフ)を参考にして頂きたいと思います。ただ、これをもう一段深掘って、何故私が立ち上げなければならないか、また、何故このタイミングか、の2点について述べてみます。

前者の何故私が、は結構明確で、恐らく他の誰よりも私自身に立ち上げることのベネフィットがあったからだと思います。既にUCバークレー公共政策大学院留学記さんなどから、自分のバークレー生活の目的が変わるようなアドバイスを頂いていたりすることで、この会を立ち上げた場合のベネフィットの大きさを感じていました。またこの会全体を見渡して「私費留学生」はほとんどいない事から、留学に対する投資対効果を大きくしたい、という意味で、分母=投資が他の方々より大きい私が立ち上げるのが一番、当事者意識を持って続くだろうな、と思ったことがあります。ちなみに、当初"founder and president"と履歴書に書けるメリットもあるのでは、と下世話な考えもあったのですが、実際には就職活動でこの点を突っ込まれることは皆無。むしろ米国企業向けには日本人色が強まってよくない場合すらあるかもしれないです。

後者の何故このタイミングか、は、結構衝動的で、決断した瞬間は2回あります。1回目はワイン畑に囲まれたゴルフ場: 初の18ホール体験の記事の最後に、ゴルフとは全く関係なく出てきた韓国料理屋にふらっと現れた某Aさん。2回目は、無力感とやり切れなさを感じた事件(1/2)インド人との交渉の忘年会後に、当日キャンセルした数名から、集金するために1月中旬に開催したランチに現れた、某Tさん。勿論、その他の飲み会でも毎回毎回様々な素晴らしい出会いがあったのですが、その本編と関係ない小規模な集まりで、この御二方と偶然お会いできたことで、「バークレーには今までの人生で全く会った事のない、とんでもない人種が隠されている(Aさん、Oさん、すみません)」ことに確信を持ち、どうにか上手く継続して面白い人々を発掘する仕組みが作れないかなあ、と1回目の時に思い立ち、2回目に実行に移す決断をしたわけです。人間、何かを立ち上げるには、明確な動機ときっかけと他人の後押しが重要なんだと思いました。


(2) 幹事の構成
この直後の1月下旬より、私を含め社会人大学院生と理系のPh.D1年生(注1)より各2名ずつ興味のありそうな人に声をかけて、隔週程度に集まりながら学生団体立ち上げのプロジェクトを進めてきました。幹事4名にしたのは、下記のように継続に重きをおきたかったためです。

- 人の発掘が目的なので、大学の正式団体として登録したかったのだが、それには最低4名が試験に合格して幹事として登録される必要があった。
- 2年制以上のプログラムで毎年日本人の入学が見込める社会人大学院生(MBA,MPPなど)に、持ち回りで代表、副代表をやってもらうようにしたかった
- また、Ph.Dの1年生を巻き込めれば、数年間この会に携わってくれる可能性が高い
- せっかくクラウド・コンピューティングの時代になり、その中心にある地域の研究者団体なのだから、立ち上げ時から運営コストを極力下げた効率の良いスリムな組織にしたかった。4人ならば、トップダウンで立ち上げるために必要十分な広さの意見とスピード、当事者意識がバランス良く得られるはず、との読み。
- あまりある特定の学部の勢力を強くしたくは無かったので、基本的に各学部から1名の選出にした

上の3点については間違っていなかったのですが、下の2点については今後もう少し柔軟な運用ができるように、必ずしもこの形で制限する必要はないと考えています。


(3) スケジュール
予実で振り返ってみます。元々の予定では、スケジュールは下記のようなものでした。
- 2月: 大学への団体登録申請を完了。この間に、組織の存在意義・ミッション・年間計画などのイメージたたき台を4人で共有する
- 3月: Webサイトを立ち上げながら、JGRB発足記念パーティーの企画、告知を行う
- 4月: JGRB発足記念パーティーの開催
- 5月以降: 年に2-3回大きな飲み会、及び、必要に応じてカジュアルな飲み会などを実施

実際には、2月のスケジュールは非常に順調に進み、ここに記載されているミッションなどは上手く共有できました。ところが、2月上旬に、UC Berkeley卒業生の大先輩である北加商工会議所会頭、及び、サンフランシスコ総領事と同時にお会いする機会があり、この立ち上げの話をしたところ、「初回は総領事を御招きして、盛大に立ち上げた方が良いので、全面的に協力する」、との有難いインプットを頂く。次に会頭にお会いした際に、iHouseの理事長を紹介いただき、1回最低数万円は使用料がかかるこの歴史的建造物を、本会の立ち上げ会場に提供していただける、という話になる。と共に、この「総領事を御招きして、盛大に」が、何となく100人規模のパーティーをイメージしていたことがわかり、立ち上げに一気に火がつきました。


(4) マーケティング
当時既に知ってた人は全員で30名ほどだったので、3倍以上の人集めが目標になりました。これは、まさにマーケティングの基本です。
- Place: iHouseで確定し品格を高める
- Product: 集まる人と、提供されるコンテンツ(食事・酒)で勝負。前者は、地域のネットワークのコアになりそうな方をゲストとして招待すること、日程の調整で工夫をし、後者は地域の安価で美味しい料理を出す店を、他の日本人団体などに聞いて発掘、交渉。
- Promotion: どう70人追加して発掘するか、メーリングリストに聞くことから始まり、iHouse経由で日本人ビザを持っている人全員に告知メールを出す、などで追加募集。また、地域の日本人で興味ある人なら誰に対しても連絡可能、という形で、口コミで、間口を広げました
- Price: 赤字覚悟で1人$20、学部生は1人$15に設定。その代わりに、スポンサーを一杯つけるべく片っ端からあたることに。

というわけで、ゲストの招待やスポンサーの獲得は、同時期に並行して進めていたJapan Trekで身につけたスキルをそのまま横展開しながら進めました。さらに加えて、ここでも他学部の方にお願いすることで、普通ありえないであろう方が支援していただけることになったり、と、まさにネットワークの力を痛感しました。

そして、5/2の当日。名簿を見る限り、私でも半数以上は見たこと、聞いたことの無い人が、合計100人弱も集まることになり、本当に大盛況になり驚きました。(一応、iPhoneで顔の認識できなさそうな写真を掲載しました。盛況ぶりはいまいち伝わりませんが、、、)
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(5) オペレーション
一方のパーティー当日、舞台裏の運営は、ぐだぐだになってしまいました。
- アメリカクオリティを甘く見すぎていた: iHouseと事前に打ち合わせておいたサービスが全くなされず。
-- お願いしていたマイクが出ていなかったため、全員叫んでスピーチをする羽目に 
-- 会場設営は当日の朝終わっているはずが、開場時間の夜6時を過ぎた段階で、全く何も終わっていなかった
- 日本人を甘く見すぎていた: 「6時半開場といっても、皆1時間遅れくらいでばらばらに来るだろう」、と踏んでいたら、総領事効果もあったのか6時半に人が殺到
- ボランティア含め、当日のスタッフは7人(受付3人、中2人、ケータリング2人)で十分回る計画だったのだが、会場設営にほとんどの人員を取られて、受付が大混乱に
- ケータリングも、貴重な寿司は1人4貫まで、と数量制限を設けた上で、他の料理も整列して食べてもらう予定だったのだが、皆待ちきれない状況で一気に提供されて、鯉に餌をやったかのように食べ物テーブルに人が殺到することに。結果、半分くらいの人が残念ながら寿司を食べれなかった模様
- 開会ギリギリまで準備に追われたため、事前に準備していた司会進行の紙を訂正できず。頭の記憶に頼ったアドリブの来賓紹介や会長スピーチになってしまい、年長者に対して突っ込みどころ満載の失礼な紹介・挨拶になってしまった。
- 会が始まってから、予想以上にいろんな方が次々と自分の所に挨拶に来ることを想定しておらず、来賓やスポンサーの方々と重要な挨拶・打ち合わせをする時間がなくなってしまった。(というか優先順位付けがなっていなかった)

結局、初めから最後まで全体を見渡せる人を1人どっしり構えて問題解決をすべきだったのですが、恐らくそれに適任の私が現場に入ってしまった(コスト低減交渉&車を出せるため、ケータリングの食材を取りに回りに行ってしまった、)ことが一番の敗因のように思います。管理者が現場の作業に回ると崩壊することを、身をもって経験しました。


(6) 今後の方針
その後、2週間かけてWebの最終構成やメーリングリストの更新が終了し、現時点で参加者が100名を超える大所帯の団体が無事、立ち上がりました。既に、就職活動情報や地域のイベントの情報などが自発的にメーリスに流れており、立ち上げた身としては嬉しい限りです。今後、この団体がどうすればより居心地よく、また継続できるか、引き続きあと1年の間に少しずつ工夫を凝らしていきたいと考えています。具体的には、年に2-3回の比較的大規模な飲み会(Welcome,忘年会,Fairwell)に加えて、(1)に書いたような出会いや互いをより深く知るような、もっと小規模な飲み会(新橋の居酒屋風)を、定期的に開いてみたい、と考えています。また、この場を活用していろんな催し物をしたい方も、どしどし企画していただきたい、幹事もできる限りサポートしたい、と考えています。というわけで、関係者の方々は、今後もご支援宜しくお願いいたします。

(注1) こちらでは理系学部のPh.Dの1年生は、日本で言う修士1年生と同等の意味になります。修士コースを設ける大学があまり無く、学部を卒業したらすぐにPh.Dコースに入り、そこで5年程度かけてPh.Dの取得を目指すためです。
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by golden_bear | 2009-05-16 02:35 | 学校以外のイベント
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